めんどくさがり屋の兄を支えてくれる妹に兄は妹離れが出来ません
※ある言葉を使わないようにしてみました。
「……はぁ」
自分のデスクを見て深い溜息を吐いている彼の名は筒井冬真。
デスクの上には大量の書類が今日のノルマとして鎮座している。
「残業確定だけど、やるかぁー」
冬真が意気込むのも無理もない。大学卒業して今の場所に就職し数年、社運を賭けた一大プロジェクトの中心メンバーの座をようやく掴んだのだ。
冬真は仕事に関しては人一倍取り組んできたし、周りとは社交的に付き合っていった積み重ねの信頼で今回のような大役に抜擢されたようなものだ。そんな冬真は多少無理をするのも仕方がない。
「……ただいま」
溜まった書類を片付けて帰ってきたのが夜遅く。
冬真はマンションの一人暮らしがある故におかえりという声は返ってこないのはわかっているが何故か言ってしまうのかはわからない。
「あー……今日も疲れたな」
冬真はネクタイ緩めながら、スーツのジャケットを掛け、うつ伏せでベットにダイブしてあ゛ぁぁと唸り声をあげる。
一通り済ますと、明日も早いし簡単に済まそうと思いながら冷蔵庫を空けて、あっと声を漏らしてしまった。
「飯の材料が無かったの忘れてた」
冬真はカップ麺の在庫を横目で見たが、それらも底を突きていた。
「コンビニ行くのも面倒なんだよな」
どうしようか迷いながらも冬真は携帯を取り出し、通話ボタンを押した。
『もしもし? 冬真?』
『あー、冬華か? 悪い、腹が減った』
『また? ……わかったわ。すぐ行く』
通話相手は妹の冬華である。
冬真は仕事に特化した反面、私生活はめんどくさがり屋で毎回何かしらの問題を起こすのである。その冬真が最終的に頼るのが妹の冬華であった。
ほどなくして、冬華は冬真の部屋にやってきた。
「ほら! また散らかして! 少しは片付けなさいよ!」
めんどくさがりな故に部屋の惨状に口を酸っぱくする冬華の姿は、寝る間際だったのだろう艶やかな黒髪はポニーテールにしてあり、華奢なスタイルを覆うのは薄い桃色のパジャマという、いつも見るスーツ姿とは全く雰囲気が変わるラフな格好だった。
何故、こんなラフな格好かと言うと冬華は隣人なのである。
冬真と冬華は似た物同士だった。
両親は冬真達のとある事により、ちょっとした亀裂から徐々に広がって離婚という形になってしまい、冬真と冬華はそれぞれ離れてしまったのだ。
冬真達が成長して一人暮らしを始めた際、ここが冬真が大いに気に入ったので暮らし始めたのだが、似た物同士である冬華も同じように気に入って偶然にも隣人という形になったのだ。
ちなみに、両親はというと元の鞘に収まって仲睦まじく暮らしている。
「ちょっと待ってな……、これで足りるかな?」
「なにこれ?」
「カップ麺代?」
冬真はごそごそと財布からお札を渡そうとするが、冬華には気に食わなかったらしい。
「またカップラーメンなの!?」
「美味しいよ?」
「わかってるわよ!? あぁぁぁ……もう!!」
冬華はもどかしそうに怒りだして部屋から出て行ってしまった。
呆気に取られた冬真の元にすぐに冬華は戻ってくる。
「ほら、余り物持ってきたから、これ食べなさいよ」
冬華が持ってきた物は肉じゃがと小鉢数種だった。
冬華は冬真と違って、しっかりした性格で栄養もちゃんと考えて自炊しているのだ。
冬真と冬華がこんなに違うのは離れたあとの片親による影響なのだろう。
「カップラーメン食べるよりこっちの方が絶対美味しいから」
「冬華。ありがとう」
冬華が準備を終え冬真はご馳走になった。
冬華のご飯に冬真は最後まで箸が止まらなかった。それは久しぶりにまともな料理を食べたのもあるし、似た物同士だった事もあり冬華の好きな食べ物は冬真の好きな食べ物なのもある。
「どう? 美味しかった?」
冬華は頬杖つきながら微笑ましく見つめている。
「毎日食べたい」
「そう。なら決めた」
「……合鍵欲しいとか?」
「そう。この部屋の惨状や、めんどくさがりで絶対冬真は孤独死するね。だから、私が支えるから」
冬華の言う事に冬真は否定出来なくて乾いた笑いしか反応出来なかった。
◇◇◇
今日も、冬真のデスクには山ほどの書類が今日のノルマだと存在感を示しているが、いつもよりかは少ない方でいつものような溜息は出なかった。
そんな冬真は、今日は珍しく頭痛がひどくて頭を悩ませている。
「今日は早く終わりそうだから薬局でも寄るか」
冬真の予想通り、幾分早く終わった事で帰りに薬局に寄って二人分のドリンク剤と頭痛薬を買って帰っていく。
「ただいま」
