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空中喫茶香月〜あなたの迷い、月香るお茶で紐解きます〜  作者: 久生夕貴
第四章 レモンカードと微睡みアフターヌーンティー
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双子の関係

 カイ君を見送った数日後、私は桐子さんとお菓子の試作品を味見するついでに、ティータイムを過ごしていた。

 いつもなら双子のどちらかが同席していることが多いのだけれど、燕さんはアン・レジーナガーデンの仕事で、柳さんは幽世に用事があるそうで、今は私たちだけしかない。


 ラズベリーフレーバードのダージリンを口にした桐子さんは、音もなくカップを置いてから、私の膝の上でうとうとしているアオを見やった。


「つまり、その子はあなたの守護兼GPSになったと」

「うーんと……そういうこと、かな」

「柳さんって思ってたより……束縛強め」

 ぼそりと呟かれた言葉を、慌てて否定する。


「違うよ。これは私が勝手に出歩いたのが原因だから。燕さんにも注意されちゃったし」

「ふーん。ま、そういうことにしておけばいいんじゃない?」


 桐子さんはそっけなくそういうと、シフォンケーキの残りを口に入れた。私はなんだかいたたまれなくて、アオの背中をまふまふして気持ちを落ち着かせる。


「うん、美味しい。前のよりふわっとしてるけど、しっとりしてるからパサつきもないし」

「よかった。今回はメレンゲをしっかりめに立ててみたの」


 彼女は私が日々作る試作品を味見しては、忌憚のない感想をくれる。おかげでずいぶん腕も上がって来たように思う。


「お茶の練習だけでも大変だろうに、お菓子作りまでよくやるね。燕さん結構スパルタでしょ?」

「あー……表で働いているときは、気づかなかったんだけどね。意外と柳さんよりこだわり強いかも」


 あのエンジェルスマイルで『もう一回』と何度言われたことか。ただそのおかげで味にうるさいはずの柳さんからは、今のところNGを出されたことがない。


「実際、うちで一番頑固なのは燕さんだしね」

「そうなの? どちらかというと、気ままな柳さんに燕さんがつき合ってあげている感じがしたけど……」

「普段はね。でも燕さんが譲らないと決めたときは、柳さんの方があっさり折れるの」


 そんなシーンを想像してみたけれど、うまくいかなかった。聞けば桐子さんが初めて遭遇したときも、やっぱり驚いたそうだ。


「あのときの燕さんは別人みたいだった。柳さんは動じてなかったから、たぶんこれまでにもあったんだと思う」

「そうなんだ……。二人が対立したきっかけはなんだったの?」

「ちょっと訳ありのお客さんが来てね。その時の対応で意見が割れた」


 話によると、そのお客さんは若い女性で、香月茶を飲んで迷いの記憶を取り戻したそうだ。ここへ来てしまった理由は、事故で亡くなったものの恋人への想いを断ち切れなかったから。


「結婚の予定も決まってたらしくてね。死にたくない生き返らせてほしいって、何度も訴えてた」

「それで……二人はどうしたの?」

「もう彼女の肉体はなくなってしまっていたし、あなたにできることは、このまま現世で彷徨い続けるか、幽世に行っていずれ上がってくる彼を待つかだって伝えてた」

「恋人を呼び出すとかは……」

「柳さんはやらないって判断だった。実はその恋人二股かけててね。彼女が亡くなったことで()()()()()と結婚が決まったとか」

「うわ……最低」

「ま、そんなだから恋人を呼び出したところで、さらに彼女を傷つけるだけだって考えたみたい。でも燕さんは反対した」


 柳さんの言い分はこうだ。

 幸せ絶頂の中で命を落とした上に恋人に裏切られていたと知れば、魂が闇落ちする可能性がある。そうなると回収すら難しくなるし、真実を受けとめられるようになるまで伏せておくべきだと。


