空に浮かぶカフェ
長い、長い階段を上り切った先に、その店はある。
「ようこそ、空中茶廊『香月』へ」
扉を開けたお客様へ、私は今日もにこやかに呼びかけた。入って来た男性は店内を見渡しながら、戸惑った表情を見せる。
「あの、ここは……」
「空中にある茶廊。平たく言うと、空に浮かぶティーラウンジです」
毎回伝える説明に、男性は目をぱちぱちさせた。私は相手の名前を聞いてから、テーブルへと案内する。
「それでは、香月茶を準備いたしますね」
「香月茶……?」
お決まりの反応に、私はにっこりと告げた。
「当店のメニューは、これだけです」
カウンターへ向かうと、深山色の瞳をした男性が顔をのぞかせた。
「燕さん、茶葉の選定をお願いできますか」
「オーケー。彼、どんな感じ?」
「ご自分の名前は憶えていました。それほど混乱もなさそうです」
「じゃあ一発で思い出してくれるかな」
私はカウンターの奥へ向かい、棚から茶器を取り出しトレーへ並べる。気がつくと、深緋色の瞳をした男性が傍らに立っていた。
「柳さん、これでいいですか」
「ええ大丈夫ですよ」
彼の指先が硝子ポットをひと撫ですると、透明度がひときわ増した。
燕さんから茶葉を受け取り準備が完了すると、柳さんはいつものように艶やかに微笑む。
「ではいきましょうか、満月」
向かう先で待つのは、現世と幽世の”ハザマ”に迷いこんだ迷い魂。
彼らの迷いを紐解き、あるべき世界へ送り出すのが私たちの役目だ。
店主である柳さんと燕さんは、実は双子の死神なんだけど……。ふたりとも思わず見とれてしまうほどの美形で、物腰も柔らかいから(性格はだいぶ違うけど)、彼らが生死を司る存在だってことをつい忘れそうになる。
そう、あの時だって――
私は自分が客として香月に来たときのことを、思い出していた。