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14.アイスローズ・ヴァレンタインの事情③

「わたくしはアイスローズを信頼していたのです。それを何ですか! 自由にさせていたのをいいことに。お父様が許してもわたくしは許しませんよ。嫁入り前の公爵令嬢が侍女を置いて一人へらへら出歩いて、あげく事件に巻き混まれるなど」


「私、へらへらはしていなかったかと思いま」

「黙らっしゃい!」


 ここはヴァレンタイン公爵夫人、つまりアイスローズの母親の部屋だ。

 ラベンダー畑からの礼拝堂でヴィダルを助けた後、駆けつけた王城関係者からアイスローズは事情聴取された。アイスローズはエドガーへの説明と同じことを繰り返すしかなかったが、彼らにしたら公爵令嬢であるアイスローズをあまり疲労させることもできない。結局、合流したパトラたちと家まで送られたのだった。


 そうして帰宅したアイスローズは、母親と母親にあらましを話したパトラから、しこたま怒られている。童顔美人のパトラはともかく、完璧な黄金比かつ茶髪に水色の吊り目を持つ、ザ・令嬢顔の母親アンナマリア・ヴァレンタインの怒り顔はなかなか迫力があった。


「全く、エドガー殿下が病というのがゴシップで、貴方がお近づきになれたのがせめてもの救いね。でも、そのような生活態度では、殿下のお心を掴めるとは思えないわ。わたくしたちは貴方が心配なのよ」

「そうですよ、アイスローズお嬢様。珍しく王城学園受験の模試の成績まで落としていますし」


「お母様、パトラ……本当に、申し訳ありませんでし」

「よって、しばらく自宅で謹慎とします。騎士団訓練場もピクニックもよ」

「えええっ!?」

「自分をよく顧みなさい、アイスローズ! あまり己を安売りしないことよ。これで話はお終い」


 固まるアイスローズを気にも止めず、アンナマリアは、その綺麗な顔の前でピシャリと扇子を畳んだ。


 現ヴァレンタイン公爵のレオナルド・ヴァレンタインは一人娘のアイスローズを溺愛しており、今回のことも大目に見てくれた。しかし、母親であるアンナマリアはそうはいかない。彼女はかつて社交界の花、今はサロン(社交の場)を主催する女主人として名を馳せている。


 アイスローズが聞いている話によれば、レオナルドとアンナマリアは王城学園で出会ったそうだ。レオナルドは、アイスローズと同じ銀髪・ワインレッドの瞳を持っていたが、成績優秀で見目麗しく、かつ公爵家の嫡男だったので、令嬢たちからそれは人気があった。そのレオナルドの心を掴んだのがアンナマリアなのだから、彼女の令嬢としての魅力は只者ではなかったらしい。


 彼女は学園内で演劇を学んでおり、歌やダンス、また役作りのためもあってか各種教養の知識も素晴らしかったと聞いている。

 レオナルドとの縁がなければ、オペラ座のプリマドンナになっていたとの噂もある。


 つまり、アイスローズの令嬢スキルは、純粋な学業面はパトラ、それ以外はアンナマリアによるものが大きい。

 アンナマリアもまた、今世のアイスローズのエドガーへの想いを知っている。サロン主催のため多忙であるが、空いた時間でアイスローズを厳しくも優しくサポートしてくれていたのだ。


(しかし、模試の成績まで落としたのは痛かったわ。ちょうどヴィダルの監禁場所を考えていたころに受けたやつね。確かにいつもの私らしからぬ事態、だけど、)


 頭を抱えながら、パトラと部屋を出たアイスローズは考えを巡らせる。


 【悪役令嬢殺人事件】でアイスローズは殺される。「王太子少年の事件日和」後続の「王太子探偵という戯れ」でエドガーは王城学園一年生だから、【悪役令嬢殺人事件】は時系列的に王城学園入学前になる。


(だとしたら、受験勉強を頑張る意味はないのでは? いや、それは今まで頑張って来た令嬢としてのプライドに関わるわ。そもそも、事件を生き残る策を考えるのよね、私は!)


 今回【瀕死の王太子事件】を思い出したのは、事件が進行した直後くらいだった。

 アイスローズの「王太子少年の事件日和」の記憶は断片的だ。最終回が【悪役令嬢殺人事件】であることは覚えているが、【瀕死の王太子事件】から【悪役令嬢殺人事件】まで、間にどんな事件があったのか、何度考えてもやはり思い出せない。


「……〜なので、私はアイスローズお嬢様の受験が終われば、故郷に帰ります」


 アイスローズはパトラに話しかけられていることに気づく。


(「受験が終われば、故郷へ帰る」? どこかで聞いたセリフ……て、それより)


 アイスローズは慌てて向き直る。

「それは寂しいし困るわ! 私が断りなくピクニックを抜け出したから? それとも、成績が低下したから?」

 パトラにはお世話になった記憶しかないので、思わず彼女へ詰め寄る。


「お嬢様、話を聞いてなかったのですか。説教中に。そういうところ嫌いじゃないですが、違います」

「家庭教師の責任をとって辞職するのでないなら、なんで……」

「私、結婚するんです。お嬢様がヴァレンタイン公爵様に頼んで私を大学に通わせてくれたおかげで、彼と出会いました」

「まあ、パトラ。そうだったの! それはおめでたい話だわ!」


 振り返れば、前世を思い出してから明るいニュースはなかった。アイスローズは心から温かい気持ちになる。

 「この受験が終われば故郷に帰り、結婚する」「帰ったら、故郷の焼き立てパンを食べる。名産のとろけるチーズものせてもらう」と語るパトラを、快く送り出そうと思う。


 その日、王城から騎士団訓練場再開の知らせが届いたが、アイスローズは自宅謹慎および学業専念を理由に断る手紙を書いた。

 アイスローズは封蝋をしながら思う。

 これを機にもう王城には行かないようにしよう。そしてそのままエドガーに関わらないようにしよう、と誓った。

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