あの後、合鍵を持っていった冬華は冬真が帰ってくると、おかえりと言って食事の用意をして待ってるようになったのだ。
だが、今回は声が聞こえないので冬華の方が今日は遅いのか……と思った冬真は綺麗になった部屋で冬華の帰りを待つ事にした。
「……ただいまぁぁ」
だいぶ時間が経った頃、スーツ姿で帰ってきた冬華が、スーツのジャケットを掛け、うつ伏せで冬真のベットにダイブして、頭痛いぃぃと唸り声をあげる姿を見て冬真は苦笑が溢れていた。
「おかえり、冬華。これ飲んどけ」
「あ……ありがと」
冬真は買ってきたドリンク剤と頭痛薬を渡してあげると、冬華が申し訳なさそうな顔で答えた。
「冬華。お粥作っといたから食べて寝ろ」
「本当に助かるわ。冬真の方こそ大丈夫なの?」
「あぁ。冬華の方が酷いだろうなと思ってたからな」
冬真は冬華の頭痛も酷いだろう思い、二人分のドリンク剤を買って、待ってる間に携帯でお粥の作り方を見様見真似で作って待っていたのだった。
「……美味しい」
ふーふーと吹き冷まして食べている冬華を見て冬真は頬を緩めるのであった。
「ごちそうさまでした」
「上手く出来てて良かったよ」
「ところで、冬真の分は?」
あっと声を漏らした時はもう遅かった。
そんな反応を見た冬華が呆れた顔をするがすぐに微笑みながら台所へと向かった。
「だいぶ良くなったし、簡単でいいなら作るから待ってなさい」
「ごめん」
「体調悪いのに動かすんだから、埋め合せしてもらおうかな」
冬華の埋め合わせという言葉に冬真はビクッと震えたが、ちょうどいい事に埋め合わせに足りる用件があったので
「なら、週末付き合ってくれる?」
「週末?」
冬華が週末という言葉に指を頬に当て考え込むと、すぐに閃いたように声を上げた。
「もしかして!?」
「そう、行こうと思ってたからね。冬華も行く予定だったんでしょ? あれ」
「許すわ。一緒にあれ行きましょう」
冬華が上機嫌で、ふふんと鼻歌を口ずさんでいる事で冬真は胸を撫で下ろすのだった。
◇◇◇
「結構待ってるんですけど?」
待ち合わせ場所に数分前にやってきた冬真に冬華は眉間にしわを寄せながら口を尖らせた姿に、冬馬は天を仰いでいた。
隣人同士なら部屋から一緒に行けば良かったのでは?と冬真は冬華に言ったのだが、冬華は待ち合わせしたいという希望で、そういう事になったのだが……。
何故遅れたかと言うと、冬真のめんどくさがりの一点につきてしまうのは言うまでもない。
「何か言う事は?」
「遅れてごめん」
「あとは?」
続け様に聞いてくる冬華に冬真は思考を張り巡らすと、冬華の姿に目が行った。
冬華のファッションは、スタイルの良さを活かした黒のジャケットに真っ白のシャツで黒のスキニージーンズという姿に、冬真は気づいて見入ってしまった。
「……ちょっと聞いてる?」
「あぁ……、綺麗で似合ってて見入ってしまったよ」
「あ……ありがと。遅いのは減点だからね」
冬華の顔は不機嫌が飛んでいってクスッと笑みを浮かべるようになっていた。
「そろそろ冬華も彼氏作ればいいのに」
「私の性格知ってて聞いてるなら、見つけるまでが大変なのよ」
冬華のサバサバした性格上、交友関係の好き嫌いが激しくて身内でも嫌いな男は全く関知しないという事なのだが……。
裏を返せば、冬真には文句言いながらも好意的ではあるという事にもなる。
「まぁな。もし彼氏出来ても大変そうだなとは思ってる」
「なに? 冬真は大変だなって思ってるって事なの?」
冬華の頬が膨れた事に冬真はまたやっちまったと思い視線を逸らしてしまった。
冬真と冬華は全く同じ歩調で同じ動作で歩いた先には着いたのは映画館であった。
冬真と冬華が『あれ』って言ってたものは映画である。似た物同士とはいえ、好きな映画の趣味や方向性まで一緒だとあれこれで通じ合うと言う事である。
「公開初日にでも並んで見たかったんだ」
「私も同じ事思ってたわ」
今回見る映画はアニメ映画のシリーズ最新作の友情作品で、ラストは絶対泣けると言うキャッチコピーまである泣き映画なのだ。
冬真と冬華は、たかがアニメと思って見たら号泣してまってからはこのシリーズの虜になっているのだ。
「ハンカチ持ってる。メイクも薄くしてきたから大丈夫と……」
「気にしなくていいと思うのに」
「気にするの!! もう!」
席に着いて準備をしている冬華に冬真は思った事を言ってしまった為に、冬華はぷりぷりと怒り出すと館内は暗くなり上映が始まった。
この映画のラストシーンはキャッチコピー通りに、館内をすすり泣きやむせび泣く音が、あちらこちらから聞こえてくる。
冬真も涙が流れ、ふと冬華の元へ目を向けると。
「っ!?」
