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「も、もう大丈夫です! 大体把握しました」

「そうですか?」


 柳さんが小首を傾げると、大鎌がふっと消え周囲の空気も和らいだ。

 私はほっと胸をなでおろしつつ。


「……つまりここは『現世』と『幽世』を繋ぐ場所で、柳さんと燕さんは管理者である死神。そして私は何らかの理由で今死にかけていて、ここに迷い込んだ魂ってことですよね」

「急に理解力上がったね」


 面白そうに笑う燕さんに、私は神妙に頷いた。


「切り替えは早いほうなので」


 あんなものを見せられたら、もうすべてを受け入れるしかない。

 そんな覚悟(という名の諦め)ができたという意味では、先ほどのやりとりは絶大なる効果があった。


「それで、私はどうすればいいんでしょうか」


 私の問いかけに、燕さんがちらりと柳さんを見やってから口を開いた。


「まずはどうしてここに来てしまったのか、思い出す必要があるね。満月ちゃんの中にある『迷い』がここへ導いたわけだから」

「でもどうやって思い出せばいいのか……。さっきまで自分の名前すら忘れてましたし」


 そこで私はふと、気づいた。自分の名前を思い出したきっかけがあったことに。


「あ……そっか。燕さんや桐子さんは現世と行き来しているわけですし、私のことを確認してもらえれば……」

「あー……それはね、できないんだ」


 困った様子の燕さんに代わって、桐子さんが淡々と答えた。


「それがここのルールだから。『迷い込んだ魂についての情報は、本人に与えない』」

「えっなぜですか」

「さあ。私が決めたことじゃないし」


 にべもない返しに、仕方なく柳さんの方を見やる。相変わらず微笑を張り付けたままの彼は、諭すような口調で言った。


「魂に刻まれた記憶は、自身で呼び起こさなければ意味がありません。そのきっかけを与えるために、香月茶があるんですよ」


 そう言われてはっとなった。確かにあのお茶はどういうわけか『懐かしい香り』がしたのだ。


「匂いは五感の中で、最も記憶に結び付きやすいと言われています。香月茶は魂の中に眠る記憶を呼び起こす、いわば”引き金”なのです」

「飲む人によって香りが違うっていうのは、そういうことだったんですね……」


 本当にそんなことができるのかという疑問は、たぶん今考えても仕方ないんだろう。

 実際に私はあのお茶を飲んで懐かしさを覚えたし、あれが嘘の感覚とも思えない。


「ただ私は香月茶を飲んでも記憶が戻ってないし、あの香りがなんだったのかも思い出せなくて」

「すぐに思い出せる人もいれば、そうでない人もいる。どれくらいの時間が必要かは、個人差があるからね」


 燕さんの補足に頷きつつ、ため息を漏らした。


「私の場合は、どれくらいかかるんだろう……」


 そう呟いた途端、急に不安がせり上がってきた。私は一体、現世でどんな状態なのか。どんな迷いがあってここに来てしまったのか……。

 考えれば考えるほど、知るのが怖くなってくるのだ。


「どのみち一度ここに来てしまうと、”どちらかを選ぶ”までは出られない。気長に構えておいたほうがいいよ」

「選ぶっていうのは、もしかして……」


 私の視線に、燕さんは静かにうなずいた。


「幽世に向かうか、現世に戻るか」


 つまり、生きるか死ぬか。


 そんな大事なことを、何も思い出せていない状態で決められるはずもない。

 初めて足を踏み入れた世界で、私は途方に暮れていた。これから何をすればいいのか、見当もつかない。


 これまでに迷い込んだ人たちは、どうしてきたんだろう……そう考えたとき、柳さんがおもむろに口を開いた。


「ではしばらく、ここで働いてみてはどうですか」


 顔を上げた私の隣で、燕さんが目を見開いている。


「えっ……柳、本気?」

「私は嘘を口にしたことはありませんが」

「いやそうだけど、ちょっとびっくりしたからさ……でも確かにありかもね。ここへ来る客との出会いが刺激にもなるだろうし」


