【side:ルシア】どこか父のような人だから・2
投稿日、2022/5/16
前話同様、後から付け足した話ですが、それまで更新していた本筋に影響はありません。
「ところで少年、一人で来てたの……か?」
『魂の修練場』から逃げ出した後、森の中の小道で、もうレイスが追ってきていないことを確認してから、その人はそう言った。
一瞬、なぜだか彼の言葉にもやもやする。
別におかしくはないし、ボクが望んだことだけど……複雑な気分だった。
故郷から出てきて、これまでも「坊主」とか「ルシア君」とか呼ばれたことはあるけれど、その時はこんなふうにもやもやしたことはなかったのに。
「はい、ここに来たのはボク一人です」
ともかく、彼の問いに素直に答える。
その後、なぜかボクの顔をじっと見つめられたりもしたけれど、何かあるわけでもなく、彼はボクの無謀な行動に苦言を呈した。
彼が言うには、レイスというのは「魔法」もしくは「属性」の乗った攻撃でしかダメージを与えることができない魔物らしい。
そんな魔物がいるところに、下調べもせずに一人で向かったことに怒っているようだった。
とは言っても、こちらを心配しているのがはっきりと分かる表情だったから、強面の男の人に叱られているのに、恐いと思うことはなかった。
初めて会ったばかりの他人をこれだけ心配してくれているのだから、きっと優しい人なんだろうと分かる。
「そうなんですね。ありがとうございます、教えていただいて」
申し訳ないとは思いつつも、自然とにこやかな笑みを浮かべてしまった。
叱られているのに、失礼だとは思われなかっただろうか?
ボクは話を逸らすように、彼に名前を聞く。
「あの、ところで……あなたのお名前は何ていうんですか? 先輩冒険者の方ですよね?」
「ああ、俺はヴァンだ」
彼は少し無愛想にそう答えた。
ヴァン。
その名前を胸中で反芻する。命の恩人だからだろうか? 忘れることはないだろうと思えた。
「ヴァンさん、ですね。あのっ、改めて、さっきは助けていただいてありがとうございました!」
ボクは助けられたお礼を言い、深く頭を下げた。
ヴァンさんは気にするふうでもなく頷き、もう帰ると言う。「ルシアはどうする?」と聞かれたので、ボクも今日は帰ることにした。
今のボクじゃあレイスは倒せないし、倒せないなら『魂の修練場』に留まる意味はないからだ。
王都までの道のりは特に危険でもないし、ボク一人でも問題なく帰ることができる。けれど、ここでヴァンさんと別れてしまうのは、少し勿体なく感じていた。
『魂の修練場』にいたってことは、たぶんヴァンさんはあそこで戦っていたのだろう。それにどうやったのかは未だに不明だけれど、レイスの攻撃を弾いてもいた。
ヴァンさんにとってあそこは危険な場所ではないのかもしれない。
多くの先輩冒険者たちが口を揃えて「おすすめできない」と言っていた、『魂の修練場』というダンジョンが、だ。
つまり、ヴァンさんはかなりの実力者なのではないだろうか?
あんな目に遭った後だけれど、ボクは今でも強くなりたい。
全てを投げ出して、忘れてしまえば楽なんだろう。それでも、忘れることなんて到底不可能だ。
あの時の悲しみは、怒りは、憎悪は、今でも胸を焦がすほどに鮮明だし、忘れたいなんて思えないから。
だから――なのだろうか?
