インザピーチ
どんぶらこどんぶらこ、こんな擬音は昔話の中だけでしかあり得ないと思っていたのに、、、
今、俺は桃の中にいる。これは絶対に桃だ。あのフルーティでみずみずしい香り。暗がりの中でもわかる透き通るピンク色。
そしてこの桃は川を流れているのだろう。まさに、どんぶらこという表現が正しい。この言葉以外で俺の入っている桃が流れる様子を、形容できる自信がない。桃太郎の作者は桃の中に入ったことがあるのだろうか??
まあ、そんなことはどうでもいい。なぜこんなことになっているか、記憶をいったん整理しておこう。そうでもしないと気がおかしくなりそうだ。
俺の名前は桃田大輔、年齢は21歳。高校を卒業してから、就職はせずに色々なアルバイトを転々としていた。
ある時、コンビニバイトを終えて家に帰っていたら、突然知らないおじさんに声をかけられた。
「そこの君、こどもの頃を忘れていないかい?」
「急になんだよ、おっさん。」
「ずいぶんと大人になってしまったみたいだね。」
「さっきから何言ってんだ、こっちは疲れてるんだ。」
俺が働いていた場所は、治安が悪く、知らないやつに声をかけられることは慣れっこだったが、、、このおじさんは何かが少し違った。
「まあまあ、そうカッカしないでくれ。」
「もう帰るからな?おっさんも早いとこ家に帰りな。」
「ふっ、ちょっと待ってくれよ。」
そう言うと、おじさんは急にこっちの腕を掴んできた。
「何すんだよ!!離せ!!」
「そのぐらい元気があれば、、あっちでもやっていけるかな、、」
ぶつぶつと何か言いながらも、おじさんは腕を離さなかった。すると次の瞬間!!
グサッ、、、、、、
今までの人生で聞いたことのない異様な音、無機物によってなされた破壊の音がした。
「えっ、、??」
「ごめんよ、手荒な真似はしたくなかったんだけどね。」
そう言っておじさんは腕を離して、どこかへ走っていった。「おい、待て!」と声を出そうとしたが、うまく力が入らない。それどころか腹部から猛烈な痛みが湧いてきた。恐る恐る腹のほうに目をやると、そこにはあってはならないものがあった。
(嘘、、だろ、、)
腹にはドス黒い包丁に似たものが刺さっていた。自分の腹に、物が刺さっているということを受け入れることは、普通の人間にはできない。例に漏れず、俺も自分が見ているものと、自分が置かれた状況を理解なんてしていなかった。
そうやって混乱しているうちに、だんだんと意識が薄れてきた。
(俺は、、このまま、、死ぬんだろうか?)
さっきまで自分が刺されたという事実を受け入れることすらできなかったのに、「死」が近づくとやけに冷静になってしまった。
(あーあ、、俺、まだ21歳なんだけどなあ)
一度「死」を受け入れると、そこからは逆に落ち着いてきた。今までやってきたことが頭をめぐり、人生のハイライトが頭の中に映し出された。
(なーんもなかったな、俺の人生、、、、)
(子供の頃はヒーローが好きだったな、戦隊シリーズ、仮面ライダー、、それに童話のヒーロー)
全部が俺の味方であり、英雄だった。大人になったら弱いものを助けて、自分も活躍するんだなんて思ってたな。
俺はそんなに体が強くないし、度胸もないから、憧れのヒーローとは違うやり方で、弱いものを救いたかった。それが今はフリーターで、知らないおじさんに刺されちまった。死の間際、そんな後悔に押しつぶされそうだった。
(くっそーーー、もう一度でもいいから、チャンスがあれば、次こそは俺なりのヒーローになってやる。)
「まあ、、、、無理だよな、、、」
そうして俺は意識を失った。
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なにかゆったりとした流れを感じる。そしてあまーい果物の香りも。
( あれ、、、俺は死んだはずじゃ??)
だんだんと意識がはっきりとしてきた。
最初、死の間際に見る幻影かと思ったが、明らかにおかしい。いったん完全に意識は無くなったし、今感じているものは本物だ。体はうまく動かせないが、触覚や視覚は疑いようもない。
俺は生きている。
そして俺は今、桃の中にいる!!
続く