〜かぐや姫と再び会うまで〜
【セクション0:プロローグ】
竹取物語では、最後に帝がかぐや姫からもらった不老不死の薬を燃やして物語が終わっている。
しかし真実はそうではなかった。かぐや姫が天界に帰ってしまったあの日、帝は不老不死の薬を見て決心する。
「今は無理でも必ず人が月に行く日が来るだろう。だから俺は諦めない。この薬を飲んでいつかは絶対に行ってやる、かぐやの待つあの城に」
そう意気込んだ帝は、一気に薬を飲み干した。
あの誰もが一度は耳にしたことのある物語で最後に燃やして終わっているのは、一種のカモフラージュであった。
不老不死の薬を飲んだと話が広まれば、怪訝な目で見られるのは明白だった。だからダミーを作り、部下にそれを燃やさせ、かぐやとその周りの人々をまとめた本「竹取物語」を作り人々に燃やしたと思い込ませた。その後自分は適当なタイミングで死んだことにして、そこからは平民として生きることになる。かぐやに会うため月に行くことだけが目標だったので、国のトップでいるのは何かと都合が悪かった。だからこそその辺にいる平民として生きることを決めた。
かぐやと離れてから、実に1400年近くがたった。1969年に初めて人類が月に到達した。だがこの時帝は月に行けなかった。理由は簡単でアメリカ人でなかったからだ。当然ながらその頃は、自国の人間を飛ばす時代だった。そのためアポロ計画の飛行士に対して挑戦権すらなかった。だからと言って帝も何もしていないわけではない。あの頃から千四百年経っている。その間各国の科学技術界隈のお偉いさんとはパイプを繋いでいた。そのため日本政府でも到底入手できないような情報でさえ帝は入手することができた。しかしそれを読んでも、かぐやがいる痕跡は見つからなかった。
「こうなったら自分で行くしかないな」
と決心を新たにするのであった。
【セクション1:書類審査(8000人→300人)】
2035年夏。未だ帝は月には降り立つことはできていなかった。この時代月に行くには2つの方法があった。
1つ目は、昔のように国の機関が飛ばすロケットに乗る方法。この方法は定期的に発射され、各国が共同で運営する月面基地も利用できる。しかし、選抜試験が五年に一回しかない上、合格を勝ち取るのは難しかった。
もう1つが民間のロケットに乗る方法。言ってしまえば、お金を積んで乗るというものだ。しかし民間が故に、月面基地は利用できない。何億と払ってできることはせいぜい月面の上を歩くこと。そのため帝は一つ目の国の機関の飛行士になることを目指していた。
「あと50年早くこの時代が来ていればなぁ」
飛行士選抜試験のパンフレットを見ながら、ため息まじりで呟く。帝は不老不死であることを隠すために定期的に戸籍を刷新する。これは名前が変わるだけでなく、これまでの人間関係もリセットすることを表す。自分以外は百年もすれば死ぬので、人間関係をリセットする必要があるかは微妙なところだが、念には念を入れて毎回リセットしている。そのため50年前であれば人脈を使って選抜試験なく飛行士になることはできたが、ちょうど戸籍を変えたばかりで人脈も薄い。そのため人脈ができるまでは、自力で受けるしかない。飛行士試験を顔パスできるほどの人脈形成には流石に時間がかかる。この調子だとあと20年は難しいだろう。
「学力はなぁ、いいんだけど面接がなぁ」
学力試験はそもそも1400年生き続けて得た知識と、リセットする前までの人脈で手に入れた一般に公開されていない過去問を持っているため傾向を読んで抜けているところを詰めれば良い。問題はそれ以降にある面接だった。現在有効な人脈を持ち合わせていない帝にとって、面接は不確定要素であった。当然、接待交渉術は高いレベルで持ち合わせている。そのため一般の受験者と比べればかなり高い確率で突破できるだろう。しかし、人脈で顔パスできる時代や試験内容が実質わかっている学力試験と比べれば不安要素となるのだった。
「その後もなぁ……」
その後というのは、面接を突破した先に待っている閉鎖環境試験であった。これは、モジュールの中に1週間5人程度の受験者を入れて共同生活を送らせるというものだ。もちろんその間外に出ることは許されない。飛行士として宇宙に行けば数ヶ月は帰ってこられない上に、その間宇宙船や基地の中で様々な国籍の人と暮らすことを考えれば、この試験は妥当な試験だ。いくら優秀でも閉鎖環境下で他人と暮らすことに対するストレス耐性がなければ当然飛行士として活動ができないからだ。千四百年生きてきた帝からすればこの程度のストレスは無いも同然だが、問題は「誰と一緒に受けるか」であった。当然ストレスに耐えかねて輪を乱すような人が出てこれば直接的に影響はなくても多少なりとも結果に影響するだろう。現代的に言えば「メンバーガチャ」であった。これが選抜試験の中では一番の不確定要素であった。当然この試験に落ちたからと言って一生行けなくなるわけではない。5年後受ければ良い。しかし早く月に行きたい帝にとって、5年は長かった。1400年生きてきたとしても。不安を感じていても、結局試験を受けなければ月に行けない訳なので書類を淡々と準備する。機関指定フォーマットの履歴書には輝かしい経歴が並ぶ。一流大学を卒業し、航空業界最大手企業にエンジニアとして入社して数年。というのが”今回”の経歴だった。当然これらは全て事実ではない。しかし証明書の類は全て作成済みである。書類を書き進めながら
「あと2ヶ月か。」
と呟く。今週中に書類を出して、だいたい1ヶ月後に結果が来る。それに合格するとさらに1ヶ月後学力試験が待っている。この選抜試験は1年がかかりの試験だ。実際に動いている時間は全部足しても2週間くらいだが、一般的な就活と比べれば結果が出るのがとても遅い。そのため夏頃書類を提出しても、全ての試験に合格し晴れて飛行士に認定されるのは来年の初夏頃。それから実際に飛行士として動き出すのがそのさらに1年後の4月から。それだけ機関にとっても重要な試験ということだろう。そんなことを考えながら颯爽と残りの書類を埋める。履歴書のほかに、書類審査として幾つかの質問に答えることになっている。「なぜ宇宙飛行士を目指しているのか」や「宇宙事業の意義」などいかにもなテーマが並ぶ。これをサクッと書き上げて、封をした。
「まだまだ月へは遠いなぁ」
近所のポストの前で月を眺めながら、呟く。
書類審査の合格と学力試験の案内が届いたのは、予定通り、書類締切から一ヶ月後のことだった。
(つづく。)