【6】主人公の力
『魂の修練場』に続く森の中の小道を抜けると、王都近郊に広がる草原地帯に出る。
心地よい風が吹き抜け、青々とした草の絨毯が波のようにたなびく草原で、ボッカ草原という名の、何とも牧歌的な風景が広がるフィールドの一つだ。
主人公が冒険者登録をした後、初めての依頼を受けてやって来る場所でもある。
つまり、チュートリアルクエストが行われる場所であり、ここに出現する魔物はただ一つの例外を除いて弱い。クソザコRキャラであっても安心して戦える良心的なフィールドなのである。
そんな草原をルシア少年と二人で歩きながら、王都を目指していた。
当然、その道中では魔物とも遭遇する。
「メェエエエエエエッ!!」
さっそく出現したのは「ワイルドシープ」という名の羊の魔物だ。
見た目にはモコモコの羊にしか見えないが、歴とした魔物である。動物としての羊との分類方法は単純で、倒した時に肉体が魔力に還元されるものは全て魔物となる。あと、基本的に魔物は好戦的な性格だ。
ワイルドシープは俺たちを見つけると甲高い雄叫びをあげ、闘牛のように一直線にこちらへ疾走してきた。
こいつの攻撃方法は単純で、突進、頭突き、角によるかち上げしかない。
「こいつは俺がやる」
少年にそう告げて、一歩前に出る。
『魂の修練場』へ向かう道中でも倒しているので、勝てることは分かっているのだが、レベルの上昇によってどのくらい攻撃力が上がったかの確認と、ちょっとした戦い方の確認をしておきたかったのだ。
「はい。頑張ってください、ヴァンさん!」
少年の声援を背に、二本のククリ刀を構えてワイルドシープと対峙する。
とはいえ、気負うほどの相手でもない。
俺はその場を動かずワイルドシープが近づいて来るのを待ち受け、虚を突くこともないバカ正直な突進を、ギリギリのところで横に「ステップ」して回避した。
その瞬間――脳裡に閃くままに、横を通り過ぎようとしたワイルドシープへ向かって、左右のククリ刀を素早く交互に叩きつける。
「メェエエエエエッ!?」
悲鳴をあげて突進の勢いのままに地面に転がるワイルドシープ。
だが、その体は起き上がることなく、光の粒となって空気中へ散っていった。魔物を倒した時に起こる、魔力への還元現象だ。
倒した魔物の死体が消えるというこの世界特有の現象のお陰で、あまり生き物を殺したという実感はない。とはいえ今の俺にはヴァン・ストレンジとしての記憶もしっかりと残っていて、ヴァンとしては魔物ではない動物を狩ったこともあるし、人間相手に殺し合いを演じたこともある。なので、そこら辺の暴力に対する忌避感がすでに麻痺しているのは、平和な現代日本で生きていた「俺」にとっては不幸中の幸いかもしれない。
「一撃か……」
そして、今回の戦いを振り返る。
来る時には何度か攻撃しなければ倒せなかったが、さすがに20レベルを超えればワイルドシープくらいなら一撃で倒せるようだ。いや、正確には二回攻撃してるけども。
ともかく、問題なく「カウンターアタック」を発動できることも確認できた。
「カウンターアタック」とは、方向キーを二回タップすることで使うことができる「ステップ」によって、敵の攻撃を回避した直後、タイミング良く通常攻撃ボタンをタップすることで発動できる技だ。
この時のダメージは通常攻撃比200%で、何と【シャドウエッジ】のダメージを易々と上回る。おまけに「ソウル」の消費もないという便利技だ。
この「ステップ」と「カウンターアタック」をどれほど上手く使いこなせるかで、プレイヤーの腕は決まる――といっても過言ではない。
度重なるインフレにより、最強レベルのSSRキャラであっても超高難易度ダンジョンのボスは一撃でヒットポイントを全損するような攻撃を放って来るので、この二つの単純な技術は極めて重要になる。
いやまあ、SSRキャラのスキルには「バリア」とか「自動蘇生」などのバフが付くスキルも珍しくないのだが、それに頼りきっていては倒せないボスも多いのだ。
ともかく。
カウンターアタックはRキャラにとってのアクションスキルの存在意義というものを考えさせられる一撃だったが……いや、【シャドウエッジ】は攻撃用スキルじゃありませんから(震え声)。それにクリティカルが出れば、【シャドウエッジ】のダメージは300%なんだからね!
