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11.瀕死の王太子事件②

「わあ、綺麗ね、パトラ!」


 眼前に広がるラベンダー畑。濁りのない鮮やかな紫色。早咲きの品種がようやく花開いた季節だが、香りがアイスローズの胸いっぱいに広がる。

 漫画の中だけで見た世界が、現実としてすぐそこに広がっていることが嬉しかった。夢ではなく実態があることを確かめたくて、そっと壊さぬよう花に触れる。

「この時期にピクニックに来て正解ですね、アイスローズお嬢様」

 侍女兼・家庭教師パトラの言葉に、アイスローズは深く頷いた。



✳︎✳︎✳︎



 昨日、王城でオリバーと会ってからヴァレンタイン家に戻るなり、パトラが慌てて声をかけてきた。

「アイスローズお嬢様。先程、街でこのような新聞の号外が配られていました。私それはびっくりして」

 パトラから新聞を受け取り見ると、どの新聞も一面で王太子エドガーが病に伏せている類のことを書き立てていた。


(なるほど、エドガーがマスコミを買収し、操作しているんだわ。ブラッケンストール子爵側にはジョシュが毒を盛るのを成功したと見せかけるために。さすが、抜け目がないわね)


 アイスローズは直ぐにエドガーの意図を理解するが、パトラの心配そうな視線に気づく。確かに、あれだけ今世のアイスローズがエドガーに恋焦がれてる様子を見せていたのだ。この記事を見て淡々としているのはおかしい。とはいえ、前世を思い出したアイスローズには「やらねばならぬこと」があるので、あまり気にしてはいられない。


「パトラ。明日、ラベンダー畑にピクニックに行きましょうか!」


 アイスローズは思いっきり話の腰を折り、パトラを仰天させたのだった――。



✳︎✳︎✳︎



 そうして今、ラベンダー畑にいる。

「アイスローズお嬢様、ここのラベンダーは幾らかなら摘んでも良いそうですよ」

 花畑に見惚れていたアイスローズにパトラが寄ってくる。


「お嬢様は、エドガー殿下があまりにご心配でどうにかなりそうなので、気を晴らすためにピクニックを提案されたのですね。なんて健気な」

 ハンカチを目にやるパトラに、アイスローズは「ま、まあ、そうね」と言うしかない。そういうことにするアイスローズにパトラは続ける。


「ラベンダーは虫除けにもなるんです。ドライフラワーにしてお部屋に飾りましょうか。蚊やダニ、ノミなどにも有効です」

「へえ、そうなの!」

「まあ、例外もあってラベンダー自体につく虫もいます。黒や灰色のまだら模様の芋虫がついていたらヨトウムシというのですが……あ、これですね」

「ひぃぃ!? 私の顔の3センチ前に持ってこなくていいわ! しかも素手で!」


(いけない、私は令嬢なのにいつもパトラには反射的にツッコミを入れてしまう!)


 パトラ・カヴァネス(23歳)。栗色の髪と灰色目をした童顔美人である。男爵令嬢である彼女は、昔からアイスローズの侍女だった。エドガーに恋をしたアイスローズが勉学に力を入れ始めた頃、宿題につまづいていたアイスローズにパトラが助言し、それが非常に分かりやすかったため侍女兼・家庭教師となった。今ではアイスローズの相談役でもあり、今世のアイスローズの恋心のよい理解者でもあった。のだが。


 何というか、パトラは愛らしい顔に反し、少し変わっている。


 得意科目は全般の才女だが、特に生物や科学が好きなようだ。様々な分野に興味を持ち、知識をいつのまにか仕入れている。

 ちなみに、ヴァレンタイン家は家庭教師のパトラに図書室の管理を任せているが、いつの間にか見たことがない本が増えている。「悪用禁止の心理学〜貴方の心が丸わかり♡」「科学の観点から考察する降霊術(全13巻)」など。何故かアイスローズの部屋にも何冊か持ち込まれている。


(……この間エドガーたちが来訪した時、隠す時間がなかったけど見られてないかしら)


