【42】思春期の男子中学生でもあるめぇし
「ここは……どこでしょう? まだ『万魔殿』の中みたいですけど……?」
「帰還の転移陣が正常に発動したなら、ここは『万魔殿』一階の小部屋のはずだな。地上に繋がる階段の近くに転移したはずだ」
最奥の間に出現した転移陣に乗った次の瞬間、視界が歪んで奇妙な浮遊感に包まれる。
そしてその一瞬後には、俺たちは石造りの小さな部屋の中に移動していた。転移直後は床に浮かび上がっていた転移陣も、すぐに光を失って見えなくなる。
それから周囲を見渡して疑問を発したルシアに、仕入れていた知識から回答した。
どうも『万魔殿』では帰還用の転移陣に乗ると、一階の地上へ繋がる階段近くにある小部屋へ転移させられるようなのだ。
一気にダンジョンの外へ転移とはいかないらしい。
「さて……色々と話を聞きたいこともあるし、とりあえず全員で同じ宿を取って、そこで話し合う……ので、構わないか?」
「はい、それで構いませんわ」
これからの方針をリィーンたちに確認してみれば、巫女様は頷いた。シュリがリィーンに逆らうはずもないので、これは二人ともが同意したと考えて良いだろう。
「それじゃあ、行こうか」
そんなわけで、俺たちは近くの階段から地上へ出て、パンデモニウムにある宿屋を目指すことになった。
●◯●
迷宮都市パンデモニウムはミッドガルドの王都をも超えるほどに栄えた街並みだが、冒険者が多いためか街中は猥雑な雰囲気が強めだ。
迷宮へ潜る冒険者たちのために様々な消耗品や携帯食料を売る店があれば、多種多様な武器を並べた鍛冶屋もある。そしてあちこちに建ち並ぶ食堂や酒場からは、まだ日も落ちていない時間帯だというのに酔客たちの笑い声や怒鳴り声が店の前の通りまで響いていた。
そんな一画を通り抜けて円形の都市の外周部付近へ辿り着くと、雰囲気は一変する。
外周部付近には、迷宮都市へ出入りする商人や冒険者たちのための宿屋が軒を連ねているのだ。
一口に宿屋と言っても、流石は迷宮都市というべきか、通り一つ違えば閑静な宿屋街から、娼館や連れ込み宿が軒を連ねるいかがわしい雰囲気に様変わりする。
俺たちが向かうのは、もちろん連れ込み宿――ではなく、閑静な宿屋街に建ち並ぶ普通の宿屋だ。
昨日、俺とルシアたちが泊まった宿までリィーンたちを案内する。「猫の足音亭」という名前の、普通の宿屋だ。
連泊するかどうか決めていなかったため、迷宮に入る前にチェックアウトしていたのだが、宿のフロントで看板娘の女の子に確認してみれば、幸いにも部屋は空いているようだった。
猫人族のため、猫耳をピコピコとさせた十代前半(たぶん12歳くらいか?)の赤毛の少女は、コテンと首を傾げて、
「部屋はどうしますにゃ? 一人用、二人用、四人用の大部屋がありますにゃ。料金は大部屋が一番安いですにゃ。ちなみに、ウチは女性の冒険者も多く泊まる安心安全な宿屋なので、雑魚寝の大部屋はないですにゃん」
と、昨日も泊まった俺たちに、昨日と全く同じ説明をする。
俺たちの顔を覚えていない――というよりは、初めて来たリィーンたちもいるからだと思いたい。
「そうだな……」
俺はリィーンたちの方を振り向いて、どうするかを視線で問うた。
リィーンは微笑みながらスッと頷き、シュリはキリリとした顔で深々と頷く。
俺は頷き返して看板猫娘へ向き直り、
「四人部屋で頼む」
と答えた。
「四人部屋ですにゃ? 承知しましたにゃ」
「いや待て違うだろうッ!?」
猫娘が承知したところで、割り込むようにシュリが大声をあげた。
振り向けば、怒りのためだろうか? シュリはエルフ耳まで真っ赤に染めて抗議してきた。
