【58】金のためなら何でもやる
「ギルドから依頼?」
「はい。……あ、その前に、皆様のギルドカードの討伐履歴を確認させていただいてもよろしいですか? 一応、本当に十階層まで攻略したのかを確かめさせていただきたいのですが……」
俺は背後のルシアたちに確認の視線を向けた。
依頼を請ける請けないに拘わらず、ここで断るという選択肢はない。強制ではなく任意なのだから拒否することもできるが、断ればギルドの心証を悪くするし、いらぬ詮索をされることにもなるだろう。
それはルシアたちも理解していたのか、俺が何を言うでもなくコクリと頷いた。
「分かった。確認してくれ」
「すみません。ありがとうございます」
受付嬢は申し訳なさそうにしつつ、俺たちが差し出したギルドカードを専用の機材に通して確認していく。
そうして討伐履歴の中にグレーターデーモンの名を発見したのだろう。微かに両目を見開いて、「本当に倒したんだ……」と驚愕を露にした。
「ありがとうございました。確認できました」
「ああ」
俺たちは返却されたギルドカードを受け取った。
「それで、依頼の話なのですが」
さっそくとばかりに、受付嬢は話を本題に戻した。
「実は北門から先に進んだ街道沿いの森に、バトルオーガの集落が出来ているかもしれないんです。どうも街道を移動していた商人の方々が、今日の午前中に被害に遭われたみたいで。キャラバンを組んでいたのか、死者の数も十人を超えています。パンデモニウムに比較的近い場所だったのが、その方々にとっては不幸中の幸いでした。もしもう少し遠い場所だったら、さらに倍の死者数でもおかしくない規模の襲撃だったと」
「バトルオーガか……。それが本当だとしたら厄介だな」
バトルオーガはオーガの亜種で、グレーターデーモンほどの高い物理耐性こそないが、素の防御力が同レベル帯の魔物に比べて頭一つ飛び抜けて高い。
その上、様々な武器を扱い、攻撃力も高い肉弾戦特化の厄介な魔物だ。
逆に魔法に対する耐性は低いから、強力な魔法使いキャラがいれば無双できる程度の魔物なのだが、どうにもこの世界、強力な魔法使いどころか普通の魔法使いでさえ、数が少ないように思えるのは気のせいではないだろう。
実際、冒険者ギルドでも魔法使いと思われる冒険者は圧倒的に少数派だ。
五階層のレッサーデーモン相手に苦戦するくらいの力量では、バトルオーガの群には太刀打ちできないだろうし、十階層を攻略した俺たちに声をかけてきたのは納得できる、のだが――、
「依頼はそのバトルオーガの討伐ってことか?」
「正確にはバトルオーガの集落の発見と偵察。そのまま殲滅できそうな規模ならば殲滅してもらいたいのですが、それが不可能そうであれば、一時帰還してギルドに報告して欲しいのです。その後、改めて討伐隊を組織することになると思いますが、その討伐隊への参加もしていただければ助かります」
まだ偵察も終えていない段階だったらしい。
まあ、バトルオーガに襲われたって話が本当ならば、万が一を考えて偵察にも相応の力量がある者を派遣したいのは分かるんだが、それにしたって随分急な話だ。
「なぜ俺たちに? 他にも十階層まで攻略している冒険者は複数いそうな口振りだったが」
ぽっと出の俺たちよりも、長くパンデモニウムで活動している冒険者の方が信頼関係もありそうだし、普通はそっちに依頼を持っていくと思うのだが。
「対象の危険度が高く、パンデモニウムにも近いということで、緊急依頼の扱いなんです。他の高位冒険者の方々は、まだ迷宮に潜っているようでして。出来れば今日中に偵察くらいは終わらせたいというのが、ギルドを含めた上の判断なんです。……バトルオーガを討伐しないことには、北の街道の封鎖も解けないので」
ギルドを含めた上……ってことは、パンデモニウムの評議会のことだろうか。
北の街道の封鎖は長引けば長引くほど流通に大ダメージを与えるだろうし、パンデモニウムのような規模の都市となると、その経済的損失は計り知れない。
なので早急に街道の封鎖を解きたいのが本音なのだろうな。
「そうなると、この後すぐに動くことになるな……」
正直な話、非常に面倒臭い依頼だ。
俺たちも迷宮探索から戻ったばかりだしなぁ。消耗は少ないとはいえ、それなりに疲労は溜まっているわけだし。それに緊急で人命が危険に晒されているわけでもない。この依頼の焦点は、飽くまでも街道封鎖による損失を抑える点にある。
パンデモニウムは円形都市だが、東西南北に門があるわけではない。
北の帝国、南西の王国、南東の共和国から、それぞれパンデモニウムへ続く主街道が伸びており、出入りのための門も主街道に対応する三つしかない。
その内の一つが使えない状況というのは、食料その他の物資をほぼ輸入に頼り切っているパンデモニウムにとっても、あるいは帝国にとっても、頭の痛い問題だろう。すぐにどうこうという話ではないはずだが、放っておけば何時までも街道の封鎖は解けない。
パンデモニウムは独立都市とはいえ、三国の武力侵攻を抑制する目的で、都市周辺にも狭いながら土地の領有を認められている。
今回はその領土内で起こった事件のために、パンデモニウム側で対応しなければならない、ということだ。
改めて情報を整理してみても、俺としては気が進まない依頼だが、ルシアたちにも確認してみないわけにはいかない。
「……どうする?」
「もちろん、ボクは請けても良いと思います」
何がもちろんなのかは分からないが、ルシアは力強く頷いた。その瞳には純粋な正義心が宿っているように見える。
「困っている方がいるのでしたら、見捨てるわけには参りませんわ」
リィーンはアルカイックスマイルを浮かべて、おっとりと言う。
「義を見てせざるは勇無きなり、だぞ! ヴァン殿!」
シュリの言葉も、だいたい予想通りだ。
俺はため息を喉の奥に飲み込んで、受付嬢に向き直った。
「分かった。その依頼、請けよう」
「ありがとうございます!」
受付嬢は安堵した、というよりは、もっと切実な感情に起因するような、真に迫った声で礼を言った。
何だろう? 上からさっさと依頼の引き受け先を探せとでもせっつかれていたのだろうか?
