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【50】不機嫌なルシア


 マンティコアの出現する大部屋を避けるとなると、『万魔殿』の奥へ進むことはできない。


 下の階層へ降りる階段へ向かうルート上には、必ず大部屋を通らなくてはならないからだ。


 リィーンのレベルを60まで上げた今ならば、無理をすれば奥へ進むこともできなくはない。だが、わざわざ危険を冒すこともないと俺たちはマンティコアを避けて移動していた。


 そうなると必然、同じ場所をぐるぐると何度も巡り、その度にリポップした魔物を倒していくことになる。


 だが――、


「まともに戦っていない身でこんなことを言うのは恐縮なのだが……とても正気の沙汰とは思えんぞ」


 魂石を集めるのに支障はないが、先にシュリの精神が限界へ近づきつつあるようだ。今にも吐きそうな顔色でそんな文句を言う。


 地下の迷宮、それもどこもかしこも同じ景色の場所を、延々と巡って魔物と戦い続ける……。


 ゲームならば期間限定イベントダンジョンを一日100周とか余裕でしたもんだが、現実でそれと似たようなことをするとなると、俺でも精神的に辛いのは確かだ。なんせソルオバはアクションゲーム。脳死周回とかできないからね。


 それでもやらねばならないことなので、やるのだが。


 とはいえ、休憩もなしに続けるというわけではない。


 シュリの精神も限界を超えそうになったところで、俺は昼飯も食べていないことを思い出して休憩をとることにした。


「じゃあ、そろそろ休憩にするか」


「そうですね」


「やっと休憩か……というか、まだ帰らないのか?」


「シュリ、ダメですよ。わたくしたちはご迷惑をおかけしている身なのですから、これくらいで音をあげては」


 というわけで、近くの小部屋へ移動して休憩することにした。


 中にいる魔物さえ倒してしまえば、リポップするまでは入り口だけを警戒することで、そこそこの安全を確保することができる。


 魔物がリポップするときは魔力が凝集する独特の気配があるので、事前に気づくことができるのもポイントだ。


 俺たちは内部の魔物を倒して安全を確保すると、アイテム袋から弁当と水を取り出して、昼食をとることにした。


 ちなみに昼食は保存食ではなく、猫の足音亭で事前に注文し(別料金)、作っておいてもらった大きめのサンドイッチだ。


 中には千切りキャベツと茹でた鶏肉、卵焼きに甘辛いソースが絡めてあって、意外と美味い。この世界、料理をはじめとして文化は意外と発展してるんだよな。


 ともかく、サンドイッチを食べながら、俺は横に座ったルシアをちらりと盗み見る。


(う~ん……やっぱりこれは、もしかしたらだが……機嫌が悪いのか?)


 ルシアとは王都からパンデモニウムまで一緒に旅をしてきたし、それなりに打ち解けていると自負している。昼食の時ともなれば他愛もない会話に花を咲かせるのは珍しくなく、何時ものルシアならば「このサンドイッチ、美味しいですね!」と笑顔で言うはずだ。


 勝手な印象ではあるが、そう間違ってはいないはずである。


 にも関わらず、今日のルシアは口数が少ない。


 いや、口数が少ないどころか、表情もなく、どことなくムスッとしているようにも見えるのだ。


 機嫌が悪いのは確定だろう。ならばなぜ、機嫌が悪いのかだが……。


 何やらベルまでもがルシアを気遣うような表情で耳元に近づき、ヒソヒソと会話している。


 俺は何も気にせずサンドイッチを食べるふりをしながら、密かに聞き耳を立てた。


「(ルシア、やっぱりアイツらのこと、気に入らないの?)」

「(……気に入らないっていうか……変な人たちだし、信用はできないかな。一緒に行動するのは、ちょっとね……)」

「(だから機嫌が悪いのね)」

「(そういうわけじゃないけど……ただちょっと、ヴァンさんの考えが分からないだけ)」

「(あら? どういうこと?)」

「(わざわざリィーンたちのレベルを上げる必要があるのかなって……。別に、虹魔石を集めるだけならボクたちだけでも十分だし、彼女たちと一緒に行動する意味が分からないっていうか……)」

「(ふぅ~ん。……それってつまり、ヴァンがリィーンたちばっかり構うのが気に入らないってことね?)」

「(なッ!? ち、違うよ!?)」


 ……ふぅーむ。


 俺にも聞かせたくない話なのか、ルシアたちはかなり小さい声で会話しているため、ほとんど聞こえなかった。


 唯一聞こえたのは、ルシアが少し慌てたように言った、「なッ!? ち、血が!?」という言葉のみだ。いや、これもはっきりとは聞こえていなかったから、推測なのだが。


(血が出てるのか? まさか怪我を? いやしかし、ここまでルシアが攻撃を受けたことはないはずだ。となると、出血は外傷が理由ではない。口数が少なく、不機嫌、そして俺に聞かれないようにベルと何事かを相談している上に、出血……そうか、謎は全て解けた!)


