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空中喫茶香月〜あなたの迷い、月香るお茶で紐解きます〜  作者: 久生夕貴
第二章 クロックムッシュ×フレンチトーストのウエディングフレーバード
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報酬

 初めてのお客様を送り出し、私は半ば放心状態になっていた。

 あまりに現実離れしすぎていて、ここで起きたことすべてが夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。


「満月ちゃんお疲れさま」


 頭をぽんとされて振り向くと、燕さんのにこにこ顔があった。


「初めてなのに全然動じてなかったね」

「そんなことないです。どうすれば若杉さんの迷いをなくせるのか、必死でしたし……」

「俺も柳も仕事人ってことろがあるからさ。彼女たちと同じ目線で考えることが苦手なんだ。柳が君を選んだ理由がわかるよ」

「たまたまですよ」


 若杉さんが自分と同じ状況だからこそ、なんとかしてあげたい……そう思ったのは事実だ。でもだからといって、次もうまくいくかどうかなんてわからない。

 燕さんはそんな私を見て、困ったように微笑んだ。


「満月ちゃんは相変わらずだなあ」

「え?」

「謙虚なのはいいけどね。褒められたときは、素直に受け取っておけばいいんだよ」


 なぜか、胸の奥が痛んだ気がした。その理由を探そうとしてみたけれど、頭の中に靄がかかってうまく思い出せない。


「あの……私は普段から、()()なんですか」

「うん? ……あ。しまったな、また柳に怒られるかも」


 燕さんはばつが悪そうに頬をかくと、すっと顔を寄せて来た。


「兄さんには、内緒ね」


 吸い込まれそうな青の瞳と、柔らかな笑顔。直視するには眩しすぎて、思わず視線を逸らしてしまう。

 燕さんは元々綺麗なひとだけど、死神の時の破壊力は凄まじい。柳さんとはまた違った艶っぽさがある。

 彼らと一緒に働くのは心臓がもたないかもしれない……そんなことを考えていると、ふと疑問が沸き上がった。


「そういえば康太さんを幽世から連れてくる話になったとき、燕さんは『柳ならできる』って言いましたよね」

「それがどうかした?」

「幽世への扉を開くのは柳さんだからだって納得してたんですけど……。そもそも死神なら誰でも幽世へ行けるわけじゃないんですか」


 それを聞いた燕さんの表情が明らかに変わった。けれどそれは一瞬のことで、すぐにいつもの柔らかなものに戻っていた。


「俺は円の扉を開くことはできないんだ。それがここの決まりだからね」


 曖昧な理由に疑問が浮かんだものの、それ以上尋ねることはできなかった。

 なにげなく聞いたつもりが、触れてはいけないことだったのかもしれない……不用意な発言は気をつけなくては。

 決まりの悪さから私は急いでテーブルの片づけをすますと、カウンター奥で洗い物を始めた。そこにいた柳さんが、食器の拭き上げをしながら問いかけた。


「どうでしたか、初めてのお客様は」

「そうですね……緊張しましたし、わからないことだらけでしたけど……若杉さんの迷いは、分かる気がします」


 ぽつりと呟いた私に、柳さんは興味深そうな視線を投げかけた。


「なぜですか?」

「上手く言えないんですけど……大切な人を喪うって、ああいうことだと思うんです。康太さんがいなくなって、若杉さんは日常を失くしてしまったんだろうなって」


 哀しくて哀しくて、あの日から一歩も前に進めなくなってしまって。


「だからこそ、あの日の”答え”にすがったんじゃないでしょうか」


 ハザマの世界に迷い込んでしまうほどに。

 なるほどと頷く柳さんに、そういえばと問いかける。


「現世に戻った若杉さんはここでのことを覚えているんでしょうか」

「いいえ。基本的には忘れてしまいます。ですが魂がちゃんと覚えていますからね」


 なるほど、そういうものなのか。

 目覚めた彼女の人生が、優しいものでありますように。私はそう、願わずにはいられなかった。


 食器を棚へ片づけた柳さんは、懐から取り出した瑠璃色の小さな包みを差し出した。


「どうぞ。今回の報酬です」

「えっ……ありがとうございます」


 面食らう私を見て柳さんは可笑しそうに小首をかしげる。


「どうしました?」

「もらえるとは思っていなかったので……」

「おや、私がタダ働きさせるとでも」

「いえそういうわけじゃないんですけど! ここってお代も不要ですし、そういうことを気にしてなかったというか」


 慌てる私を見て柳さんはくすくすと笑った。


「中は確認しないのですか?」

「あっ……はい」


 私は受け取った包みをおそるおそる開いてみる。出てきたのは、木を薄く削ったヘラのようなスプーンだった。


「これ……茶さじですね?」

「あなたに合うものを選びました。これから仕事を終えるたびに、茶器を贈ります。すべて揃う頃には、あなたの腕も上がっていることでしょう」

「……嬉しいです。ありがとうございます」


 手にしてみると滑らかで、するりと手になじむ。自分専用の茶器というだけで、ものすごく愛着が湧いてくるし、なにより柳さんが私のために選んでくれたのが嬉しい。


「それから、これを」


 差し出された小瓶に入っていていたのは、青い金平糖のようなお菓子だった。ビー玉のほどの大きさで、灯にかざしてみると銀砂をまぶしたかのようにきらきらしている。


「わあ綺麗……」

「食べてみてください」


 口に含むと優しい甘さが広がり、自然と顔がほころぶ。美味しいと言おうとした瞬間、ぽんと目の前に何かが現れた。


「わわ!?」


 よく見るとそれは、バクみたいな丸っこい生き物だった。といっても大きさは、手のひらサイズより少し大きいくらい。カラーリングは青と白で、さっきの金平糖みたいに銀砂をまぶしたかのように青い部分が少しきらきらしている。


「こ、これはなんですか?」

「私の神使(しんし)です。あなたを守護しますので傍に置いておいてください」


 そう言われ改めて観察すると、眠そうな目がじっとこちらを見ている。結構かわいいかも……


「ありがとうございます……でもなんだか申し訳ないというか。私まだ何も覚えていないのに」

「迷い魂を護るのも私の仕事ですから」


 にっこりと微笑まれ、どぎまぎしてしまう。狩ると言われたり護ると言われたり、柳さんの言動は気ままで捉えどころがない。

 でもたぶん、柳さんは嘘をつかない。……言わないことはあるかもしれないけれど。なぜかそう、思えるのだ。


「じゃあこれから、よろしくね」


 そう言ってバクの頭を人差し指で撫でると、ぷいぷいと鳴いて嬉しそうにしている。その様子を見て柳さんは満足そうに微笑んだ。


「さて、残りも片づけてしまいましょう」


 後片付けを終え、私はいったん自室へ移動した。ソファに腰を落ち着けると、ここへ来てからのことが次々に思い出されてくる。

 私は一体、何を迷っているのだろう。

 結局、若杉さんとのやりとりの中で、記憶がはっきりと呼び起こされることはなかった。この状態では、香月茶を飲んでもたぶんまた同じ結果だろう。

 それでも、初めてのお客様を無事送り出せて、私の心は晴れ晴れとしていた。

 記憶が戻るのにどれくらいかかるかはわからないけれど、ひとまずはここで頑張ろう。

 私の周りをとてとて歩くバクを眺めながら、改めてそう決意したのだった。

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