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空中喫茶香月〜あなたの迷い、月香るお茶で紐解きます〜  作者: 久生夕貴
第三章 サツマイモの星くずクッキーと宵待ち白茶
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サツマイモのシュガーレスクッキー

 思わず上げた声に、柳さんと燕さんがきょとんとした表情を浮かべている。


「すみません、いま犬って聞こえましたけど……」

「うん、言った」

「えっと……誰が犬なんですか?」

「あの子が。見たまんまだと思うけど」

「いやいやいや! 私には人間にしか見えませんでしたよ?」


 カイ君に尻尾や犬耳が生えていたわけでもない。まったくかみ合わない会話に困惑していると、柳さんがふむと指先を顎に当てる。


「おそらくですが、死神と人間では魂の見え方が異なるのでしょうね。私たちはあくまで魂の本質を見ていますから」

「えーそうなの? 桐子ちゃんは何も言ってなかったから気づかなかったよ」


 今度は燕さんが驚いた様子で、私を見た。


「じゃあ満月ちゃんにはどんなふうに見えているの?」

「12,3歳くらいの男の子です。大人しそうな感じの子ですよ」

「なるほど……。もしかしたら満月ちゃんが見ているのは、あの犬の中にあるイメージが作り出した姿なのかも」

「イメージ?」

「自分に対するイメージなのか、誰かのイメージなのかはわからないけどね。たぶん”迷い”に繋がっている可能性が高いんじゃないかな」


 そう言われてもう一度、カイ君の姿を覗き見てみる。やっぱり彼はどう見ても人間の男の子で、犬だと言われてもまったく実感が湧かない。


「外見がどうであれ本質は変わりませんから。いつも通りで大丈夫ですよ」

 柳さんは私の顔を覗き込むと、()()()()()微笑んだ。

「では、行きましょうか」


 今日は茶器を並べるところまで任されたので、私はカイ君の前でティーカップやポットを順に並べていく。

 彼は瞳をぱちぱちさせながら、その様子を見守っていた。


「これは、なんですか?」

「お茶を淹れるものですよ」


 カイ君は小さく頷き、鼻先をカップに近づけた。その振る舞いは確かに犬っぽくて、ちょっと和んでしまう。

 柳さんが香月茶を淹れる間も、カイ君はじっと黙って見つめていた。そういえば犬って熱いお茶を飲めるんだろうか……なんて考えているうちに、茶葉が柔らかく開いていく。

 ふわりと広がった香りに鼻をひくひくさせたとき、カイ君の目がぱっと輝くのがわかった。


「あっこれ、蓮君の匂いだ」


 慌てて立ち上がった彼は、部屋のあちこちを歩き回りながら誰かを探している。

(……凄い。まだ飲んでもいなかったのに)

 きっとそれだけ、思い入れのある匂いだったのだろう。そして探している相手は、ある程度想像がつく。


「蓮君どこ? どこにいるの?」

「カイ君ごめんね。蓮君はここにいないの」

「そうなの?」


 その目にありありと落胆の色が浮かんだ。しょんぼりとうなだれる彼を椅子に座らせ、優しく頭を撫でてあげる。

 こうしていると、本当に犬みたいに思えてくる。……いや、柳さんにはきっと犬の頭を撫でる私の姿が見えているんだろう。


「どうしてカイ君がここに来てしまったか、思い出せた?」


 彼はどこか遠くを見る目つきになってから、こくりと頷いた。

 もう一度部屋のなかを見渡し、残念そうにうつむき、そして何でもないことのように言った。


「僕、死んじゃったんだ」


 胸の奥を鷲掴みされたみたいに、『死』という言葉が突き刺さった。ここへ来るのは、生きているひとばかりではない。わかってはいたけれど、自分と同じ迷い魂が死者であるというのは、やっぱり心穏やかではいられない。

 私は動揺を悟られないよう、小さく深呼吸した。


「どうしてカイ君は、死んじゃったの?」

「病気。もう寿命だったみたい」

「そうだったんだね……怖くなかった?」

「怖い? どうして?」


 不思議そうに首を傾げたカイ君は、ひとつひとつ、言葉を確かめるように話しだした。


「体が動かなくて辛い時もあったけど、みんな優しかったし、痛くなかったよ。お別れするのは悲しかったけど……ずっと前からお迎えが来るのがわかってたから」

「ご自分の命が尽きるときを、受け入れていらしたんですね」


 柳さんの言葉に、彼はうんと頷いた。そういえば動物は人間より、自分の死期をよくわかっているという。カイ君も”そのとき”が近いことに気づき、自然と受け止めていたのかもしれない。


