表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/91

13.瀕死の王太子事件④

「え」


 エドガーは綺麗な笑顔だが、目が全く笑っていない。


「どこへ行くのかな? アイスローズ・ヴァレンタイン嬢。まだ話は終わっていない」

「……エドガー殿下。私、急いでピクニックに戻らないとなりませんの」

 アイスローズは引き攣った笑顔で答える。


「君は何故こんなところに一人で? とてもピクニックに適した場所とは思えない。しかも、この礼拝堂についてオリバーに何やら相談していたらしいね」


(オリバー様、口が軽いわ!)


 アイスローズは心の中で、悪態をつく。


「ブラッケンストール子爵邸に向かう途中、馬車から君が見えた。いかにも隠れるように歩いていたから、追ってきた」

「ええっ!?」


 何ていう偶然。

 しかし、ここで挫けるわけにはいかない。


「前に遠乗りした際に、この建物が気になっていたのです。形が特徴的で素敵でしょう」

「そのバスケットの中身は? 随分と用意が良いね。まるで、誰かが監禁されていることを知っていたようだ」

「自分のためですわ。人のいないところでいつかのように倒れたりしたら大変ですから。私の持病は(ということにしておこう)殿下もご存じでしょう。丁度良かったです」


 次々と答えれば、次々に質問が飛んでくる。エドガーは恐ろしくクールに整った顔をアイスローズに近づけた。長く恋をしていたゆえの条件反射なのか、アイスローズの動悸が激しくなる。


「何故、彼がヴィダルだと知っていた?」

「……いいえ、それは知りませんでした」

「彼とは初対面なはずだね、アイスローズはさっき彼をヴィダルと呼んだ」


(やば)


 アイスローズは手をポンと打つ。

「そ、そう、思い出しましたわ! 怪我をした彼を見て気が動転してしまい。エレーナさんから行方不明になったヴィダル様の話を聞いていましたし、彼は騎士見習いの服を着ていましたからヴィダル様だと思い込んだんでしょう」

「ほう」

「実際にヴィダル様だったんですね、偶然ですが見つかって良かったです。早くジョシュ様にも会わ――」


(! 墓穴を掘った!)


 アイスローズが自分の口を手で塞ぐ間もなく、壁から衝撃音がした。

 エドガーは足ドンしてアイスローズの進行方向を完全に塞いでいた。

「今ジョシュの名前を出した理由は? アイスローズ嬢はヴィダルとジョシュの関係を知っているのだろう? 何故」

 これは苦しい。


(まずい、まずすぎるわ。何とか誤魔化さないと。えーと、えーと――!)


「エドガー殿下! 普通の淑女には一つや二つ秘密があるものです。それを先程から不躾な、紳士の風上にも置けませんわ! 失望いたしました。さすが、人のスカートの中を覗き見るようなお方でしたわね!!」

「なっ」


 アイスローズが逆ギレしたところ、エドガーが見たことないくらい目を見開いた。顔が赤くなっている。


「――」


 エドガーはようやくアイスローズを壁から離してくれた。そして眉間に皺をよせ、額に手を当てながら言う。


「あれはアイスローズ嬢のスカートが捲れていたからだろう。『普通の淑女』はそんなことにならない」


「……見たことは否定されないのですね」

「…………」


 エドガーは目を閉じて長いため息をついた。やがて、両手を上げ降参のポーズをする。


「わかった。今日は私の負けだ。あとスカートの件はジョシュに言うな」

 話がめんどくさくなりそうだから、とエドガーはぶつぶつ言っていたが、やがてアイスローズに向き直る。

「しかし、王城側からの事情聴取は免れないからな。今回の件は別の事件と深く関わっているからだ」


 さすがにそれはやむないだろう。

 何しろ国家を巻き込む大事件だ。


「アイスローズ嬢が、何かを抱えているのは知っている。それを私に言おうとすると具合が悪くなることも分かっている」


(え、いつの間にかお見通し…!)


 思いがけないエドガーの言葉に、アイスローズは目をまん丸くする。


「だが、私は王太子として国民を守らなければいけない立場にいる。もちろん国民に君も含まれる。だから」


 エドガーは礼拝堂のステンドグラスを背に立っていたが、丁度雲が晴れたのだろう。エドガーは色づいたカラフルな光を浴びて、まるで彼自身も完璧な芸術作品のようだった。



「あまり心配させることはするな」



 ――その瞳があまりに真剣で。

 アイスローズがつい、見惚れてしまうほどに。


「エドガー……殿下」


 エドガーは確かめるようにしばらくアイスローズの瞳を覗き込んだ後、意外なことを言った。

「あと、私のことはエドガーと呼んでもいい。どうしても君はそうしたいらしいから。私もアイスローズと呼ぶ」

「え!? で、殿下、いくらなんでもそれは不敬にあたります! ご不快になられるどころじゃありません」

「何を今更。アイスローズはことあるごとに私を呼び捨てしているだろう。グリーンアップル邸でも今日も。中途半端に殿下と後付けされる方が不快だ」

「……それは大変申し訳ありませんでした」


 今度はアイスローズが一本取られたようだ。項垂れるアイスローズを見て、エドガーは今日初めて声を出して笑った。


 漫画内でヴィダルをあの世へ見送り、泣いているジョシュを見守っていたのと同じ「悲劇の礼拝堂」にいるのに、もはや別のシーンに思える。


(これがベストだったかはわからないけど、良い方向に持って行けたことは間違いないわ)


 アイスローズはようやく一息ついた。

 そことなく漂ってくるラベンダーの香りが心地よく、なんだか今夜はゆっくり眠れそうだと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