【59】蠢動
パンデモニウム冒険者ギルド。
四人組の冒険者たちがリシャール兄妹と連れ立って外へ出て行くのを見送って、受付嬢のアンは、こっそりと安堵のため息を吐いた。
件の冒険者たちが自分が担当している窓口へやって来てくれたのは完全に偶然だった。もしも他の窓口へ向かっていれば、何か理由を付けて担当を代わってもらうか、さもなければ彼らの用事が終わった後に再び声をかけなければならなかっただろう。
依頼自体は嘘ではないとはいえ、いきなり自分の方から彼らに接触すれば、怪しまれる可能性もあったのだ。あの冒険者たちだけではなく、ギルド自体に。
それはアンにとっても、あまりにもリスクの高い行動だった。
だが、運命の女神は彼女に味方していたのか、あの冒険者たちは自分のところへやって来た。その結果、銀髪の少女の名前が「リィーン」であることもギルドカードで確認できたし、スムーズに依頼へ誘導することができた。
これらの行いが、彼女らに何をもたすのかを、アンは知らない。
重要なのはただ、自らに課せられた役割を果たすことができたという事実だけだ。
(あとは、あの人に……)
と、自らの行動に不審を持たれる要因はなかったかと胸中で振り返りつつも、表面上はテキパキと仕事をこなしている彼女のところへ、同僚の受付嬢がやってきた。
「アン、ちょっと良いかしら?」
「え!? あ、うん。もちろん」
どうやら、アンがたった今まで相手をしていた冒険者の用事が終わるのを待っていたらしい。何か疑われているのかと猜疑心に駆られた彼女だったが、同僚の顔を見るに、そんな様子はなさそうだと安堵する。
「あちらの依頼人様、以前、アンが担当していた件でその後の経過を聞きたいらしいのだけど」
同僚が手で指し示した方を見れば、身形の良い老紳士が優しげな微笑を浮かべて、軽く頭を下げるところだった。どこぞの貴族家の家令でもしていそうな雰囲気の老人だ。
それを見て、アンは慌てたように立ち上がり、担当していた窓口に「離席中」の立て札を立てる。
「うん、分かった! ちょっと、別室で話を伺ってくるね!」
「ええ、お願いね」
アンは老紳士に声をかけ、依頼人が不特定多数に話を聞かれたくない場合に使用する部屋へと案内した。
●◯●
部屋へ入るとアンは、すぐに鍵を閉めた。
その音を合図とするかのように、先に入室した老紳士がアンへと振り返る。
「それで、どうでしたか?」
言葉面から受ける印象は、相変わらず優しげでもある。
だが、振り返った老紳士は、それまで浮かべていた優しげな微笑を消して、むしろ冷酷で鋭い視線をアンに向けていた。
この表情の落差に、アンはいつも怯えることになる。
目の前の老紳士の本性が、決して優しげな老人ではないと知らされて。
そんな人物からの「お願い」を、唯々諾々と受け入れている自分が、何か途轍もない悪事の片棒を担がされていると予感してしまうから。
「は、はい。指示された冒険者たちに、依頼を請けてもらうことができました。つい先ほど、他二名の冒険者たちと一緒に北門前広場へ向かいました」
「おお、そうですか。それは良かった。我が主人も無駄手間にならず、お喜びになるでしょう」
(主人……?)
老人の――これは本当に嬉しそうな頷きに、微かに疑問を感じたが、アンは余計な質問を賢明にも控えた。
アンと老人との繋がりは、ただ個人的な「お願い」を聞き、その見返りをもらうだけの関係でしかない。これ以上関係を踏み込むことを、アンは忌避していた。
きっとロクなことにはならないだろうと、分かっているからだ。
「いつもありがとうございます、アンさん。これは今回の分です」
「あっ、ありがとうございます!」
ともかく、アンは老人が差し出した小袋を受け取った。
その中身は、とある難病のための薬だ。
ただし、病を治療するための薬ではない。病の症状を緩和させるための薬である。
薬が必要なのは、アンの母だ。母はその難病――さらに言えば、不治の病に冒されていた。
アンが今、受け取った薬は最近になって帝国で開発されたもので、流通量が限られるために非常に高価だ。冒険者ギルドの受付嬢という仕事は一般的に高給と言われる仕事であったが、この薬を定期的に購入するには、コネも財力も足りない。
もしもアンに購入するための伝手があったとしても、自分の収入で継続的に薬を購入しようと思えば、あっという間に貯金が尽きてしまっただろう。
そんなアンの前に現れて、「お願い」と引き換えに薬を提供してくれているのが、目の前の老人だった。
老人がいつ、どこでアンの母が病に冒されていると知ったのかは分からない。老人の「お願い」にどんな裏があるのかも、アンには分からない。
だが、分からなくて良い。
この薬だけがアンの母を延命させてくれるのだ。激しい苦痛を和らげてくれるのだ。
アンにはこの薬が必要だった。
「それではアンさん、今日のところはこれで」
「はい、ありがとうございました」
頭を下げて礼を言うアンの姿に、老人は今度こそ優しげな笑みを取り戻して頷いた。
「こちらこそ、次もまた、お願いしますね」
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