【45】予言の御子
「なぜ……ボクを? もしも冗談で言っているのなら……許しません」
ルシアの表情は固く、きゅっと口を引き締めている。
彼女にしては珍しいことに、その表情はどこか不愉快そうでもあった。
リィーンの話が真実なら、自分を保護するために彼女たちは何人もの犠牲を払っている。もちろんルシアに非があるわけではないが、だとしても心穏やかではいられないのだろう。
それに――。
おそらくルシアが不快感を示している理由は他にある。
ルシアの養父を殺した者たちもまた、魔族だったのだ。魔族たちが襲撃してきた理由が、もしも自分を狙ってのことだとしたら――ルシアはきっと、そのことを考えているのだろう。
育ての親であるクロードが自分のせいで殺された。
リィーンの言葉は、間接的にではあるが、そう言っているにも等しいものだった。
だからこそ、冗談では済まさないと強い視線をリィーンたちに向けている。
対するリィーンは背筋をぴんと伸ばし、真剣かつ静謐な表情で口を開く。
「残念ながら、こんなこと、わたくしも冗談では言いませんわ。ですが、確固たる証拠を提示することは、今はできません」
「なら――!」
「ですが」
証拠を示せないというリィーンの言葉に反応したルシアを遮るように、強い口調で続ける。
「ですが、いずれは御子様御自身が納得なさるでしょう。御子様が――前世の記憶を取り戻されれば」
「……!」
ルシアは何か反論しようとした。
だが、言葉にはならず、口だけをはくはくと開閉する。
あるいは、前世の記憶なんていう胡散臭いものを証拠だと言われたことに怒りを覚えて、そのあまりの激しさに言葉が失われてしまったのかもしれない。
それでも感情のままに激昂しようとした瞬間、
「ルシア」
俺はルシアに声をかけた。
「落ち着け」
「ッ、――でも!」
「落ち着け、ルシア。リィーンの言葉が真実かどうか、判断するための材料もないんだ。だから、今は話半分に聞いておけば良い」
「なッ、リィーン様を愚弄するか!」
俺はシュリの言葉を黙殺し、隣でこちらを見上げてくるルシアを見つめ返した。
「それに、だ。仮にリィーンの話が真実だったとしても、お前に何か罪があるわけじゃない。お前の親父さんを殺したのは魔族で、罪があるならそいつらだし、お前のせいではないだろ」
「私を無視するなッ――って、ん? 何の話だ?」
ルシアの養父を魔族が殺した話をリィーンたちは知らない。そのためか、シュリは戸惑うように首を傾げた。
「ヴァンさん……。そう……ですよね」
「ああ、そうだ」
一方ルシアは、いまだ納得していないようではあったが、とりあえずは冷静さを取り戻したらしい。何か苦い物を飲み込むように顔をしかめて、深く息を吐く。それから自分に言い聞かせるように頷いた。
まあ、この話はデリケートな問題だし、ルシア自身が納得するしかない。時間が解決するような問題ではないが、前世の記憶を取り戻した時には真実が分かるだろう。
今はさっさと話を進めてしまうことにする。
「それで、ルシアの前世とやらが魔族とどう関係するんだ?」
「はい……そうですね」
リィーンはルシアを気遣うように見てから、話を進めた。
「神魔大戦の魔界勢力――魔族たちは現代に転生しました。しかし、神界勢力――かつて神々の下で戦った天使や半神、人間の英雄たちもまた、同じく現代に転生しているのです」
「ルシアもその一人だと?」
「はい。特にルシア様は【予言の御子】……この世界の救世主になると予言された存在……のはずです。そしてそれゆえに、御子様は魔族たちにとって不倶戴天の敵であり、狙われる理由になるのですわ」
「ふむ、なるほどな……」
「話が大きすぎて、ついていけないよ……」
怒りや戸惑いというよりも、むしろ呆れたようにルシアが呟く。
確かに神界とか転生者とか救世主とか、詰め込み過ぎな感もある。あまりに現実味がなくて、ルシアが呆れてしまうのも当然と言えた。
「それから……ヴァン様」
「ん?」
リィーンが俺の名を呼ぶ。
「断言はできませんが、おそらく、あなた様もまた神魔大戦の転生者だと思われますわ」
「そうなのか?」
「はい。神魔大戦の転生者であればこそ、『万魔殿』で見せていただいた凄まじいお力にも納得できます。転生者たちは総じて、記憶と力に目覚めていない段階でも、常人より大きな力を持っていますから」
まあ、知ってるけどね。
ソルオバにおいて仲間に成り得るキャラクターたちは、すべて「大戦の転生者」という設定がある。それゆえに常人よりも強く、それぞれに特殊な力を持っているという設定なのだ。
それはヴァン・ストレンジのようなクソザコRキャラでも変わらない。
前世の記憶を思い出してから俺も色々と調べてみたのだが、ソルオバのガチャキャラクター以外の大多数の人々は、おそらくレベル限界がRキャラよりも低い上にスペシャルスキルらしきものを習得しない。
いわば、無理矢理レア度に当てはめればRより下のCランクといったところだろうか。
なので、一般的な価値観からすればクソザコRキャラたちも十分に才能ある側の人間――ということになるだろう。
まあ、それはともかくとして。
(転生者は転生者でも、今の俺の前世は妙なことになってるんだが……)
日本人であった前世を思い出した俺である。この上さらに神魔大戦の英雄であった前世を思い出す――とか、そんなことがあり得るのだろうか?
