16.リバーサイドカフェ
アイスローズはジョシュとヴィダルを送り出し、自室に戻るなりノートを開いた。
受験勉強ではなく【クレオとパトラ事件】を書くためだ。
ストーリーは――。
侍女と家庭教師を生業とするパトラ・カヴァネスは冬の終わり、同郷のクレオ・マーロウとの結婚を控えていた。しかし、パトラは「ある事情」によりオールデイカーという、かなり歳上で画家をしている男から脅迫されていた。
彼はパトラに、クレオと別れて自分と結婚するように迫り、従わない場合は「ある事情」をクレオに知らせた上、王都中に晒してしまうと。そんなことをされたらクレオが傷つくのは分かりきっており、更にはパトラの令嬢生命も終わる。カヴァネス家にとっても不祥事だ。
オールデイカーはパトラの度重なる説得や金銭による取引の提案にも応じず、パトラ一人で思い詰めた結果――パトラはある晩、オールデイカー宅で彼を刺し殺した。
エドガーは、オールデイカーが王城展覧会からの帰宅直後に殺されたことから、この事件に関心を持つ。一見、「オールデイカーの住居に侵入した、無差別な物取りの犯行」に思われたが、エドガーは「ある事情」を見事に見抜き、犯人をパトラと特定した。
エドガーに追求され、罪を認めたパトラは自ら死を選びそうになるも、エドガーや彼が呼びよせた愛するクレオからの説得により、思い留まるのだった。
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(唐突に最後の自供シーンが断崖絶壁になるから、2時間サスペンスか、って連載当時は突っ込んだのよね)
アイスローズは書き上げたノートを机に立て、目を細めながら眺める。
当事者のパトラをよく知るアイスローズには、辛すぎる内容だった。
この事件は、最初からパトラがクレオに事情を話していれば、彼は受け入れ理解してくれたはずだ。ラストシーンからクレオのパトラへの愛が本物なのはよく分かっている。
しかし、同じ令嬢として、例えばアイスローズが同じ状況でエドガーに話せるかと言うと難しいと思う。
(って、エドガーを思い浮かべたのは、身近にいるからよ。別に愛する人じゃないわ)
アイスローズは慌てて手を空中で振り、想像を蹴散らす。
(私は、オールデイカーが「ある事情」を隠した場所を知っている。漫画の解決シーンでエドガーが見つけてくれたから)
パトラはその晩、オールデイカー宅で「ある事情」を探していたところ、王城展覧会を早退した彼と鉢合わせしてしまったのだ。だから、殺した。
アイスローズは目を閉じる。
漫画内ではそこまで語られていないが、この国では殺人を犯したものは絞首刑となる。
パトラには幸せな未来があったのに。
あと少しで、パトラは幸せになれる人だったのに。
「っ、」
喉の奥がきゅっと詰まったような気がした。
出来ない。
いくらなんでも、さすがに、放っておくことなんて出来ない。
(どうすればいい)
アイスローズは立ち上がり、部屋の中をあてもなく歩き回る。
(住居侵入は問題なく出来たわけだから――例えば、オールデイカーを王城展覧会から早退させなければ、鉢合わせしないしパトラは無事に事情を回収して、殺人もせず秘密を守れるのでは? でも、どうやって?)
必死でオールデイカーの早退を防ぐ方法を考えていると、やがてある考えに至った。
「やっぱりエドガーか……!?」
アイスローズは両手で頭を抱え込む。
エドガーに関わりたくない気持ちと葛藤するも、結果、翌朝アイスローズはジョシュに「カフェに行きたい」旨の返事を書いた。
それからはアンナマリアからの謹慎が解けるよう、かなりの時間を受験勉強に費やす羽目になった。