「でも蓮君が……」

 そこまで言って、目を伏せた。

「僕がいなくなって、すごく落ち込んじゃった。部屋にこもったまま、学校にも行けなくて……。本当は(そら)へ上がらなきゃいけないのに、僕は心配で心配で、どうしようって思ってたらここに来てた」


「そっか……蓮君のことが心配で、離れられなかったんだね」

 うなだれるカイ君の頭を、私はもう一度撫でた。きっと賢く、愛情深い犬だったのだろう。それだけに、蓮くんの心の傷が想像できてしまう。


「貴方はこれからどうしたいですか?」

 柳さんの問いかけに、カイ君は困ったように私たちを見上げた。

「わからない……どうすればいいかな?」

「そうですね。蓮様にここへ来ていただくのはどうでしょう」

「えっ蓮くんに会えるの?」

 まんまるに見開いた瞳が、わかりやすく輝いた。にこりと頷いた柳さんに、待ちきれない様子で言い募る。


「会いたい! 蓮君に会わせて!」


 いったんカウンター奥へ戻った私たちは、これからのことを話し合った。

「蓮君はアン・レジーナガーデンから連れてくるんですか?」

 燕さんや桐子さんが行き来している扉を使えば、ハザマへ連れてくることは可能なはずだ。

「いいえ。今回は()()だけを呼び出します」

「俺たちにとって、魂を呼び出すのは本業みたいなもんだから」


 二人の説明を聞き、私は疑問に思ったことを口にする。


「いきなり魂が抜けて、蓮君の体に影響はないんですか」

「肉体の意識はなくなるけど、魂との繫がりを切るわけじゃないからまた戻れる。しばらく魂がどっか行ってても、気づかれないタイミングを狙うのがベストだけどね」

「そうか……眠っているときですね?」


 燕さんは「正解」と言ってから、「蓮君が眠るまでまだかかりそうだから、待つしかないかな」と付け加えた。


「わかりました、カイ君にもそう伝えますね。それと……待っている間に、お菓子を作ろうと思うんです。カイ君と蓮君が食べられそうなものを」

「ええいいですね」

 即答した柳さんに、燕さんがはいはいと言いやる。

「兄さんは満月ちゃんのお菓子を食べたいだけだろ」

 これは多めに作っておかなくては……私は失敗しないよう、こっそり祈っておいた。


 燕さんに頼んで材料をそろえてもらい、私はカイ君と一緒にお菓子づくりを始めた。

「カイ君も食べられるように、今回は砂糖なしのクッキーを作ろうと思うんです」

「なるほど。でも砂糖なしだと味気ないんじゃ?」

 燕さんはそう言ってから、「あ」と思い至った顔になる。

「そのための()()ね」


 指し示した先には、今回のメイン食材であるサツマイモが並んでいる。

「はい。昔犬用に作ったことがあるんですけど、人間が食べても美味しかったので、また作ってみようかなと」

 誰のために作ったとかは忘れているんだけれど、美味しかったことだけは覚えている。こういう不思議な感覚も、ずいぶん慣れた。


「サツマイモおいしい。おやつで食べたことある」

 カイ君はサツマイモに鼻を近づけ、嬉しそうに髪の毛を弾ませた。

 私は皮をむいたサツマイモを適当な大きさに切って、蒸し器でふかした。もうもうと上がる蒸気には、ほっこりと甘い香りが混じり始める。

 柔らかくなった芋を潰し、そこに小麦粉とオリーブオイルを加えて混ぜていく。材料も工程も、至ってシンプルだ。


「あとはこれを伸ばして型を抜いて焼くだけです」

「へえ、半分以上がサツマイモなんだね」

 手伝ってくれていた燕さんが、器用に生地を伸ばしていく。

「はい。なのでサツマイモの味がものを言うんですけど……。燕さんが準備してくれた二種類のサツマイモ、ふかしたのを少し味見してみたら美味しくて」

「だろう? 細長い方が鳴門金時でほくほく系、シルクスイートはしっとり系で甘みが強い。どっちも美味しいから両方試したいよねって」


 カイ君はにこにこしながら生地を星型にくり抜いている。ちなみに柳さんはというと、こういう時は大抵楽しそうに様子を見守っているだけだ。(燕さんには柳さんに絶対手を出させるなと言われている)

 オーブンで焼き上げる間、カイ君に蓮君の話をしてもらった。


 初めて蓮君の家に来た日のこと。

 まだ小さかった蓮君は、カイ君を怖がって泣いてしまったこと。

 蓮君のお父さんが、カイ君の名前をつけてくれたこと。

 大きくなった蓮君といつも一緒に遊んで、一緒に寝ていたこと。

 カイ君は蓮君のことが大好きだったこと。

 まるで兄弟のように暮らしてきたふたりの姿が、目に浮かぶようだった。

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