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空中喫茶香月〜あなたの迷い、月香るお茶で紐解きます〜  作者: 久生夕貴
第三章 サツマイモの星くずクッキーと宵待ち白茶
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深緋にとらわれるように

「どうしました?」

「あっすみません。何か思い出せそうになったんですけど……ダメでした」

 柳さんはそうですかと頷いてから、私に向き直った。

「彼はこれからどうするでしょうね」

「わかりませんけど……今までより少し、強い優しさを持てるんじゃないかなって思います」


 大切な存在を亡くしたときほど、多くの人が後悔や自責の念に駆られてしまう。もっとできたはずなのに、ああすればよかった……でも本来、人はそれほど強くも完璧でもないはずだ。

 蓮君は自分の中にあった弱さと向き合い、カイ君が持っていた揺るぎない優しさを受け取った。だからきっと――


「なんとなくですけどね」

 気恥ずかしくなって笑ってみせると、柳さんはカップに残っていたお茶を丁寧に飲み干してから、瞳を細めた。

「あなたは迷い魂が抱く様々な機微を、敏感に感じ取ることができるようですね」

「えっ……私がですか?」

「おそらくはあなたが元々持っている、素質に由来するのでしょう。どう活かすかは、あなた次第ですが」


 そう言われても、正直ピンとこない。確かにお客様と接している中で、気になったり感じ取ったりするものはあった。

 でも……それが私の持つ能力だとは、やっぱり思えなくて。


「お客様と話している中で、たまたま気づいただけなので……」

「たまたまが何度も続くと、それは必然ですよ」

「でも……私に特別な素質なんてないと思います。柳さんだって、同じように感じ取れているわけですし」


 そうだ。私なんかに――

 胸の奥がじくりと痛む。どうしてこんな気持ちになるんだろう……襲ってくる不安に飲み込まれそうになったとき、急に手を引かれた。


「――!」

 顔を上げると、柳さんの顔が目の前にあった。

 

「だめですよ、()()()()()


 深緋の瞳に捕らわれるように、私は身じろぎできない。

「あなたのような人は闇に呼ばれやすいのです。決して耳を貸してはいけません」


 そう告げる彼の目からはいつもの飄々とした色が消え、切実めいた真摯さが滲んでいた。

 なぜ柳さんがこんな顔をするのかわからなくて、妖しく美しい面差しに魅入られたように、私は目を逸らせないでいる。


「言霊はときに強く魂を縛るものですが、忘れないでください。あなたはいつだって自由なのですから」

「私が……?」


 彼の言葉は、私の中で強く反響した。

 心の奥底で何かが沸き上がり、叫びだそうとする。けれど同時にヘドロのように重い霧が蓋をし、見えなくしてしまう。

 正体のわからない感情の動きに翻弄され、私は放心していた。

 霧散していた意識が戻り始めたのは、頬に触れる感触に気づいたからだ。

 