「柳さんは管理者として、一番リスクの低い方法を選ぼうとしたんだと思う。でも燕さんは『人間はそんなに弱くない。彼女を信じるべきだ』って主張した」

「……それで柳さんは?」

「最初のうちは渋ってたけどね。燕さんが頑として譲らない感じだったから、『わかりました。燕に賭けましょう』って」


 結局、恋人の魂は呼び出されることになった。彼と対峙した彼女は真実を知り取り乱しはしたものの、最終的には未練を断ち切る形で幽世に向かったのだそうだ。


「あの世でいい男見つけてやるって、最後は清々しいくらいだったかな」

「そっか……じゃあ燕さんの判断は、正しかったんだね」

「結果的にはね。でも正直、五分五分だったと思う。人間って、柳さんが思うほど弱くないかもしれないけど、燕さんが思うほど強くもないし」


 あっさりと言い切る桐子さんに、私は何も言えなかった。確かに自分の中にも強さと弱さが同居し、混ざり合ったり反目しあったりしている。


「なんか、今の話を聞いて二人の印象がちょっとずつ変わったな……」

「たとえば?」

「柳さんって意外と慎重なんだな、とか」

 桐子さんはそうね、と頷いてから紅茶のお代わりを所望した。


「燕さんが結構無茶するからってのもあると思うけど。人に対してちょっと過保護だなって思うことはある。なにがそうさせるのか、わからなかったけど……」

 そう言って、ちらりと私を見る。


「あなたが関係してるのかもね」

「えっ……どうして?」

「さあ。なんとなく」


 私は内心どきどきしながら、燕さんに言われたことを思い出していた。

 柳さんが香月を始めた理由に、私が関係しているなんてあるはずがないと思っているけれど……。桐子さんにまでそんなことを言われると、もしかしたらって思えてきてしまう。


(本人に尋ねたところで、たぶん教えてはもらえないんだろうな)


 すべての答えは、私の迷いが教えてくれそうな気もしていて。


「柳さんのことも私の記憶が戻ればはっきりするかもしれないけど……さっぱりなんだよね」


 あれから一度だけ柳さんに香月茶を淹れてもらったけれど、迷いの原因はわからないまま。

 このままずっと記憶が戻らなかったらどうしよう……うなだれる私に、桐子さんが追い打ちをかける。


「確かにここまで長引く人は珍しいね」

「うう……やっぱりそうなんだ……」

「……あ、でも一度だけあったかな。あなたと同じくらい、長くかかったひと」

 記憶をたどる桐子さんに、思わず顔を上げる。


「その人はどんな迷いだったの?」

「参考にならないうえにあなたが落ち込むくらいにはヘビーだけど聞く?」

「……やめとく」


 机に突っ伏す私の頭上から、淡々とした、でもほんの少し気遣いの色が混じった響きが降ってくる。


「頑張れば思い出せるものでもないんだし、焦っても仕方ないと思うけど」

「分かってるんだけどね……。中途半端な状態のままここで働くのが、申し訳なくて」


 このままみんなと、香月で働き続けたい。そう思うようになってきたからこそ、先が見えない今の状況が歯がゆくて仕方がない。

 迷いが晴れたとき、私はここを選ぶのだろうか――それすらも確信を持てないなかで、仕事を教えてもらうのは後ろめたかった。


(やっぱり……このままじゃ嫌だ)


 そう思ったとき、ふと湖で会った彼のことを思い出す。

 どこか儚い印象を覚える、まなざし。

 あの人と話したとき、香月では感じたことのない不思議な感覚をおぼえた。燕さんの忠告は理解しているけど……また会えば何か変わるんじゃないかという予感が、ずっと心の奥底で顔をのぞかせている。


「そうだ、これ……」

 袖に入れたままの風鈴を取り出す。覗き込んだ桐子さんが小首を傾げた。


「それ、柳さんにもらったの?」

「あ、ううん。そういうわけじゃないんだけど」

 私は庭で風鈴の音が聞こえたことや、湖であったことを話して聞かせた。


「ふーん。私は一度もそんな音聞いてないけどね」

「やっぱりそうなんだ……燕さんも聞いたことが無いって」


 たまたまなのか、私にしか聞こえない音だったのか。

 ……あの人に聞いてみれば、わかるだろうか。

 次の休憩に入ったときに、鳴らしてみようか――そう思ったとき、来客を告げる音が響き渡った。

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