いや、思い出してもらわないと困るんだが。
何しろ、この「前世を思い出す」というのが、ソルオバにおいて重要な強化方法の一つだからだ。
「とはいえ」
リィーンが俺を鋭い視線で射抜く。心の底を見透かすように。
「ヴァン様がどちらの陣営の転生者であるのか、まだ断言はできません」
俺が神界勢力に属していた転生者なのか、それとも魔界勢力に属していた転生者なのか。
実のところ、ソルオバで仲間になるキャラクターには、普通に魔界側の転生者や魔族もいたりする。魔族も生まれた時から魔族というわけではなく、最初はただの人間に過ぎないのだ。何かのきっかけで前世のことを思い出すと共に、少しずつ魔族としての身体的特徴までも取り戻していくのである。
そして付け加えるならば、上位の魔族ともなれば完全に魔族として覚醒しても、人間に擬態することは可能だ。
リィーンの疑いも完全に理由のないことではない。
なので俺は納得できたのだが、ルシアはそうではなかった。
「ッ!? それはっ……ヴァンさんが魔族だって言いたいんですかッ!?」
腰を浮かしてリィーンに食って掛かる。
「可能性の話です」
と、リィーンは冷静に返すが、ルシアの怒りが収まる様子はない。
「いったい、何なんですか貴女はッ! 前世とか転生者とか救世主とかッ! あまつさえヴァンさんを魔族かもしれないなんて! 人を馬鹿にするのも大概にしてください!!」
なぜかルシアとリィーンの関係が拗れそうになっている。こんな展開、ゲームではなかったんだが。
「ルシア、俺は別に気にしてない。今日初めて会ったばかりなんだ。リィーンの話がもしも真実なら、俺を警戒するのも分かる」
そう言ってルシアを宥め、肩に手を置いて座らせる。
「ヴァン様、申し訳ありません」
「それは構わんが……」
リィーンの謝罪に鷹揚に頷いて、問う。
「ずっと疑われてるのも不愉快なのは確かだ。俺が魔族かそうじゃないか、今ここで判別する方法はないのか?」
「……今ここで、ということであれば、不可能です。ですが」
と、リィーンはこちらを見る。
「ルシア様、ヴァン様、わたくしたちの里へ来ていただけませんか? 準備もなく【ソウル・オーバーライト】を行うことは今のわたくしではできませんが、里の施設を利用すれば、前世の記憶の一部を思い出していただくことなら可能だと思うのです。そして前世の記憶をわずかでも取り戻していただければ、ヴァン様がどちらの陣営の転生者なのか判明すると思いますし、ルシア様にはわたくしが言ったことが嘘ではないと納得していただけるはずです」
「リィーンたちの里に、か……」
ふむ。
色々と細部に変化は出て来ているが、リィーンたちの里へ向かうことになる展開は、ゲームの通りだ。
ヒロインたちと邂逅した主人公は、転生者の話をされてヒロインたちの隠れ里へ向かうことになる。そして隠れ里にある祭壇で前世の記憶の断片を思い出し、かつて自分が何者であったのかを知る――。
それ以外にも隠れ里にはゲーム上で重要な施設が幾つも存在し、隠れ里を発展させることでキャラクターたちにステータスボーナスを付与することもできた。
まあ、なぜ隠れ里を発展させるとキャラクターの能力が上昇するのか、現実となったこの世界では因果関係が不明だからゲーム通りにステータスが上昇する可能性は低いと思うが……。
何にせよ、リィーンたちの隠れ里にはルシアの覚醒と俺の強化に絶対に必要な施設もある。たとえリィーンと出会うことがなくとも、いずれはこちらから出向くことになっていたはずだ。
俺はちらり、とルシアを見る。
ルシアは困ったような、途方に暮れているような顔で俺を見返した。
どう判断して良いのか、分からないのだろう。
俺は一つ頷くと、リィーンの提案に返答した。
「――だが断るッ!!」
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