【41】帰還はボス部屋から
「あの戦いの後にボスと戦おうとは……貴殿、なかなかに頭がおかしいな」
魔族たちを撃破してからしばらくして、再び俺たちは五階層最奥の間に続く巨大な門の前に立った。
そうしてこれからボスに挑もうという段になって、黒髪のエルフ少女――シュリが胡乱な視線を俺に向けてくる。「こいつは本当に大丈夫か?」とでも言いたげな表情だ。
「歩いて地上に戻るより、こっちから帰った方が早いって説明しただろ」
「それはそうだが……」
「シュリさん、心配しなくて大丈夫です。ヴァンさんは誰かを騙すような人じゃないですよ」
「ルシア殿……」
ルシアが一点の曇りもない笑顔で俺をフォローする。人を騙すとかはともかく、色々と隠し事をしている身としては心が痛くなるな。
「シュリ、御子様もこう仰っていますし、わたくしも悪い未来は見えていません。行きましょう」
「リィーン様がそう仰るなら」
そしてリィーンが言うと、シュリはあっさりと頷いて、門の方に向き直った。
「では、さっさと挑んでしまおう。皆の遺品も集めたし、早く供養してやらねば」
魔族を倒した後、俺たちは一度元来た道を戻っていた。その理由というのが、魔族に殺されてしまったリィーンの護衛たち――全員がソルオバの登場キャラクターだった――の遺品を集めることだ。
アイテム袋の中に人間は入れることができない。それは対象が死んでいても同じだ。死体をアイテム袋の中に入れられたら、殺人の隠蔽などに使われてしまう。これは盗みなどの犯罪と同じく、かつて実際に横行したことがあるため、今ではアイテム袋の製造過程で、死体であっても人は収納できないようにプロテクトが掛けられているらしい。
かと言って、さすがに五人もの遺体を地上まで運ぶことなどできるはずもなく、遺髪や貴重品などを遺品として回収したのだ。
ちなみに、駄目もとで魔族たちの持ち物も探ってみたが、身分を証明するような物や、誰かに繋がるような情報は何も出て来なかった。
ともかく、そうして遺品を回収する道すがら、俺たちは互いに簡単な自己紹介を終え、地上へ帰還するために五階層のボスを倒した後に出現する、地上への転移陣を利用することを提案したのである。
『万魔殿』のような深い階層を備える迷宮では、それぞれの階層に出現するボスを倒すと、地上へ帰還できる転移陣が出現するのだ。
ちなみに潜る時は、また一階層からやり直しになる。ゲームだったらダンジョンの難易度によって、始まる階層が違うのだが……そこら辺は現実準拠らしい。いや、転移陣が現れるから、まだマシだと思った方が良いのかもしれないが。
それから、ルシアはルシアで、自分が「御子様」と呼ばれていることに何かを聞きたそうにしているが、それらの疑問はとりあえず呑み込んでいるようだ。
「んじゃまあ、行くぞ」
全員の準備が整ったことを確認して、俺は巨大な門扉に手を当てた。
見た目の重厚さとは裏腹に、門はほとんど力を入れなくとも、滑るように開いていく。
そうして開いた扉の間をすり抜けるようにして、全員が中に入った。
「ここが最奥の間、ですか……」
「ずいぶんと広いのだな」
「魔力が……」
ルシア、シュリが最奥の間の広大な空間を見渡しながら呟く。対してリィーンは、それがまるで見えているかのように、最奥の間の中央付近を見つめながら呟いた。
俺たちが中に入った瞬間から、部屋中に充満していた膨大な魔力が渦巻き、やがて一点に集束していく。
束ねられた魔力が実体化し、一体の魔物の姿を形作った。
「――メェエエエエエエ!!」
発生したのは悪魔系の魔物である、レッサーデーモンだ。
山羊の頭に人の胴体、そして山羊の下半身を持ち、二本の足で立っている。背中からは蝙蝠のような巨大な翼が生えており、体高はざっと2メートル50センチほどもある。かなり巨大で威圧感のある姿だ。
奴は実体化して雄叫びをあげると、すぐに膝をたわめて跳躍した。
高く跳び上がると、今度は背中の翼を勢い良く羽ばたかせて広間の高いところを悠々と飛翔し始める。
こいつの厄介なところは、見た通りに飛行能力を備えていることだ。最奥の間は天井が10メートル近くもあり、内部の空間は極めて広いために飛行の邪魔にはならない。そうして飛行しながら、魔法攻撃を放って来るのが通常の行動パターンで、弓持ちか魔法使いなどの遠距離攻撃持ちがいない場合、ひたすら攻撃を回避して、下に降りてきたところを叩くしかないため、非常に面倒な敵と言える。