 俺もこう見えて人生経験は前世と今生を併せて50年を軽く超える。他人の表情や所作から心情を慮る術は、年齢相応に身につけているつもりだ。


 だが、だとしても、俺はここまでルシアの体調の変化に気づかなかったことになる。その上何度も戦闘をさせてしまっているし、ルシアが不機嫌になるのも当然かもしれない。


 こういうことはなかなか、自分からは言い出しにくいだろうしな。俺が気づくべきだったのだろう。


「…………ルシア、済まんな」


 なので、俺はルシアへ素直に謝罪した。


「え……? ヴァンさん?」


 きょとんと、突然の謝罪に無垢な瞳を向けてくるルシアに、俺は確認する。


 ただし、はっきりと口にしてはルシアが恥ずかしがるかもしれないので、曖昧に。


「辛い、んだろう?」


「あ……気づいて、たんですか?」


 ちらりとリィーンたちの方を見やってから、気まずそうにルシアが言う。


「まあな。気づいたのはついさっきだが。ルシアの表情を見て、な」


「すみません……」


「いや、ルシアが謝ることじゃない。気づかなかった俺が悪い」


「む? ルシア殿、体調でも悪いのか?」


 シュリが俺たちの会話に入ってくる。


「違います」


 そしてルシアが固い表情で、拒絶するように答えた。


 俺は思わず内心でシュリを責める。体調が悪いのは確かだが、男の俺の前ではルシアもはっきりとは答えづらいだろうに。同じ女であるのに、シュリには気遣いが足りないと思う。


「そ、そうか……すまない」


 しゅんとしたように頭を垂れるシュリは放っておいて。


「ルシア、辛いなら今日はもう切り上げるか? 十階層まで進まないと地上へは戻れないが、シュリのレベルもある程度上がったし、十階層のボスを倒すのも可能だろう。ルシアは戦闘に参加しなくても良い」


「いえ、大丈夫です。完全にボク個人の(心情の)問題ですから、こんなことで迷惑をかけるわけにはいきません」


「迷惑なんて思っちゃいないが……」


 ルシアはみんなに迷惑をかけまいと思っているらしい。


 ルシアの責任感というか、この真面目なところは美徳でもあるが、同時に短所でもある。体調の悪い日くらいは素直に休むべきだ。


 こういうことは、ちゃんと言っておくべきだろう。


 俺は真剣な表情でルシアに向き直った。


「ルシア、リィーンたちのレベル上げや、虹魔石の収集は確かに重要だが、お前(の体調)よりも優先するようなことじゃない」


「へ? あ、あの、ヴァンさん?」


 戸惑うルシア。


 いまいち俺の言葉を呑み込めていないようだ。


 少々遠慮が過ぎる彼女に、やはり、ここはハッキリと告げた方が良いと判断する。


 ルシアに万が一のことがあっては、全人類が困ることになるのだから――と、そのまま言うわけにはいかないが、それとなく伝わるように言い方を変えて。


「良いか? お前の体はもうお前一人のものじゃないんだ。もっと自分を大切にしろ」


「――はいッ!? ヴァンさんッ!?」


「ちょっとアンタ! いきなり何言ってんのよ!?」


「なッ!? ふ、二人はそういう関係だったのか!?」


「まあ!?」


 なぜか騒ぎ出す外野の声は、とりあえず無視しておく。


 今はちゃんとルシアに、自分がどれほど重要な人物なのかを自覚してもらうことが必要だ。


 とはいえ「この世界の主人公」だとか、「この世界の救世主」だとか言うわけにもいかないから、少しばかり曖昧な言い方にはなってしまうが……。


 まさか「全人類の命がルシアの双肩にかかっている。それゆえに、もはやルシアの体調はルシア一人の問題ではないのだ」――と、馬鹿正直に告げるわけにもいかない。


「ルシア、お前は……」世界にとって大切、とは言えないよな。なら……「俺にとって大切な存在だ」


「ふぇええッ!?」


 しまった。ちょっと言い方が変だったか?


「あー、つまりだ」どう言えば良いんだこれ。「世界、じゃなくて……俺にとって最優先すべき存在……ってことなんだ」


「え、あの、え……は、はい」


 ルシアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。耳まですんごい真っ赤だぞ。


 ちゃんと俺の言いたいことが伝わっているのだろうか?


 お前は世界の救世主で、俺を含めた全人類の命運を握っている超重要な存在なんだから、もっと自分の身を大切にしろ――ということが。


「分かって、くれたか?」


「……は、はい……わかりました」


「そうか。分かってくれたんなら、良い。……そういうわけで、少しでも何かあったら、遠慮せずに言えってことだ。俺にできることなら、何とかする」


「は、はい……ありがとうございます、ヴァンさん」


「で、どうする? (体調が)辛いなら、今日はもう切り上げるか?」


「いえ……」


 ルシアは赤面したまま顔を上げた。その表情はわずかにはにかんでおり、不機嫌そうには見えない。


「もう大丈夫です。このまま探索を続けましょう」


「そうか……? ……なら、そうするが……我慢できなくなったら、遠慮せずに言えよ?」


「はい」


 …………。


 一見すると、ルシアは本当にもう大丈夫そうに見える。


 しかし、そんなことあるか?


 男の俺には分からないが、薬も飲んでいないのに急に体調が良くなるとか、そんなことがあるんだろうか?


(生理って、急に良くなるのかな?)


 分からん。



お読みいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうの好きだよ笑 ただいろんな人にそんなこと言っちゃって刺されないか心配になる……笑
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