冬華の潤んで涙が流れた目と合ってしまい、そのまま頬を染め恥ずかしいそうに伏し目ながらスクリーンに戻る姿に冬真はまた見入ってしまっていた。
「いやー、泣いたわ」
冬華が笑みを浮かべながら冬真の肩をポンポンするが、その冬真はというとラストシーン時に冬華を見入ってしまってから以降、全くストーリーが頭に入ってこなかったのである。
「で、次はどこ行くの?」
頬を緩めた冬華が聞いてくるが、冬真は予定を全く決めてなかったのを言うと冬華が大きなため息を吐いた。
「全く……。夕飯の食材買って帰りましょ?」
「ごめん」
「いいのよ。冬真だから予想してた事だし」
冬華の言葉に冬真は不甲斐なさを感じてしまっていた。
冬真は冬華が部屋を出入りしてから、心地よい安心感を覚え始めていて、最初は家族間からの好意だと思っていたのだけど、今日に限っては異性への好意に変わりつつあるのを自覚してしまったのだ。
「さっきから本当にどうしたのよ?」
冬華の言ってる事はもっともなのだ。
買出しに行ったはいいが、冬華の質問に冬真は上の空で返事してたのを冬華は見逃さなかった。
「あ……いや、冬華に彼氏は作らなくていいじゃないかなって思って」
「は? ……ふーん」
冬真の言葉に冬華は目を見開いたが、すぐに目を細めて。
「今度はちゃんと冬真がエスコートしないとね」
満面の笑みを浮かべる冬華の頬は朱色に染まっていた。
◇◇◇
冬真はガッツポーズをしていた。
社運を賭けた一大プロジェクトが実を結び成功を収めた事で主要メンバーは出世コースに乗ることが出来るからだ。
そんな時に上司から内示を受けた事で、成功に喜んでた事は決断を迫られる事に変わった。
内示の内容から冬真と冬華は当分の間、離れ離れになるのだが、冬真の気持ちは揺るがなかった。
「ただいま」
「おかえり。ご飯もうすぐ出来るからもうちょっと待ってて」
「あぁ、あと大事な話があるんだ」
「大事な話?」
出迎えてくれたエプロン姿の冬華は首を傾げる事で冬真はちょっと可愛いなんて思ってしまった。
「ちょっと!? 海外赴任なんてすごいじゃない!!」
「まぁ……頑張ったからな」
「冬真は偉いね」
自分の事のように嬉しく声をあげる冬華に冬真は頬を掻きながら照れてしまう。
内示の内容は海外赴任である。期間は5年と長い為に冬真は冬華との決断を迫られてたのであった。
「冬真? 一人で大丈夫なの?」
「無理だと思う」
「じゃあ、どうするのよ?」
「これ、開けてくれるかな」
冬真から紙袋を手渡された冬華は中を開けると、目を見開き冬真の方を見つめてくる。
「一緒についてきて欲しいんだ」
冬真が渡した物はネックレスだ。
内示を受けた帰り道に、冬真の意思としてジュエリーショップから二つ買ってきてたのだった。
一つは冬真の手元に、もう一つはペアネックレスとして冬華に贈ったのだ。
冬華も大学卒業して就職し数年を今の企業に身を置いてる為、冬華がどんな答えが出しても冬真は受け入れるつもりだった。
「その……、私達……いいの?」
「一緒にいてくれて欲しいんだ。すごく心地がいいんだ」
冬華は瞳を潤ませ嬉しそうに微笑んで冬真の胸に顔を埋めてしまう、そんな冬真は冬華の頭を撫でてあげる事にした。
「冬華。本当に良かったのか? 俺が言うのもなんだけど」
「なに? まためんどくさくなったの?」
「いや……、今の仕事が良い感じだったんじゃなかったのか?」
「そんなのよりも、今の方がものすごく良いものなのよ。それに、これからは冬真に養ってもらうから」
落ち着いた頃、冬真の思ってた事が口に出た事に対して冬華は微笑みながら頬杖つき細くなった目で宣言したのだった。
◇◇◇
数ヶ月後。
青空が見える空港の搭乗口に緊張する冬真と期待を胸に膨らませた冬華が並んでいる。
「なんかワクワクするね?」
「旅行じゃないんだぞ」
「ある意味、新婚旅行なんじゃないかな?」
冬華の新婚という言葉で冬真はドキッとするが、服装が二人ともスーツ姿という事で若干の戸惑いで済んだし、緊張も少しは和らいだ。
「ほら、手。緊張してるんでしょ?」
「あぁ……ありがと」
あれから冬真と冬華は準備に勤しんだ。
冬真は海外に行く為に書類を纏めたり、引き継ぎをしたり。
冬華は仕事を辞め、冬真の私生活を支えながら、冬真と冬華は好意を確かめ合った。
「私、冬真の事をずっと支えていくからね」
冬華は冬真に嬉しそうに微笑みながら言葉を口にしてくれた。
たった数分だけ違う兄妹が二人で一緒に同じ歩調で同じ様に歩き始めた。
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