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15.アイスローズ・ヴァレンタインの事情④

 数日後、ヴィダルとジョシュがヴァレンタイン公爵家に来た。アイスローズに先日の事件の御礼を言いに、わざわざ出向いてくれたのだ。

 アイスローズは客間で出迎えた。騎士団訓練場には通っていないからジョシュに会うのは久しぶりだ。ジョシュもヴィダルも顔色が良く、事件の影響が身体に残ってなさそうで安心する。

 ジョシュの話によると、エドガーは連日ブラッケンストールの悪事の後処理をしていて、多忙らしい。


(というか、ヴィダルってこんな顔していたのね。あの時は必死で、しかも彼はほとんど防具を被っていたから)


 一通り挨拶をしてから、アイスローズは改めてヴィダルを見た。漫画連載当時からあまり注目していなかったが、ヴィダルは薄紫のサラサラした長髪をしばり、ジョシュと同じ榛色の瞳をしている。しかし、似ているのだけどオレンジ色の髪で明るいイメージのジョシュとは違う、繊細な美少年だった。

 部屋が暑いのか、アイスローズと目が合うと顔を赤らめている。温度を下げるため、窓を開けるか迷う。


 ヴィダルは丁重に御礼を言い、話してくれた。

「私は騎士の道を諦めます。父の背中を追い騎士を目指しましたが、どんなに努力しても私には才能がありませんでした。挙句、エドガー殿下や兄を巻き込む、あのような事態を引き起こすことになり」

「ヴィダル様……」

「しかし、兄のように、エドガー殿下のお役に立つことは決して諦めません。これからも恩義に応えられるよう尽力します。運良く、私は勉学には向いているようで、文官目指して、王城学園に入学できるよう頑張ろうと思っています」

「そうだったんですね」


 ジョシュも安心そうだ。話から、ヴィダルが今15歳でアイスローズやエドガーと同い年、合格すれば王城学園で同級生になることもわかった。


 ジョシュはヴァレンタイン家のアフタヌーンティーを一通り誉めた上で言った。

「先日チョコクッキーバナナマフィンもありがとうございました。私の大好物なんです。しかし、何故私がこれを好きだと?」


(あ、まずい)


 漫画で読んだからなんて言えない。


「お顔を見たら、何となくわかるのです」

 アイスローズはティーカップにミルクを注ぎながら誤魔化す。これが本当のお茶を濁す、とか思いながら。

「そうですか、好きなものには似るって言いますからねえ」とジョシュはそれで納得したようだ。ヴィダルは「ええっ」と引いた顔をしているけど、あえて気づかないフリをする。


「私はカフェスイーツに目がないのです。アイスローズ嬢がお望みならば、最新のものから老舗まで、王城の情報網を駆使してお答えします。お忍びでエドガー殿下をお連れすることもあるのですが、もしよろしければ、今度アイスローズ嬢もご一緒しませんか?」


――憧れの漫画スイーツ!!


「是非、行きたいわ!! ……あ、でも」


(エドガーがいなければ。もう関わらないと決めたばかりじゃない)


「どうされました? アイスローズ嬢」

 不思議そうな顔のジョシュに対し、ぐっ、とアイスローズは「欲」を押し込めた。

「いえ、最近学業成績が落ちてきて、出歩かないように言われているんです。これで私も王城学園志望なんて恥ずかしいですわ。私もカフェが好きだから、家にカフェコーナーがあればいいのになんて思ったりするのに」

「私はカフェに家コーナーがあればいいのにと思ってますね」

「意味わからないよ、兄さん。カフェに住みたいほど好きってこと?」

ヴィダルは呆れている。


ジョシュは思い出したように続ける。

「最近、騎士団訓練場に通われていないのもそのためですか。アイスローズ嬢の成績優秀さは王城にも聞こえていますので、すぐにでも巻き返せると信じていますが。騎士団や、エレーナちゃんも心配しています」


 エレーナが無事騎士団に復帰できたことを安心しながらも、アイスローズは苦笑いした。

 なんだろう、この二人は話を聞くのが上手で、つい、本音が出てしまった。


「それ以外にも、正直なところ気になることがありまして。騎士団訓練場の皆さんは、エレーナさんには楽しそうに話されますが、私には一線を引かれているようです。私がお伺いすることで、エレーナさんや皆さまに気を使わせてしまって、申し訳ないのです」


「それは、アイスローズ嬢が魅力的だからですよ……! あ、エレーナさんに魅力がないというわけではないですが、好みというか……!」

 ヴィダルが慌てて庇ってくれるが、アイスローズには響かない。

 

 エレーナは健気にもアイスローズと一緒に休憩してくれたり、騎士達との会話を振ってくれたりするが、優しくされるとなんだか逆に泣きたくなる。エレーナにも自分の訓練があるのだから。


「ヴィダル様はお優しいですね」

 悲し気に微笑んだアイスローズに、ヴィダルは赤くなったままの顔で、きちんと向き直った。


「とにかく、騎士たちと一度話をしてみてはいかがでしょうか。人は理由がわからず避けられたら、悲しいものですから」


 ジョシュが口を挟む。

「エドガー殿下も、来週には一息つけるかと思いますよ。とあるカフェに気になるスイーツがあるのですが、期間限定なもので、アイスローズ嬢に是非食べていただきたいのです」

「き、期間限定…!!」

 それはアイスローズに、あまりに魅力的だった。


(――そうね、例えば「死亡フラグ」に徹底的に気をつけるとか、一回くらいエドガーたちと外出するくらいなら)


 前世で「王太子少年の事件日和」を読みながら、実際に「エドガーと旅行に行くことになったらどうするか」を考えたことがあった。死神エドガーと一緒にいては、100%事件に巻き込まれるのだ。

 模範解答としては、そもそもエドガーと出かけないことが鉄則だが、やむなく外出しなければならない場合、片時もエドガーの側を離れなければ安全なはず、だった。


 ここで何故だか、アイスローズはパトラのセリフを思い出す。


『この受験が終われば故郷に帰り、結婚するんです』


「って、めちゃくちゃ死亡フラグっぽい……!!」

「なんですか? フラ?」


 ジョシュとヴィダルは、いきなり訳の分からない言葉を呟くアイスローズに戸惑う。


(ん? 確か「王太子少年の事件日和」には【クレオとパトラ事件】というものがあった。パトラって、登場する女性キャラクターの名前で)


「ああ――!!」

「っ、アイスローズ嬢!?」


 いきなりソファから立ち上がったアイスローズ。令嬢としてあり得ない失態を晒しているのだが、しかし、今はジョシュやヴィダルに構う余裕はなかった。


(パトラが!! パトラが……「あの人を殺す」のはいつ)

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