 整った同じ顔が、ほとんど同時にこちらを振り向いた。猫のような四つの瞳が私を捉えている。


「満月ちゃんはどう思う?」

「貴女はどうですか?」


 美形の双子に返答を迫られると、なかなかの圧がある。でも急にどうといわれても答えようがない。


「あの……働くっていうのは、アン・レジーナガーデンでやっていることと同じでしょうか? 私はホールスタッフだったんですけど」

「ええ、大体は。ただこれから出す条件を飲むのであれば、貴女には香月茶の作法を覚えてもらおうと思っています」

「柳、本当に?」


 さっきよりも更に驚く燕さんに、彼は同じ内容を繰り返した。


「私は嘘を口にしたことはありません。何か困ることでも?」

「そうじゃないけど、今まで香月茶を教えるなんて言ったことなかったから。さすがに驚くよ」

「ちょうど助手が欲しいと思っていたところでしたので。桐子も異論ありませんね?」


 突然振られた桐子さんは、面食らったように瞬きしたあと。


「お二人が決めたことですし、私は別に」

「じゃあ、あとは満月ちゃん次第ってわけか……」


 燕さんの言葉に、私は戸惑い気味に問いかける。


「あの……私お茶の知識はあまりないですけど、大丈夫ですか」

「構いませんよ、そもそも現世での知識は役に立ちませんから。ただし先ほども言ったように、ひとつ条件があります」


 柳さんは店の奥に行き、深い瑠璃色をした二枚の扉の前に立つと、こちらを振り返った。


「『(さく)』の扉を選んだ場合、ここで働き続けること。『円』の扉を選んだ場合は――」


 口元に刻まれた微笑が、さらに濃くなる。


()()()()()()()()()()()


 いろいろな疑問が頭を巡って何も言えずにいる私の代わりに、燕さんが苦笑を漏らした。


「つまりどちらを選んだとしても、満月ちゃんは兄さんの元にってことね。まあ香月茶を教えるっていうんだから、そうだろうとは思ってたけど。相変わらず、ずるいなあ」

「決めるのは彼女でしょう?」


 楽しげに問う柳さんに、燕さんはまあねと肩をすくめる。


「あの……どういうことですか?」


 私の問いかけに、燕さんの方が答えた。


「この扉の向こうはハザマの外に繋がっていてね。ここに来た客が『現世』を選んだ場合は、『朔』の扉。幽世を選んだ場合は『円』の扉に向かうことになってるんだ」


 つまり私が現世に戻った場合は、アン・レジーナガーデンではなく、桐子さんのように出張スタッフとしてここで働くということだろう。


「じゃあ私の魂を狩るっていうのは……」

「ああ、それはね。ここには俺たち以外にも死神がいるから。満月ちゃんが望めば、他の死神に魂を回収してもらうこともできるよ」

「燕、余計なことは言わなくていいんですよ」


 たしなめる柳さんにはいはいと言いやってから、深山色の瞳がこちらを向いた。


「満月ちゃん。わかってると思うけど、自分のために選ぶんだよ」


 提案を受けるのか、受けないのか。

 今度は深紅の瞳が私をとらえる。静かなのによく通る声が、私の頭上から降ってきた。


 「ではもう一度聞きます。貴女はどうしますか?」


 私は普段、割と慎重な性格だ。

 大事な判断をその場で行うことはないし、この件もいつもなら「一度考えさせてください」といっていただろう。

 でもなぜか今の私は、この場で答えたいと思った。


 正直言っていまだに訳がわからないし、人知を超えた状況に流されているせいもあるんだろう。

 でも私の中にある深い部分が、『踏み出せ』と言っている。なぜだかわからないけど、それだけは強く確信できるのだ。


「ぜひやらせてください。お願いします」


 頭を下げる私に、柳さんと燕さんは同時に微笑んだ。

 猫のような瞳がわずかに細められ、緩やかな弧を描く口元は、妖艶な色香さえ感じさせる。


 死神って、こんなに綺麗に微笑うんだ――


 自分が置かれた状況も忘れ、私はそんなことを考えてしまった。


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