 不安がよぎるアイスローズ。


 ある時は、前世の生活を思い出したアイスローズが何気なく「味噌汁」が恋しいと発言したら、大変興味を持ち、味噌作りに必要な麹菌をいつの間にか揃えていた。アイスローズが話したあやふやな味噌づくりの知識から、彼女なりに分析したのだろう。彼女は菌学にも明るい。味噌の仕込みは面白く、アイスローズも一緒に作業したけど、上手くできているかは完成する半年後にわかる。これには、びっくりした。


 この国では15歳になる年度の冬に王城学園を受験できる資格を得る。この世界の子息令嬢は、幼少期〜15歳までは自宅で家庭教師から学び、16歳で王城学園に入学するのがステータスだ。王城学園は求められる学力は勿論、王室関係者も在籍、多くのエリートを排出する名門中の名門とされた。

 今世のアイスローズはエドガーと同級生になるべく、王城学園を目指していたわけである。


(そういえば、私がマグロ解体の技術を身につけているのはパトラの影響だったわ……)


 アイスローズは遠い目をする。

 前世を思い出す前からアイスローズとパトラの関係はこうだ。とはいえ、彼女の前では完璧な令嬢の仮面を外せるので、なんだかんだアイスローズはパトラが大好きなのである。


 しかし、ここでいつまでもパトラと遊んでいる時間はない。


(よし、そろそろ)


 このラベンダー畑は広い。散策するふりをして、少し、また少しとアイスローズはパトラやヴァレンタイン家の使用人たちから距離を取った。いつものアイスローズにはパトラたちを撒くことなんて考えられないため、簡単にできた。長めのお手洗いに行っているとでも思ってくれたら、ありがたい。

 アイスローズの手元のバスケットには、気付薬、前世で言う経口保水液に準ずるもの、包帯など応急処置セットを持ってきている。これは昨日オリバーに会った後、王城医師にそれとなく救命措置の知識をつけたいと相談し、用意したものだ。


 ヴィダル救出に際し一緒にパトラを連れて行こうかとも考えた。しかし、使用人とは言え大切に預かっている令嬢であり、彼女を事件に巻き込みたくなかった。他の使用人たちにも証拠がない中で諸々信じてもらえるほうがおかしいだろう。騎士団に助けを求め、王城側にアイスローズの動きが漏れ、漫画の展開を壊すわけにもいかない。

 前世の記憶から想定しているシチュエーションでは、アイスローズ一人で何とかなると見込んで単独行動をした。


(あったわ!)


 それから15分くらい歩いただろうか。白樺林の先に探していた建物はあった。

 小さな礼拝堂だった。

 中にはヴィダルが監禁されているはずだ。あたりに人気はない。


 早る胸を抑え、アイスローズは小窓から室内を覗き見た。が、慌てて身を窓から隠した。


「まじか……聞いてないわ!」


 中には、椅子に座り後ろ手に縛られているヴィダルがいた。彼は騎士見習い服のまま項垂れており、ヘルメットの影になり表情は見えない。ピクリともしないが、漫画でエドガーとジョシュに救助されるまで生きていたから、現実でもまだ息があると分かっている。もちろんお腹も切っていない。


 しかし、問題は室内で屈強な男が2人もヴィダルを見張っていたのだ。

 漫画のヴィダル救出コマには、礼拝堂にヴィダル以外誰も描かれておらず、見張りがいるなんて描写は一切なかった。だから、アイスローズはヴィダルが一人ただ屋敷に監禁されていると思い込んでいたのだ。


(まずい、まずすぎるわ……どうする、)


 近くに民家はない。

 一度パトラのところまで戻る? パトラに救援を呼びにいかせても、往復時一時間はかかる。


(しくじったわ、でも、ここで私が捕まったりしたら全てが台無しになる。散策していたら、監禁されている人を発見したってことにしましょう)


 こんなことなら引きずってでも、誰かを連れてくるべきだった、と己の浅はかさを後悔する。痛いほど唇を噛むが、今更どうしようもない。


 アイスローズは決意し、ラベンダー畑に戻ろうと身を翻した瞬間、背後から肩を掴まれた。反射的に叫び出そうとしたところ、何者かがアイスローズの口を塞いだ。

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