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【side:ルシア】どこか父のような人だから・1

投稿日、2022/5/15

今話のルシア視点は後から付け足したものですが、以前までのストーリーに変更はありません。


 あの人と初めて出会ったのは『魂の修練場』と呼ばれるダンジョンでのことだった。


 正直に言えば、ボクは焦っていたのだと思う。


 あるいは、どうして良いのか、自分でも分からなかったのだ。


 それでも心の中に刻み込まれたあの光景が、じりじりとこの身を焦がすような焦燥感をボクに植え付けるのだ。どす黒く暗い色のはずなのに、鮮烈な紅に見えた、あの光景が。


 だから。


 ――強くなりたい。


 ――力が、欲しい。


 誰にも負けないくらいの、理不尽を真正面から叩き潰してしまえるくらいの、何が起こっても心が揺らがないくらいの――超然とした強さが。


 早く、一刻も早く強くなりたい。そのためにはどうしたら良い? ボクは恥も外聞もなく、今のボクよりも強いだろう、冒険者ギルドの先輩冒険者たちに聞いて回った。


 今までの人生で道を指し示してくれた大切な人がいなくなってしまったから、そうする他なかったのだ。


「強くなるための一番の近道なら、『魂の修練場』で魔物を倒すことだろうな」


 多くの冒険者たちは、戸惑いながらもそう答えてくれた。


「ただし、あまりおすすめはできないが」


 とも付け加えていたのだが、残念ながら、その時のボクには届かなかった。


 ただボクは「強くなるための一番の近道」という言葉だけを信じて、『魂の修練場』を訪れたのだ。


 そうして小さな町の廃墟のようなダンジョンで、いくらも進まない内に最初の魔物が現れた。


 現れたのはレイスというアンデッドの魔物で、後から知ったことだけど、コイツには物理攻撃が一切効かないらしい。だから先輩冒険者たちの多くが、ここで戦うことをすすめなかったのだろう。


 だけど、その時のボクには知る由もないし、気づけたところで遅すぎた。


 すでに戦いは始まってしまったのだ。


 最初は勝てると思っていた。


 ボクは冒険者としては新人だけど、幼い頃から剣を習っていた。少なくとも同年代の子たちならば負けることはない、と確信できるくらいには厳しい修行を積んだつもりだ。


 これまでの鍛練が、努力が、ボクに自信を与えてもいた。


 でもすぐに、その自信は粉々に砕かれる。


 ボクが振るった剣の一撃はレイスの体を虚しく通り抜け、何の痛痒も与えない。一方でレイスの手がボクの体の中を通り抜ける度に、不快感と悪寒が同時に襲いかかり、全身から力が抜けていくような感覚があった。


「くッ……どうしてッ!?」


 何度も何度も剣を振るう。


 その全ては間違いなくレイスの体を捉えているはずなのに、レイスを倒すことができない。


 父さんから学んだ剣技が、こいつには通用しない。


 そんなことは断じて認めたくなくて、ボクは意固地になって攻撃を繰り返した。そしてその分だけ、レイスの攻撃もまた、ボクの体力を奪っていく。


「ルシア! もうダメよ! 逃げましょう!?」


 妖精のベルがボクの周囲を邪魔しないように器用に飛び回りながら、けれど焦った表情で言う。


 その声に反応したのか、レイスの手がベルを襲った。


「きゃあッ!?」


「ベルっ!!」


 ベルの小さな体を、レイスの手が通り抜ける。


 見た目には大したことがないように見えるけれど、ベルはその一撃でふらふらになった。


 瞬間、全身が総毛立つような危機感が駆け巡る。


 ベルはボクに残された唯一の家族だ。


 そんなベルまで喪ってしまうなんて、考えたくもない。


「くっ、ベルっ!」


 ボクは朦朧としたベルを掴むと、咄嗟に胸当てと服の間に押し込むように入れた。


 この時点で、考えなしに『魂の修練場』へやって来たことを後悔していた。もはや強くなるなんて、そんな場合じゃない。今は、今だけはベルがボクに言ったように、逃げることを決意する。


