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12.瀕死の王太子事件③

「――ん、ふぅっ!?」


 その人は、アイスローズの驚きに見開かれた目が自分を捉え、敵ではないと認識したのを確認し、手を離してくれた。


「エドガー! ……殿下!!」

「何故ここにと聞きたそうだが、そのままアイスローズ嬢に返すよ」


 エドガーは眉根を寄せている。

 しかし、アイスローズには目の前にある現実が信じられない。


 おかしい。絶対におかしい。

 対外的には、エドガーは病床に伏せているはずだ。そして実際には、ジョシュやオリバーとブラッケンストール子爵邸にいるはずで、漫画で言うところの「解決シーン」が繰り広げられているはずなのに。何故ここに。 


 固まっているアイスローズを尻目に、エドガーは窓を覗き、ヴィダルが拘束されているのを見て目の色を変えた。

 アイスローズはいまだに動悸がする胸を押さえながら、やっと声を絞り出す。

「エドガー殿下はお一人でこちらに?」

 エドガーは窓に注意を払ったままだ。

「いや、ジイも一緒だよ。今後方30mからアイスローズ嬢を異国の新型銃で撃とうとした者を取り押さえている」

「ええ、うっそ!?」

「ブラッケンストールは武器密輸まで手を出していたんだな」

 エドガーは小声で呟くが、アイスローズにはそこまで気にする余裕がない。


(言い訳も状況整理するのも後だわ、これは願ってもないチャンス!)


「エドガー殿下、説明は後です。ジイ様を呼んで、一緒にあの方の救出をお願いしたいので」

「その必要はない」

「え」



――ガシャン!!



 アイスローズの声はかき消された。

 エドガーは肘鉄でガラス窓を割ったかと思えば、ジャケットを翻しながら素早く窓から室内に飛び降りた。驚いた大男が向かってくるところ、彼の首に手刀をかませ気絶させる。もう一人が剣を抜こうとしたところ、エドガーはその柄を手で押さえ剣を抜かせず、反対側の手で彼のみぞおちに一撃した。

 

 二人が倒れるまで多分、5秒も掛からなかった。


(制圧した――しかも素手で)


 唖然としているアイスローズを、エドガーは入口のドアの鍵を内側から開け、招き入れた。ヴィダルを椅子に縛り付けた拘束を解いていくエドガー。

ようやく我に返ったアイスローズも慌ててヴィダルに駆け寄る。


「もう大丈夫、味方よ、助けに来たわ。しっかりして!」


 ヴィダルは気を失っているようだ。エドガーがヴィダルの頬に手を添えても反応しない。ヴィダルは殴られていて痛々しいが、出血や大きな傷はないように思えた。

 アイスローズはヴィダルの惨状を目の当たりにして一瞬身構えたが、直ぐにこのために色々準備してきたことを思い出した。バスケットから気付薬の茶色い小瓶を取り出し、ヴィダルの鼻の前に晒す。エドガーはアイスローズの動きに驚いたようだったが、彼女がヴィダルに嗅がせやすいようヴィダルの頭を支えてくれた。


「――ううっ」


(ヴィダル、良かった!)


 ヴィダルは身体を少しよじった後、まぶたをゆっくりと開いた。彷徨っていた榛色の目が定まり、心配そうなアイスローズの顔が映る。

 しかし、次いでアイスローズの横にいるエドガーを見たヴィダルは、アイスローズそっちのけで弾かれたように椅子から飛び降り、床に頭を擦り付けて土下座をした。


「エドガー殿下、私は何という失態を! 騎士見習いのくせに敵に拘束されるなど! 殿下の御身を危険に晒し、私は幾つもの判断を誤りました。命を持って償わなければなりません!」


 ヴィダルは、とんでもない速さで床に倒れている男の帯剣に手を伸ばす。


「ヴィ、ヴィダル! 落ち着いて。それは違うと思うの――」

 焦ったアイスローズがヴィダルへ近づくが、エドガーが手で彼女を制したので、口をつぐんだ。


 横目でエドガーを見ると、彼の表情はひどく冷静だった。


「君が判断を間違ったのは本当だ。騎士には向いていない。君が死ねば、王城は大切な家臣を一人無くしたことになる。それは私たちへの忠誠とは言えない」

「っ……!」

 ヴィダルが息を呑む。

 彼は涙を堪えているようだ。


「エドガー殿下」

 いつのまにか、ジイが室内に入ってきていた。彼はエドガーに耳打ちをする。ふいに、エドガーから漂う緊張感が、和らいだように見えた。

 やがて、ふーっと小さく息を吐いたエドガーは、片膝をついてヴィダルに話しかける。


「しかし、君たち兄弟のおかげでブラッケンストール子爵は逮捕されたよ。オリバーがたった今確保した。罪状は違法薬物取扱と武器密輸だ。国中の者が救われるだろう。この件がなければ彼の尻尾は掴めなかった。これは間違いなく、君の手柄でもある」

「!」


(良かった…! ブラッケンストール子爵邸にはジョシュの後にオリバーが向かったのね。漫画ではエドガーとオリバーが二人で向かっていたけど。いずれにしても、漫画通りに解決した。ジョシュも今頃真相を知り、心底安堵しているはず)


 アイスローズが胸を撫で下ろしたのと同時に、エドガーはヴィダルの肩に手をやった。


「もうすぐ君の兄がここへ迎えにくる。……――よく耐えていてくれた」

「! エドガー殿下……! 申し訳ありませんでした……!」


 ヴィダルは床に顔を伏せた。泣き崩れているようだ。

 ヘルメットをとった彼をよく見ると、まだ幼い。ジョシュの弟だから、アイスローズ達と同じくらいの年齢なのかもしれない。

 ジョシュが自分のせいで脅されていることを知っていたのかもしれないわ、とアイスローズは思う。この数日間ずっと、アイスローズの想像よりずっとずっと、彼は不安だったのだろう。


 その後、ジイが伝書鳩にて伝令を飛ばしたため、王城の人間が複数やってきて現場の後始末をしていた。見張りの二人やアイスローズを狙撃しようとしていた者らしき人物も、連行されていく。エドガーやジイが陣頭指揮を取っている間、アイスローズはヴィダルにバスケットの中の包帯を巻いたり、経口補水液をあげたりしていた。用意したものが、役立って良かったと思う。


(さて、さすがにパトラたちのところに戻らないと。こっちが大騒ぎになってしまうわ。……既になっていたらどうしよう)


 皆の関心がアイスローズにない今のうちにと、礼拝堂の出入口へ顔を向ける。

 そっと向かおうとしたところ……エドガーに壁ドンされた。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます! お読みいただき、とても嬉しいです。

ブックマーク・評価くださった方も、本当にありがとうございます! 作者のモチベーションになっています。

7/8 誤字修正しました。

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