だとしたら少し同情してしまうな。いつの時代どんな世界でも、雇われている側には理不尽な命令が降りかかってくるものだ。南無。
「実は皆さんの他に、二人ほど高位冒険者の方が共同で依頼を請ける予定なんです。別室で待機していただいていますので、今、呼んできますね!」
それだけ言うと受付嬢は、カウンターを出て、忙しなくパタパタと何処かへ駆けて行った。
どうやら俺たちの前に二人ばかり人員を確保していたらしい。だがまあ、流石に二人ではバトルオーガの群と戦闘になるかもしれない依頼を任せるには、人数不足だと判断していたんだろう。
その判断は正しい。俺たちを入れて六人。これならば不意に戦闘になっても、逃げるくらいのことはできる。
「高位冒険者、ですか。どんな人なんでしょうね?」
「さあ、分からんが、協調性のある奴だと良いな」
ルシアの問いに、俺はそう返しておく。
冒険者なんて一部の華々しい上澄みを除けば、荒っぽい仕事に違いはない。だからか、男も女も気の強い奴(控えめな表現だ)が多いのだ。
高位冒険者というくらいだから実力は確かなのだろうが、俺としては能力の高さよりも常識の有無を重視したいところだ。
そんなふうにルシアたちと取り留めもない会話に興じていると、程なく、受付嬢が戻ってきた。その背後には二人の冒険者らしき人物がいる。
その姿を一目見て、俺は内心の驚きを口に出さないようにするのに必死だった。
(こいつら……! パンデモニウムにいたのか!?)
一人は俺と同年齢くらいの青年。
黒髪で目の覚めるような蒼い瞳を持ち、切れ長の目でこちらを観察している。身に纏っている黒を基調にしたコートや衣服は、どこかスタイリッシュなデザインで、腰には剣帯から吊り下げた、禍々しい印象を覚える長剣を佩いていた。
同性から見てもムカつくほどに整った顔立ちは、イラストやSDと現実の違いはあれど、服装その他で見間違いようもない。
魔剣士レオン・リシャール。
そしてもう一人は、レオンよりも少し年下の少女だ。
長く艶やかな黒髪をツインテールにし、レオンと良く似た蒼い瞳に凍えるような光を宿している。ただし見えているのは右目だけで、左目は武骨な眼帯で覆われていた。
身に纏っているのは到底冒険者には見えないような、ゴシックドレスにも似た意匠の黒いドレス。こちらも黒革を使用した編み上げブーツを履き、腰にはベルトから短杖を吊っていた。
怜悧な印象ながらも、恐ろしいほどに顔立ちの整った、文句無しの美少女だ。彼女の名は――、
魔眼の魔女クラリス・リシャール。
姓が同じことから想像は容易いが、この二人は兄妹だ。リシャール兄妹といえば、ソルオバプレイヤーならば知る者は多いだろう。
明らかにモブとは一線を画する雰囲気。明らかにモブとは力の入れようが違うデザイン――つまりは、美しい容貌と凝った意匠の衣服。
ここまで言えばもう分かるだろう。
「皆さん、こちら、今回の依頼を共に請けていただくレオン・リシャールさんとクラリス・リシャールさんです」
「レオンだ。よろしく頼む」
「クラリス。よろしく」
受付嬢が俺たちに紹介し、続けて挨拶した人物たちは――ソルオバでのSSRキャラ、それも大型イベントと共に実装された、期間限定ガチャでのみ排出される、限定SSRキャラたちだった。
また、ソルオバプレイヤーたちからは、彼らの行動原理からこうも呼ばれる。
――強欲と守銭奴の兄妹、と。
金のためならどんな汚れ仕事も引き受ける、そんな冒険者なのだ、この二人は。
お読みくださりありがとうございます!