 けれど――、


「あッ――!」


 戦いの最中に戦いとは関係のない動作をすれば、それは当然隙になる。


 その隙をレイスは見逃さなかった。


 ボクの体を通り抜けたレイスの腕が体力を奪い、体から力が抜ける。


 力が抜けて、ボクはボクの意思とは関係なしに、その場に座り込んでしまった。


「ま、ず――ッ!」


 足に力が入らない。


 立ち上がることができない。


 焦れば焦るほど、体は言うことを聞かないように思えた。


 絶望的な気分で顔を上げる。


 そこにはレイスが腕を振りかぶっていた。


 何も持たないその腕が、今は死神の鎌のように見える。


(死ぬ……)


 明確な死の気配を感じた。


 今から自分は死ぬんだという確信。走馬灯なんて浮かばない。嫌だ、と子供みたいに思った。無慈悲な恐ろしさだけがボクの心臓を締めつける。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


(父さん)


「――うわぁあああっ!!」


 気がつけば情けない悲鳴をあげていた。


 ボクの絶望する表情をゆっくりと堪能してやろうという邪悪な魂胆でもあるのか、嫌にゆっくりと近づいてくるレイスへ向かって、剣技も何もなく、ただ子供が癇癪を起こしたみたいに剣を振る。


 剣はやはりレイスにダメージを与えることもなく、その剣先が灰色の霧みたいな体を、虚しく通りすぎるだけだった。


「く、来るなっ、来るなぁっ!!」


 レイスは近づいてくる。


 その腕を見せつけるように振り上げる。


 ボクは喉の奥を震わせて、次の瞬間に訪れるだろう「死」に恐怖した。


 強くなるなんて、やっぱりボクには無理だったのだろうか。


 もしも本当にボクが強かったら、ボクらを追い出した故郷の人たちにも、あの時、何か言い返すことができたに違いない。そしてそうしていれば、今、こうして冒険者となって、誰もいない場所で魔物に殺されることもなかったかもしれない。


 それとも「ボク」ではなく「私」として生きていれば――。


 父さんの最期の言葉に、素直に従っていれば――。


 もしもあの時こうしていれば。そんな後悔だけが幾つも浮かび上がって来た。


 気がつけばボクはぎゅっと目を閉じて、胸当ての上からベルを庇うように体を丸めていた。


 ごめんなさい、ベル(ねえ)


 せめて、あなただけは無事でありますように。


 そんな願いは――だけど、無意味なものになった。


「ヴァァアアア!!」


「…………ぇ」


 レイスの怒ったような叫び声。


 けれどそれは、ボクに向けられたものではなかった。


 恐る恐る目を開けて見れば、レイスを挟んだ向こう側に、誰だか知らない人がいた。


 鮮烈なほどに深い赤色の髪と瞳をした、目付きの鋭い男の人。年齢はボクより上で、何だか大人の男性って感じがしたのは――たぶん、その人がレイスと対峙していても、微塵も怯んだ様子がなかったからだ。


 それどころか、


「上等だ!」


 瞳に好戦的な光を宿らせて、彼はそう叫ぶ。


 直後、彼が両手に握る鉈……いや、ククリ刀だろうか? ともかく両手の刃に白々としたソウルの光が宿る。


 彼が何をしたのか、ボクにも分かった。


 武器にソウルを込めて敵に叩きつける技術――チャージアタックだ。


 だけど、分かったからこそ、ボクは危ないと思った。


 レイスに何度も何度も剣を振るった時、実はボクもチャージアタックを試していたのだ。


 しかし、それでもボクの剣はレイスの体を透過した。チャージアタックでも、レイスにダメージを与えることはできないのだ。


 だからこそ、次の瞬間に起きた現象に、ボクは目を丸くした。


「ヴァァアアア!!」

「おらッ!」


 レイスの手と彼のククリ刀が衝突する。その瞬間、


 ――パキィイイイインッ!!


 という澄んだ音色を響かせて、レイスの腕が弾かれた。


 レイスは腕が弾かれた勢いで姿勢を崩し、怯んだように後退している。


 いったいなぜ?


 そんな疑問を浮かべるボクに、男の人は怯んだレイスの横を駆け抜けて近づいてきた。


「立てッ! 走れッ!」


 そのまま座り込むボクの腕を掴むと、力づくで立ち上がらせ、腕を掴んだまま急いで走り出す。


「え? は、はいっ!」


 ボクはともかく、力を振り絞って彼に腕を引かれるまま、走り出した。


 彼の広い背中を追うように走りながら、不思議と恐怖や焦りは、綺麗さっぱりとボクの中から消えていた。



お読みくださりありがとうございます!

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