双子の関係
カイ君を見送った数日後、私は桐子さんとお菓子の試作品を味見するついでに、ティータイムを過ごしていた。
いつもなら双子のどちらかが同席していることが多いのだけれど、燕さんはアン・レジーナガーデンの仕事で、柳さんは幽世に用事があるそうで、今は私たちだけしかない。
ラズベリーフレーバードのダージリンを口にした桐子さんは、音もなくカップを置いてから、私の膝の上でうとうとしているアオを見やった。
「つまり、その子はあなたの守護兼GPSになったと」
「うーんと……そういうこと、かな」
「柳さんって思ってたより……束縛強め」
ぼそりと呟かれた言葉を、慌てて否定する。
「違うよ。これは私が勝手に出歩いたのが原因だから。燕さんにも注意されちゃったし」
「ふーん。ま、そういうことにしておけばいいんじゃない?」
桐子さんはそっけなくそういうと、シフォンケーキの残りを口に入れた。私はなんだかいたたまれなくて、アオの背中をまふまふして気持ちを落ち着かせる。
「うん、美味しい。前のよりふわっとしてるけど、しっとりしてるからパサつきもないし」
「よかった。今回はメレンゲをしっかりめに立ててみたの」
彼女は私が日々作る試作品を味見しては、忌憚のない感想をくれる。おかげでずいぶん腕も上がって来たように思う。
「お茶の練習だけでも大変だろうに、お菓子作りまでよくやるね。燕さん結構スパルタでしょ?」
「あー……表で働いているときは、気づかなかったんだけどね。意外と柳さんよりこだわり強いかも」
あのエンジェルスマイルで『もう一回』と何度言われたことか。ただそのおかげで味にうるさいはずの柳さんからは、今のところNGを出されたことがない。
「実際、うちで一番頑固なのは燕さんだしね」
「そうなの? どちらかというと、気ままな柳さんに燕さんがつき合ってあげている感じがしたけど……」
「普段はね。でも燕さんが譲らないと決めたときは、柳さんの方があっさり折れるの」
そんなシーンを想像してみたけれど、うまくいかなかった。聞けば桐子さんが初めて遭遇したときも、やっぱり驚いたそうだ。
「あのときの燕さんは別人みたいだった。柳さんは動じてなかったから、たぶんこれまでにもあったんだと思う」
「そうなんだ……。二人が対立したきっかけはなんだったの?」
「ちょっと訳ありのお客さんが来てね。その時の対応で意見が割れた」
話によると、そのお客さんは若い女性で、香月茶を飲んで迷いの記憶を取り戻したそうだ。ここへ来てしまった理由は、事故で亡くなったものの恋人への想いを断ち切れなかったから。
「結婚の予定も決まってたらしくてね。死にたくない生き返らせてほしいって、何度も訴えてた」
「それで……二人はどうしたの?」
「もう彼女の肉体はなくなってしまっていたし、あなたにできることは、このまま現世で彷徨い続けるか、幽世に行っていずれ上がってくる彼を待つかだって伝えてた」
「恋人を呼び出すとかは……」
「柳さんはやらないって判断だった。実はその恋人二股かけててね。彼女が亡くなったことで本命のほうと結婚が決まったとか」
「うわ……最低」
「ま、そんなだから恋人を呼び出したところで、さらに彼女を傷つけるだけだって考えたみたい。でも燕さんは反対した」
柳さんの言い分はこうだ。
幸せ絶頂の中で命を落とした上に恋人に裏切られていたと知れば、魂が闇落ちする可能性がある。そうなると回収すら難しくなるし、真実を受けとめられるようになるまで伏せておくべきだと。
「柳さんは管理者として、一番リスクの低い方法を選ぼうとしたんだと思う。でも燕さんは『人間はそんなに弱くない。彼女を信じるべきだ』って主張した」
「……それで柳さんは?」
「最初のうちは渋ってたけどね。燕さんが頑として譲らない感じだったから、『わかりました。燕に賭けましょう』って」
