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空中喫茶香月〜あなたの迷い、月香るお茶で紐解きます〜  作者: 久生夕貴
第四章 レモンカードと微睡みアフターヌーンティー
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牡丹と蝶

 彩乃さんを見送ったあと、程なくして来客を告げる音が鳴り響いた。

 扉を開けて入って来たのは、黒いアオザイに似た衣装に身を包んだ少女だった。銀髪のツインテールを飾る大きな黒牡丹が、よく似合っている。

 彼女は出迎えた柳さんを見るなり、やあと手を上げた。


「世話かけたねえ」

「うーわやっぱり牡丹さんだった」


 やれやれとため息を吐く燕さんの隣で、桐子さんが「まあ予想はしてました」と頷く。牡丹さんと呼ばれたその人は、瑠璃の扉がある方をちらりと見やった。


「あの子、無事帰れたんだろう?」

「ええ。先ほど」

 頷く柳さんに、そうかそうかと頷く。

「悪いねえ。私の預りだった()なんだけど、うっかり目を離したあいだに逃げちゃってさ」

「よく言うよ……。わざと目を離したんだろうに」


 ぼそりと呟いた燕さんに、牡丹さんは「ん? 何か言ったかい?」とそしらぬ顔。柳さんは慣れているのか、特に気にしている様子もない。


「うちのスタッフに感謝してくださいよ。あの子が迷いと向き合えたのは、彼女たちのおかげなんですから」

 燕さんの言葉に、牡丹さんは「ああそれはそれは」とあっけにとられている私に目を留めた。


「……んー? この()は初めて見るね」

 紫水晶のような瞳に、じっと見つめられる。柳さんとどこか似た、見透かすようなまなざしに私は思わず身を硬くした。


「へえ、なかなか面白い()だね。もしかして、燕の新しいカノジョ?」

「いや……あえて言うなら兄さんかな」

「はっ!?!?!? マジで!!????」


 銀髪のツインテールが、逆立つように波打った。

 先ほどまで飄々としていた彼女の顔は、目玉が飛び出そうなほど驚愕に満ちている。


「ち、違います。私はただのスタッフです」

 慌てて手を振る私の隣で、柳さんは微笑んだまま何も言わない。牡丹さんは柳さんと燕さんと私を交互に見たあと、さも愉快そうに笑った。


「いやービビったビビった。まさか柳がねえ」

 そう言ってからすっと居住まいを正し、手を差し出してくる。

「申し遅れたね。私は牡丹、ココの統括をやってる死神だ」


 統括というのはハザマの責任者ということだろうか。挨拶をしながらその点について尋ねてみると、彼女は「そう思ってもらって構わない」と頷いた。


「といっても、ここにいる管理者たちのお目付け役程度のものだけどね」

 つまり牡丹さんは、柳さんたちの上司にあたるということなのだろう。見た目は10代半ばの少女だけれど、死神の外見は当てにならないらしい。


「ここの住人は色々面倒ごとを抱えてるからさ。牡丹さんが交通整理をしてくれてるんだけど、やり方が少々ね……」

「人聞きが悪いな、燕。あの子だって私が香月に送ってなきゃ、今頃闇落ちしてただろう?」

「やっぱりわざと逃がしてるし……。普通に連れてきてくださいよ」

 半目になる燕さんに対し、彼女はしれっと「次からはそうするよ」と返す。要するに、彩乃さんが香月に行くようわざと仕向けたのだろう。


 店内をぐるりと見渡し、再び私に視線を向けた牡丹さんは、柳さんに言いやった。

「あれほど優秀だったキミが、ここに来るとは……と思っていたんだが。それなりのワケがあったようだねえ?」

「ご想像にお任せします」

 にっこりと微笑む柳さんに、牡丹さんはハイハイと笑ってから。ほんの少しだけ、眉間に皺を刻んだ。


「ああそうそう。この前子規(しき)を見かけたよ」

「え……彼、ハザマに来てるの?」

 顔色を変えた燕さんに、彼女は軽く鼻を鳴らす。

「こっちに話は来てないから、仕事じゃないのは確かだ。何しに来てるのか知らないけどねえ」


 二人の様子が気になった私は、尋ねてみる。

「あの、子規さんというのは……?」

「俺たちと同じ死神なんだけどね。ちょっと……というか、だいぶやっかいな奴でさ。兄さんとトップ争いしてたほどの腕利き魂の回収者(レトリーバー)ではあるんだけど」

「まータイプ的には正反対だね、柳とは」

 うんうんと頷いた牡丹さんは「ま、せいぜい気をつけるんだね」と言いおいてから。


「じゃあ私はこれで失礼するよ」

 入り口扉へきびすを返した彼女は出ていく寸前、呼び寄せた私に耳打ちした。

「柳をよろしく頼むよ。ああ見えて、あの子は情深いからねえ」

 私は微笑みながら、頷いてみせた。

「はい。知っています」

「そうかそうか。なら安心したよ」


 牡丹さんはどこか嬉しそうに、ツインテールを弾ませた。香月を出たところで片手を上げると、どこからか巨大な白い蝶が飛んでくる。

 それに乗って飛び去って行く背を見送りながら、私は自分の中にある意志を、静かに、固めた。

 ちらりと隣を見ると、気まぐれで、お菓子が好きで、あらゆる情を秘めた横顔がある。

 

 私は、香月で働き続けたい。

 このひとと、皆と共に、迷い魂たちを導く手助けをしたい。

 

 ――そのために、私は私を乗り越えるんだ。


 傍らに立つ彼に向き合うと、深緋の瞳がこちらを捉えた。


「柳さん、私に香月茶を淹れてください」


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