「――満月」


 私の頬を撫でる柳さんの手つきは、ひどく優しかった。彼の親指が唇に触れた瞬間、鼓動が跳ねる。

「私の言うことが信じられませんか?」


 深く紅い瞳に、吸い込まれそうな感覚を覚える。どこか夢心地で聞いていた私は、無意識に問い返していた。


「……あなたはどうして、こんなにも私を気にかけてくれるの?」

「それは――」


 何か言いかけた柳さんは、その先を飲み込んだ。彼はしばらく私を見つめていたけれど、やがて少し残念そうに手を離し、いつものように微笑む。

「美味しいお茶とお菓子を、ありがとうございました」


 足元に控えていたアオが、ぷいぷいと鳴いた。柳さんはアオをひと撫でしてから、部屋を出ていく。我に返った私は、慌てて彼を追いかけた。


「待ってください」

 こちらを向いた柳さんに、自分の気持ちをなんとか伝えようとする。

「あの、柳さんの言うことが正しいのか、私にはわかりません。でもここで迷い魂を導く柳さんに、嘘はないと思っています」


 私を迎えてくれた時も、香月茶を淹れてくれたときも。

 お客さまに対する柳さんの振る舞いは、気まぐれに見えていつも的確で誠実だ。そんな彼が語り掛けてくれた言葉を、戯言だなんて思いたくない。


「だから私は、あなたを信じます」


 こちらを見つめていた柳さんは、ふっと笑んだ。


「今はそれでよしとしましょう」


 去っていく背を見送りながら、私はまた変なことを言ってしまったのだろうかと不安になる。柳さんの雰囲気に呑まれて、思ったことを口にしすぎてしまった。

 少々へこみながら食器を片付け、階段を降りようとすると燕さんが上がって来た。


「あ、満月ちゃん。さっき柳となんかあった?」

「えっどうしてそう思うんですか」

「なんか、めんどくさい感じになってたからさ……」


 それってどういう感じなんだろう……。私は先ほどのいきさつを、かいつまんで話した。聞き終えた燕さんは「なるほど。兄さんも苦労するなあ」と笑っている。


「私、何かまずいこと言ったんでしょうか……」

「ああいやいや。満月ちゃんが気にすることはないんだよ。ほんと押しが強いくせに回りくどいんだからな……」

「え?」


 後半が聞き取れなかったので聞き返したものの、はぐらかされてしまった。燕さんに再度「満月ちゃんは気にしなくていい」と念を押されたので、私もそれ以上は考えないことにする。


「そういえば、気になっていたんですけど……。柳さんは現世での私を知っているんでしょうか」

「迷い魂の身体がいまどうなっているのかは、調べればわかるからね。柳も知ってるはずだよ」


 やっぱりそうだったんだと納得しつつ、よく考えてみれば当たり前だと思い至る。現世での様子を知らなければ、迷い魂たちを在るべき世界へ送り出すことはできない。

 ただ……柳さんの私に対する振る舞いは、もうすこし踏み込んだ何かがあるような気がしていた。考え込む私を、燕さんは不思議そうにのぞき込んだ。


「何か気になることでもあるの?」

「その……柳さん、私のこと以前から知ってたりするのかなって……」

「え? 柳がそういったの?」

「いえそういうわけじゃないんですけど……」

 燕さんは私を見つめ、うーんと唸ってから躊躇いがちに口を開いた。


「……実はね、俺もそうなんじゃないかって思ってる」

「そうなんですか?」

「確信があるわけじゃないよ。でも兄さんが出会ったばかりの満月ちゃんをここまで気にかけるのが、ちょっと不自然に思えてね。……もしかしたら、ここを始めた理由と何か関係があるのかもって」

 彼の話によると、柳さんが香月を始めたのは10年ほど前の話らしい。


「柳は元々、魂の回収者(レトリーバー)だったんだ。とにかく優秀でね。俺なんか足元にも及ばなかったんだよ」

 回収者というのは、死者から魂を回収する者――すなわち死神の本分であり、柳さんはその中でも一目置かれる存在だったらしい。

「そんな凄い方だったんですね……」

「仕事の速さと正確さは誰にも負けなかった。だから兄さんが回収者を辞めてハザマの管理者になるって聞いた時、信じられなかったよ」

 燕さんは何度も理由を尋ねたそうだけど、柳さんは語らなかったそうだ。


「こんな辺境地に引きこもって、正直もったいないって思ってたけどね。まあ今の柳はいつも楽しそうだし、桐子ちゃんや満月ちゃんも来てくれたし。これでよかったんだって思ってるよ」


 そう語る燕さんの表情は穏やかで、柳さんのことを大切に想っているのが伝わってくる。私は二人の関係を内心で少し羨ましく思った。


「満月ちゃんはここで働くの楽しい?」

「はい。最初は戸惑うこともありましたけど、今はここを訪れる方たちの力になりたいって思います。迷いが晴れたお客さんを見ていると嬉しいですし……役に立てたことで、ほっとするんです」

「そっか。ならよかったよ」

 そう言って燕さんは、綺麗に微笑んだ。


「満月ちゃんがここで働くことで、自分を認めてあげられるようになったなら、それでいいんだ」

 彼の言葉は、じんわりと私の胸に染み入った。香月にいる人たちは皆、私のことを気遣ってくれる。

 そのことを感じるたびに、嬉しさと申し訳なさが同時に湧きおこってしまう。


 このままじゃ、いけない。

 

 私も若杉さんや蓮君のように、自分の中にある澱みと向き合わなければならない。日に日にその想いが強くなるのを、感じていた。

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