結局、恋人の魂は呼び出されることになった。彼と対峙した彼女は真実を知り取り乱しはしたものの、最終的には未練を断ち切る形で幽世に向かったのだそうだ。
「あの世でいい男見つけてやるって、最後は清々しいくらいだったかな」
「そっか……じゃあ燕さんの判断は、正しかったんだね」
「結果的にはね。でも正直、五分五分だったと思う。人間って、柳さんが思うほど弱くないかもしれないけど、燕さんが思うほど強くもないし」
あっさりと言い切る桐子さんに、私は何も言えなかった。確かに自分の中にも強さと弱さが同居し、混ざり合ったり反目しあったりしている。
「なんか、今の話を聞いて二人の印象がちょっとずつ変わったな……」
「たとえば?」
「柳さんって意外と慎重なんだな、とか」
桐子さんはそうね、と頷いてから紅茶のお代わりを所望した。
「燕さんが結構無茶するからってのもあると思うけど。人に対してちょっと過保護だなって思うことはある。なにがそうさせるのか、わからなかったけど……」
そう言って、ちらりと私を見る。
「あなたが関係してるのかもね」
「えっ……どうして?」
「さあ。なんとなく」
私は内心どきどきしながら、燕さんに言われたことを思い出していた。
柳さんが香月を始めた理由に、私が関係しているなんてあるはずがないと思っているけれど……。桐子さんにまでそんなことを言われると、もしかしたらって思えてきてしまう。
(本人に尋ねたところで、たぶん教えてはもらえないんだろうな)
すべての答えは、私の迷いが教えてくれそうな気もしていて。
「柳さんのことも私の記憶が戻ればはっきりするかもしれないけど……さっぱりなんだよね」
あれから一度だけ柳さんに香月茶を淹れてもらったけれど、迷いの原因はわからないまま。
このままずっと記憶が戻らなかったらどうしよう……うなだれる私に、桐子さんが追い打ちをかける。
「確かにここまで長引く人は珍しいね」
「うう……やっぱりそうなんだ……」
「……あ、でも一度だけあったかな。あなたと同じくらい、長くかかったひと」
記憶をたどる桐子さんに、思わず顔を上げる。
「その人はどんな迷いだったの?」
「参考にならないうえにあなたが落ち込むくらいにはヘビーだけど聞く?」
「……やめとく」
机に突っ伏す私の頭上から、淡々とした、でもほんの少し気遣いの色が混じった響きが降ってくる。
「頑張れば思い出せるものでもないんだし、焦っても仕方ないと思うけど」
「分かってるんだけどね……。中途半端な状態のままここで働くのが、申し訳なくて」
このままみんなと、香月で働き続けたい。そう思うようになってきたからこそ、先が見えない今の状況が歯がゆくて仕方がない。
迷いが晴れたとき、私はここを選ぶのだろうか――それすらも確信を持てないなかで、仕事を教えてもらうのは後ろめたかった。
(やっぱり……このままじゃ嫌だ)
そう思ったとき、ふと湖で会った彼のことを思い出す。
どこか儚い印象を覚える、まなざし。
あの人と話したとき、香月では感じたことのない不思議な感覚をおぼえた。燕さんの忠告は理解しているけど……また会えば何か変わるんじゃないかという予感が、ずっと心の奥底で顔をのぞかせている。
「そうだ、これ……」
袖に入れたままの風鈴を取り出す。覗き込んだ桐子さんが小首を傾げた。
「それ、柳さんにもらったの?」
「あ、ううん。そういうわけじゃないんだけど」
私は庭で風鈴の音が聞こえたことや、湖であったことを話して聞かせた。
「ふーん。私は一度もそんな音聞いてないけどね」
「やっぱりそうなんだ……燕さんも聞いたことが無いって」
たまたまなのか、私にしか聞こえない音だったのか。
……あの人に聞いてみれば、わかるだろうか。
次の休憩に入ったときに、鳴らしてみようか――そう思ったとき、来客を告げる音が響き渡った。




