【32】ヒロイン不在
本日二話目につき、読み飛ばしにご注意ください。
コフウ遺跡にて、二つの人影が互いに剣を交えていた。
「――シャァアアアッ!!」
「ハッ、オーラスラッシュ!」
ラウンドシールドと曲刀を左右に構えたリザードマン。それに相対するはルシア。
リザードマンは闘技場の主ではなく、コフウ遺跡にポップする通常のモンスターだ。
戦いの推移は一方的で、焦燥に駆られたような敵に対してルシアは油断のない瞳を向けながらも、呼吸一つ乱してはいない。
何度かの攻防を経て、ルシアはリザードマンの素早い攻撃にパリィを合わせ、怯ませたところに悠々とスキルを叩き込んだ。
アクションスキル――【オーラスラッシュ】
太陽のような光が長剣を覆うと、巨大な光の剣のエフェクトとなる。ルシアがそれをリザードマンに叩き込むと、それで勝負は決まった。
光の剣に両断されたリザードマンの体が、無数の光の粒と化して魔力に還元されていく。
終始危うげない戦いであった。俺は残心を解いたルシアに近づき、声をかける。
「だいぶ安定して倒せるようになったな」
「さっすがルシアね!」
「えへへ、ヴァンさんのお陰です」
照れたようにはにかむルシア。
お世辞ではなく、コフウ遺跡に出現する魔物相手ならば、もはや敵ではないだろう。
遺跡の奥にある古代闘技場へ向かう道すがら、魔物の相手をルシアに任せてみたのだが、レベルが上がったというだけでなく俺の予想以上に強くなっていた。
元々養父であるクロードから剣術を教わっていたためか、戦いのコツを掴むのが上手いのだ。
「さて、じゃあこのまま進むぞ」
「はい! ……ところで、何処を目指してるんですか?」
「この道の先にある、古代闘技場遺跡だ」
「闘技場、ですか?」
「そこに何があるのよ?」
ルシアとベルが不思議そうに首を傾げるが、これには少し答えづらい。
何があるか――というか、何もありはしないのだ。
先日、コフウ遺跡のボスである「古代闘技場の主」も倒してしまったばかりだから、まだリポップしていないだろう。現実であるこの世界では、一度倒した魔物が新たに出現するのも時間が掛かる。主のようなボスであれば、1~2週間は再出現しないはずだ。
ゆえに、今は何もいないし、何もない。
だが、そうなるとなぜそんな場所に向かうのか、ということになる。それは非常に説明しづらかった。
「闘技場にはボスが出現する。そいつに用があってな」
なので、俺はそう誤魔化した。
俺が「古代闘技場の主」を倒したばかりだということは、ルシアたちに説明していない。だから現在、主が出現しないことは言わなければルシアたちには分からないのだ。
「そうなんですか」
「ふーん。何か良い物でも落とすのかしら?」
「まあな」
実際、ルシアたちも特に疑問には思わないようだった。
ともかく、俺たちは道中の魔物に手こずることもなく、古代闘技場へ向かった。
そして、程なくして闘技場に到着する。
「ここが、闘技場ですか?」
「そうだ。中に入るぞ」
石造りの巨大な建造物――闘技場の中へと侵入していく。
以前と同じように観客席ではなく円形闘技場へと進み、広い空間に出た。
念のために闘技場の中央まで進んでみるが、誰もいないし、主が出現する様子もない。
「ここにボスがいるんですか?」
「何もいないわよ? すっごい静かだし」
「……誰かがボスを倒したばかりなのかもな」
分かり切っていることを、さも予想外だとばかりに答えながら、俺はしばらくの間、油断なく周囲を見渡していた。
ルシアたちは大人しく待ってくれているが、本当に何も起こる気配さえない。
(どうなってんだ)
俺は決して少なくない動揺を覚えながらも、それを面には出さないように必死だった。
本来ならば、ゲームならば、ここに主人公が初めて来た時にヒロインとの邂逅イベントが起こるはずなのだ。
主人公を捜して隠れ里を出てきたヒロインが、しかし敵側の刺客によって追い詰められるのが、ここだ。そして偶々ここを訪れた主人公が、襲われているヒロインを見つけて助けに入る。
実際には偶々ではなく、ヒロインはここで主人公と出会うと「知って」いたわけだが。
「ヴァンさん? どうしましょうか?」
「まさか次にボスが出現するまで待つつもり?」
どれほどの時間、考え込んでいたのだろうか。
流石に痺れを切らしたルシアたちが問うてくる。
「あ、ああ……そうだな」
俺は頷き、決断した。
まさか何時訪れるかも分からないヒロインを、ここでずっと待っているわけにもいかない。
現実であることで、何かがゲームのストーリーとは違ってしまっているのだとしたら、俺にはどうすることもできないのだ。
ヒロインをこちらから捜しに行くというわけにもいかない。ヒロインたちが暮らしている隠れ里の場所は知っているが、そこにいるとも限らないし、そうでなかった場合、厄介なことになるかもしれない。
それに、ヒロインと出会うイベントがまだ時間的に始まっていない――つまり、単に先の出来事である、という可能性もある。
(強化素材を取りに行くのを優先するか……)
今のところ、俺にできるのはそれしかないだろう。
「仕方ない。このまま目的地に向かうか」
「良いんですか?」
「ああ、ボスがいないんじゃどうしようもないからな」
俺はルシアにそう言って、コフウ遺跡を後にすることにした。
ゲームの通りにストーリーが進まないことに、内心ではかなりの不安を抱えていたが。
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