「す、すごい……っ!」
一撃でワイルドシープを倒した俺をルシア少年が尊敬の眼差しで見つめてくるが、とても自慢する気にはなれない。
こんなことで粋がっていたら、恥ずかしいどころの騒ぎではないからだ。ただの痛い奴である。
何にせよ、こっちの確認はできた。
次は、予定通りに主人公の力を見せてもらおうか。
俺は今の戦闘に気づいてか、猛然とこちらに近づいて来るワイルドシープを遠目に見つめて、さりげない様子を装ってルシア少年に聞いてみた。
「そうだ……次はルシアが戦ってみるか?」
ピッと、遠くのワイルドシープを指差せば、少年はごくりと喉を鳴らし、わずかに緊張した様子で頷いてみせた。
「わ、わかりました。やってみます……!」
やってみますも何も、一番最初にワイルドシープくらい倒してるだろ、とは思ったが、ルシアの集中を乱さないように沈黙を保った。
ルシア少年は長剣を抜き、構える。
さすがに父親から剣術を教わっていただけはあって、堂に入った構えだ。
そこからルシアはワイルドシープの突進を真正面から剣で受け止め、それから通常攻撃を複数回叩き込む。当然、ワイルドシープも頭突きなどで反撃し、ルシアは何度かダメージを負っていた。
それでも最後には隙の大きい「かち上げ」をステップで回避してから、ソウルを長剣に込めたチャージアタックでワイルドシープに止めを刺した。
はあはあと乱れた息を整えるルシアを眺めながら、俺は内心で「うーん……」と唸ってしまった。
これは……どうなんだ?
プレイヤーとしての知識がある俺からすれば、ルシアの戦い方ははっきり言って拙い。剣術自体はそれなりの腕だと思うのだが、そもそもソルオバにおける基本的な戦い方すら知らない感じだ。
一言で言えば、危なっかしい。
ゲームでは強い仲間をガチャで引けば、通常攻撃やアクションスキルの連打で中盤くらいまでは問題なく進むことができた。
だが、ここはゲームではない。
おまけにルシアが主人公だとすれば、ゲームでのようにどうしても避けられないイベント戦闘以外、仲間に戦闘を任せっぱなしとはいかないはずだ。
それに何より……主人公は、Rキャラなのだ。
考えてもみて欲しい。ガチャで仲間が排出されるソシャゲにおいて、主人公が強いわけがないのだ。もしも主人公が強かったら、そもそもガチャを引く必然性が薄れてしまう。主人公が強くてガチャを引く必要がなければ、すなわち待っているのはゲーム自体のサービス終了だ。だからソシャゲ主人公は弱い。これは避けようのない運命なのである。
それでも、さすがに主人公なのにいつまでも弱いというのは如何なものか? だってコイツが世界救うんだぜ? と運営だって考えるだろう。だから大抵は主人公には覚醒イベントや強化イベントというものが用意されていて、それはソルオバとて例外ではない。
ソルオバの主人公も、ストーリー中盤にはSRキャラになり、後半にはSSRキャラにまで覚醒する。
何だったらガチャで主人公の強化スキンが排出されるまである。
だが、それでも現時点においては不遇を背負ったRキャラなのだ。
「ど、どうでしたか……?」
と、ルシアが上目遣いで今の戦闘の感想を求めてくる。
「そうだな……」
適当にお茶を濁すのは簡単だ。むしろ何事もなあなあで済ませる日本人の性としては、本人を目の前にして否定的なことは言いにくい。
それでも、このままではコイツ早々に死ぬんじゃね? という懸念を拭えなかった俺は、心を鬼にしてはっきりと断言した。
「全然ダメだな」
「だ、ダメですかぁ~……」
と、傷ついたようにルシアが俯いた時だ。
「ちょっとアンタ~っ!!」
ルシアの胸元から――正確に言えば胸当てと服の間の隙間から、小さな何かが文字通り飛び出してきた。
「ダメって何よダメって!! 少しは言い方を考えなさいよ!!」
そいつは俺の目の前に飛んで来ると、ぷんぷんと怒った顔でずびしっと指を突きつけてきた。
手のひらに乗るくらいの小さな人型で、背中には虫のような羽が生えている。
素材不明のツルツルとしたワンピースを身に纏ったその姿は、耳の先が尖った女の子の姿をしていた。
いわゆる、妖精というやつだ。
お読みいただきありがとうございます!