ボクはヴァンさんに色々と聞いてみたいと思っていた。
どうすればあなたのように強くなれますか、と。
とはいっても、出会ったばかりで親しくもないのに、そんなことを聞いても困らせるだけだろう。それでもその機会を窺うために、少し勇気を出して一緒に帰っても良いかと聞いた。
快くかは分からないけれど、ヴァンさんは特に考える様子もなく頷いてくれた。
●◯●
帰りの道中。
ボッカ草原にて。
ボクが聞くまでもなく、ヴァンさんはボクに強くなるためのアドバイスをしてくれた。
ワイルドシープが襲いかかってきて、最初はヴァンさんが一撃で倒してしまった。その一連の動きはすごく手慣れていて、まるで何千回も同じことを繰り返してきたかのような見事な戦いぶりだった。冒険者になってから初めての依頼で、一緒について来てくれた先輩冒険者の方よりも強いとはっきり理解できる動きだ。
やっぱりヴァンさんは一流の冒険者に違いないのだろう。
ボクはそう確信を深めた。
それから二頭目のワイルドシープが現れて、その相手をボクがしたのだけれど、ヴァンさんにダメ出しをされてしまったのだ。
「ちょっとアンタ~っ!!」
その際、どうやら意識を取り戻していたらしいベルが、ボクの胸当ての下から出てきてヴァンさんに食って掛かる一幕もあったのだけれど、ヴァンさんは妖精であるベルに驚く様子もなく、冷静にボクの戦いのどこがダメだったのかを説明してくれた。
「まあ、お前にとっては耳が痛い話かもしれないが、聞くか?」
そう確認してくれるヴァンさんに、ボクは迷いなく頷く。
強くなるためのアドバイスを求めていたボクにとって、それは渡りに船だった。
それから教えてもらったのは、単に剣術の鍛練の仕方とかそういうものではなく、もっと実戦的な技術だった。パリィやカウンターアタック、それから回避の重要性はボクも頭では理解できていたつもりだけれど、実戦で息をするように行使するのは難しい。回避一つとっても多種多様な魔物たちの攻撃のタイミングを掴まねばならないし、パリィやカウンターアタックとなれば、そのタイミングはさらにシビアなものになる。
どちらかと言えば、これらは応用的な技術と考えていて、剣術の基本の型などと同じように、これらだけを何度も繰り返し鍛練する――という発想が、ボクには欠けていたのだ。
たぶん、それはボクだけじゃなく、ボクの指導をしてくれた先輩冒険者の方も同じだったと思う。
ヴァンさんが教えてくれたことは単純明快で説明されれば納得のいく事だったけれど、当たり前に広まっている知識ではなかったのだ。
ただでさえ危険な魔物相手に、回避の練習だけを繰り返しするなんてこと、普通なら考えもしないはずだ。魔物は倒すべき敵であり、時には狩りの獲物でもあるが、鍛練の相手とは思わないだろう、普通は。
「とりあえず、一切攻撃はせず、回避だけに専念してみろ」
「え?」
その後、ヴァンさんに言われて、日が沈む寸前までワイルドシープの攻撃を回避する訓練をさせられた。
ボクが疲れ果てたところで王都に戻ったけれど、ヴァンさんは別れ際、「パリィやカウンターアタックを安定して決められるようになるまでは、ワイルドシープ相手に繰り返し練習することだな」と念を押すように告げた。
レイスに襲われたこともあって疲労困憊だったボクは、少し朦朧としながらも頷いて、ヴァンさんにお礼を言ってから別れた。
泊まっている宿に戻る道すがら、
「とんでもない奴だったわね!」
と、ベルがぷんすか怒りながら言う。
たぶん、ボクが疲労困憊なのを心配しての言葉なんだろう。
出会った頃からボクの「姉」を自認している彼女は、ボクに対して少し過保護なところがある。
そこまで考えて、ボクは思わずくすりと笑ってしまった。
「どうしたのよ?」
「ううん。ちょっと……ベルとヴァンさんは似ているかもって思って」
「はあ!? どこがよ!? 全然似てないわよ!」
心外そうにベルは言うが、過保護で心配性なところがそっくりだとボクは思った。
普通、出会ったばかりの他人に、ここまで親身になって戦い方を教えてくれたりするだろうか? それもこちらから頼んだわけでもないのに、だ。
目付きも鋭いし外見は強面だけれど、間違いなくヴァンさんは「お人好し」だろう。
強くて、優しい。
そんなところは、ベルよりも父さんに似ていると感じた。
もしボクに兄がいたら、あんな感じなんだろうかと、ふと思う。
でも、兄というのは想像し難くて、やっぱり父さんみたいだと思ってしまった。
ベルと父さん。ボクの大切な家族二人に、どこか似ている人。
「優しい人だったね……」
「……まあまあね」
ベルの素直じゃない同意を聞きながら、ボクはまた会えるだろうかと考えていた――。
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