まあ、SSRのキャラクターならば剣士などの近接職でも、遠距離攻撃ができるアクションスキルや、マップ全域を埋め尽くす範囲攻撃などを持っていることも多いので、面倒なのはSR以下のキャラクターにとって――と言った方が良いかもしれないが。
ちなみに俺は弓矢もアイテム袋の中に常備しているが、普通に射っても的に当たらず、アクションスキルも練習不足だ。使いこなせるようになるまでは、長い訓練が必要になるだろう。
他、ルシアは剣だしシュリは刀だ。リィーンに至っては、攻撃用のスキルを覚えていないらしい。
ゲームでは不可能だったが、ワンチャン、今のルシアならば【シャイニングソードレイン】を操ってレッサーデーモンを撃ち落とせるかもしれないが、それはまた今度試してみれば良いだろう。
今回は色々あったし、さっさと倒して、さっさと帰ることにする。なので――、
「ルシア、シュリ、さっき説明した通りに頼む!」
「了解です!」
「承知した!」
広間の天井付近を悠々と飛行するレッサーデーモンに向かって、俺は魔法を撃たれるよりも早く、手にした長槍を投擲した。
アクションスキル――【ホーミングジャベリン】
その名の通りに追尾機能を備えたスキルである。全力で投擲した長槍は大きく弧を描きながら高速で飛翔し、レッサーデーモンの胴体に突き立った。
「ギメェエエエエエッ!?」
ゲームならば投げた槍は勝手に手元に戻ってくるのだが、やはり現実となるとそんな機能は実装されていないらしい。
ともかく、槍が突き立ったレッサーデーモンは落下した。
その落下地点へ向かって、事前に説明していた通りに、ルシアとシュリがすでに滑り込んでいる。
そしてレッサーデーモンを各々の間合いに捉えると、それぞれの武器を振るった。
「はあっ!」
「シィッ!」
アクションスキル――【オーラスラッシュ】
アクションスキル――【閃斬】
ルシアの長剣からオーラの刃が飛び出し、シュリが振るった刀の軌跡は残像となって空間に焼きつくほどの速さだ。
交差するように刻まれた二本の剣線が落下してきたレッサーデーモンに吸い込まれ――、
「グギャッ!?」
吹き飛ばした。
数メートルも飛んだレッサーデーモンは、激しい衝突音を響かせて床の上を転がっていく。
そしてようやく動きが止まった時、その体からは光の粒が立ち上っていた。
「やっぱり一撃じゃあ倒せなかったか……」
魔力還元されていくレッサーデーモンを眺めながら、俺はそう呟く。
魔族の男は【ホーミングジャベリン】一撃で倒せたが、レッサーデーモンはそれだけでは倒せなかった。強さ的に言えば確実に魔族の方が上だろうが、腐っても迷宮の中ボスである。そのヒットポイントばかりは魔族よりも僅かに上だったのだろう。
「まさか、こんなにあっさり倒せるとは……」
逆に止めを刺したシュリは「信じられない」とでも言いたげに、両目を見開いていた。
「これが虹魔石ですか」
「虹色に輝いてるわよ! キラキラね!」
一方、ルシアはレッサーデーモンが消えた後にドロップした虹魔石を回収していた。その手元を覗き込んだベルが、興奮した様子ではしゃいでいる。
「ずっと見てると目がチカチカしてくるな」
画面越しには飽きるくらいに何度も見ていたが、こうして現物を目にするのは俺も初めてだ。その輝き具合はただの魔石とは比較にならず、色も虹色に輝いている。
俺たちが『万魔殿』にやって来た目的の物だが、あと七個……いや、場合によってはさらに必要になるかもしれない。
「どうかされましたか?」
リィーンとシュリを見ながら考え込んでいると、リィーンがおっとりと首を傾げて聞いてくる。
さすがはリンネの巫女というべきか、シュリとは違って平然としているな。もしかしたら難なくレッサーデーモンを倒せる光景を「知って」いたのかもしれない。
「いや、何でもない。……おっ、帰還用の転移陣も出て来たことだし、さっさと帰るか」
俺は首を振り、最奥の間の中央に視線を向けた。
するとちょうどレッサーデーモンが出現した位置に、床が光って魔法陣――帰還用の転移陣が出現したところだった。
お読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価もありがとうございました!m(_ _)m