「貴殿は男女七歳にして席を同じゅうせずという言葉を知らんのか! い、一緒の部屋に泊まるなんて破廉恥にも程があるぞッ!!」
「いや、破廉恥って……」
思春期の男子中学生でもあるめぇし、考えすぎだろ。
だいたい、冒険者なら出先の町で同じ宿の同じ部屋に泊まるくらい、たとえ異性のいるパーティーでも割と普通のことだ。
男女の関係はともかくとしても、大部屋にまとめて泊まった方が料金が安いし、野営で何日も一緒に行動することも珍しくないから慣れているのだ。出掛けの宿でわざわざ部屋を別にするなんて、金に余裕のある高位冒険者でも少数派のはずだ。個室の方が基本的に割高になるからな。
実際、昨日ルシアとは一緒の部屋に泊まったが、特に拒否されたりはしなかった。
冒険者同士で何日も活動していれば、同じ部屋に泊まるくらいで恥ずかしがっていたら、仕事にならないというのもある。
とはいえ、リィーンたちとは今日出会ったばかりだ。
いきなり一緒の部屋に泊まるのは警戒して気が休まらない、という理由なら分からんでもないな。
「んじゃあ、二人部屋を二つにしておくか?」
と、折衷案を提示してみれば、今度はリィーンの方が首を横に振った。
「いえ、わざわざ部屋を行き来するのも大変ですし、四人部屋で大丈夫ですわ」
「リィーン様ッ!?」
まるで裏切られたかのような視線を向けるシュリに、リィーンは諭すように言った。
「シュリ、何もあなたが想像しているような変なことをするわけでもないのです。落ち着きなさい」
「わ、私は変なことなど想像してにゃいですよ!?」
顔を真っ赤にしてテンパるシュリを放っておいて、リィーンは困ったとばかりに眉尻を下げて俺たちに謝る。
「申し訳ありません。シュリは生娘で男性に慣れていないので、恥ずかしいのだと思います。どうかお気になさらず」
「は、はわっ!? リ、リィーン様! み、未婚の女性がき、生娘なのは当たり前のことですっ!!」
「ちなみに、わたくしも処女ですよ。巫女ですので」
それ、言う必要あった?
「あ、そう……」
何だろう。
ヒロインの性格がゲームとは微妙に違うような気がしないでもない。ゲームではザ・清楚といった感じの人物で、ここまで明け透けな物言いはしていなかったと思うのだが。
ともかく、もう面倒臭いので四人部屋に決めてしまおう。
「四人部屋で頼む」
「承知しましたにゃ」
と、俺たちの話し合いを見守っていた猫娘は再度頷き、
「ちなみに、ですにゃ?」
「ん? なんだ?」
「四人で乱交するのは止めないですけどにゃ、他のお客さんの迷惑になるような大声とかは勘弁してほしいですにゃん」
「……」
「ら、ららら、らんっ!? す、するわけないだろう、そんなこと!!」
シュリが慌てふためきながら叫ぶ。ルシアも直截な猫娘の物言いに唖然とした顔をしているが、シュリの慌てっぷりを見て口を閉じていた。
「シーツとかもあまり汚されると、別でクリーニング代を請求する場合があるですにゃん」
若いというより幼い少女に平然とそんなことを言われると、精神おっさんな俺としてはなかなかに衝撃的だな。宿屋の娘なのでそういったトラブルには慣れているのかもしれないが。
そんなことしない、なんて言っても無駄であろう。とりあえず頷いておけば良いか。
「……わかった、大丈夫だ」
「それから」
「まだあるのか」
「そっちの妖精さんの宿代は、サービスしときますにゃん」
パチンっとウインクして、猫耳看板娘は昨日と全く同じことを言った。
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