【37】大広間の異変
幾つものモンスタールームを巡って大量の魔石を集めながら、広大な五階層を奥へ奥へと進んでいく。
まだまだ魔物の湧くモンスタールームはあるはずだったが、とある大広間に差し掛かった時、俺たちは魔石の収集を一旦切り上げ、急いで先に進むことにした。
そうするだけの異変が、そこにあったのだ。
上の階層でも、すでに何度か大広間は通り抜けている。『万魔殿』の大広間は天井が高くなっており、かなり高い位置に様々な彫刻が彫られている。その中には羽の生えた悪魔みたいな石像――つまりガーゴイルが紛れていて、冒険者たちが広間に入ると静かに動き出し、襲いかかってくるのだ。
とはいえ、ガーゴイルは大広間にしか現れない魔物だし、大広間には必ずガーゴイルがいる。
来ると分かっている奇襲など、もはや奇襲でも何でもなく、物理防御力の高いガーゴイルに対しては防御力無視のアクションスキル【ペネトレイトスタブ】を使えば、魔法使いでなくとも比較的簡単に倒すことができるのだ。
そんなわけで、大広間に入る前に装備をアイテム袋から長剣に入れ換えて、頭上を注意しながら踏み込めばガーゴイルを討伐することは容易い。
五階層の大広間もまた、そのように通りすぎようとした俺たちだったが――、
「ん? ガーゴイルがいない?」
他の冒険者に倒されたばかりだったのか、ガーゴイルは襲いかかって来なかった。
「ヴァンさん! あれを見てください!」
そして何かに気づいたルシアが、大広間の先を指差し叫ぶ。
見れば、大広間の床に何人かの冒険者たちが倒れていた。
「まだ息があるかもしれん! ルシア、確認するぞ!」
「はい!」
慌てて倒れている冒険者たちに駆け寄る。
人数は全部で五人。装飾も何もない黒いローブを羽織った男たちが三人に、一般的な冒険者の装いと変わらず、簡素な装備をした男たちが二人。
「ヴァンさん、こちらはもう、息が……」
「そうか」
ルシアと手分けして全員を調べてみたが、どうやらすでに息がないようだった。
「ガーゴイルと相討ちになったんでしょうか?」
「いや、違うだろうな」
そうではない、というのはすぐに分かった。
というのも、ガーゴイルは武器を持っていないのだ。攻撃手段は拳や蹴り、それに体当たりが主で、それらによって撲殺されたのならすぐに分かる。にも関わらず、死んでいる男たちの傷痕を確認すれば、皆が刃物で斬られたり槍で突かれたような創傷を負っているのだ。念のために近くに転がっている長剣や槍を調べてみれば、その刃にはべっとりと血が付着していた。
魔物であれば、死ねば血も含めて魔力に還元されるはずだし、そもそもガーゴイルは血を流さない。つまり、この血は魔物の物ではなく、ここに倒れている男たちのもの、ということになる。
ゆえに、考えられるのは――、
「殺し合ったみたいだな」
「なぜ、そんなことをしたんでしょう?」
「分からん。分からんが……ギルドに報告する必要もある。こいつらの冒険者カードを集めて持って行った方が良いだろうな。ルシアはそっちの奴らのカードを集めてくれないか?」
「はい、分かりました」
ルシアが頷いて、冒険者らしき男たちの荷物からカードを探す。俺もローブを着ている男たちのカードを探してみたが……、
「……ないな」
ローブの男たちは、冒険者カードを所持していなかった。
代わりに当然ではあるが、『万魔殿』への入場許可証は持っていたから、それを回収しておく。だが、おかしなことに身分を証明するような物は何一つとして持っていなかった。入場許可証にも、男たちの名前らしき情報は記載されていない。
明らかに怪しい奴らだ。
(まさか……? だが、だとしたら何でここにいる?)
ローブの男たちの正体に思い当たる節がある。だが、こんなところで遭遇するイベントなどあっただろうか?
「ヴァンさん、ありました」
一方、ルシアが調べた方は冒険者カードを持っていたらしい。差し出されたそれを預かるべく受け取り、さっと目を通すと――、
「ジョン・スミスにマイク・ビーンズだと……ッ!?」
その名前を見て、俺は驚愕してしまった。
慌ててルシアが調べていた男たちに近寄り、その顔を確認してみる。精悍な冒険者の顔立ちをした二人の男たち。死んでいるその姿は、俺が思った通りの人物たちだった。
「お知り合い、ですか?」
どこか気遣うようにルシアが問う。
「いや、知り合いじゃない。……ただ、名前を知ってただけだ」
俺は首を振ってそう答えながら、頭の中では急速に思考を巡らせていた。
ソルオバのガチャキャラたちは、それこそ世界各地に存在する。ジョン・スミスとマイク・ビーンズはRランクのキャラクターであり、確か設定上、ヒロインの隠れ里に暮らす者たちだったはずだ。例によってRランクだからクソ弱いのだが、ゲームの設定上ではヒロインの里に身を寄せる凄腕の戦士という設定だったはず。
(凄腕の戦士……)
つい先ほど、ルシアを見てゲームの設定が現実に影響を与えているのではないかと思ったばかりだ。それに【歴戦のホブゴブリン】は本当に歴戦の戦闘経験を持っていた。
だとするならば、こいつらも「凄腕の戦士」という設定が現実化していてもおかしくないのでは?
そして、もしもそうならば、そんな凄腕の戦士二人を三人掛かりとはいえ、殺すほどの力を黒ローブたちは持っていた、ということになる。
確証はない。何の確証もないのだが……どんどんとゲームと現実とが乖離しているような気がする。
(おいおい、ちょっと待てよ)
大広間の先に視線を向ける。
ヒロインの隠れ里にはガチャで排出されるキャラクター(多くはRランクかSRランク)が何十人も暮らしていて、こいつらもその一員だったはずである。
そんな、隠れ里で暮らしているような奴らが、なぜここで死んでいるのか。加えて、おそらくだがジョンたちと殺し合っていたらしき黒いローブの者たちは、何者なのか。なぜ身分証の一つも持っていないのか。
『万魔殿』でこんなイベントが起こるなど聞いたこともない。
だが、両者がどのような存在か薄々勘づいている俺からすると、これは無視できない状況だった。
ジョンたちがここにいて、敵対しているらしい黒ローブの男たちもいる。となれば、もしかしたらだが、ヒロインもここに来ている可能性があった。
それは突飛な想像ではない。ヒロインと同じ里で暮らしている者がヒロインの護衛につく。十分にありえる話だ。
「ルシア、まだこいつらの仲間がいるかもしれない。探すぞ」
「わかりました!」
俺のいきなりの決定にもルシアは異を唱えることなく、ただ真剣な表情で頷いた。
もしかしたら、怪しげな黒いローブを着ている男たちの姿に、薄々感じていることがあったのかもしれない。
ともかく、俺たちは先へ急ぐことにした。
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