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【29】スティールの使い方


 王都から小一時間ばかり歩いた場所にあるダンジョン『魂の修練場』


 その地上階層である小さな町の遺跡へと、俺たちはやって来ていた。


 俺たち以外に人気の全くない静かな遺跡内で立ち止まり、俺はルシアと向かい合う。


「さて、分かってると思うが、今のルシアじゃあレイスを倒すことはできない」


「えっと、属性武器がないから、ですよね?」


「そうだ。そして地下遺跡に出現する魔物なら単なる物理攻撃も一応は利くんだが、物理耐性が高いからろくなダメージは与えられない上、レイスよりもずっと強い。だから地下の魔物と戦うのも今は避けた方が良い」


「はい」


「だから今日は、ルシアには地上でレイスと戦ってもらう」


「え?」


 俺の言葉に、ルシアは戸惑ったように目を見開き、ベルがさっそく文句を口にした。


「どういうことよ? ルシアにはレイスを倒せないって、アンタが自分で言ったばかりじゃない!」


「倒す必要はない」


 と、俺は説明する。


「ルシアには今日中にレベルを最大まで上げてもらうが……そのための魂石は俺が地下から取ってくる。その間ルシアには、ここでレイス相手にパリィの練習をしていてもらう」


 ルシアがこれまで主に練習していたのは、ステップによる回避とカウンターアタックだった。


 だが、パリィの技術はこの先でも重要になってくる。カウンターアタックは発動は速いがダメージ的には多くもないし、レベルの高い魔物は当然のようにこちらの攻撃を無視して反撃してくる。


 対してパリィには敵の体勢を崩して隙を作る効果があり、アクションスキルやスペシャルスキルの発動に繋げ易いのだ。


 強敵相手に多くのダメージを与えるなら、回避からのカウンターアタックよりも、パリィから確実にスキルを叩き込んだ方が良い。そのためにもパリィは重要だった。


「でも、何か悪いです。ボクに使う魂石なのに、ヴァンさんだけに取ってきてもらうのは……」


「あら、いーじゃない。男に貢がせるのも女の甲斐性ってもんよ、ルシア」


 ルシアが気まずそうに言うのに、俺は首を振る。ちなみにベルの戯れ言は無視だ。ルシアに変な事を教えないでほしい。


「地下について来ても、ルシアにすることはない。なら、その間の時間を無駄にするのも勿体ないしな。大人しく地上でレイス相手にパリィの練習をしとけ」


 今のルシアならば、たとえレイスに攻撃を喰らったところで10発くらいは余裕で耐えるだろう。それに【再生のスティグマ】もあるし、危険は少ないはずだ。何より――、


「レイスは移動が遅い。危険になったら慌てず走って逃げればどうとでもなるからな」


 ルシアのステータスは俺のように敏捷特化ではないが、今のレベルであればレイスから逃げるくらいは容易だろう。余程パニックにならない限り、倒すこともできないが危険でもない相手だ。


「ふむ、だが、そうだな……」


「どうかしたんですか?」


 とはいえ、万が一ということもある。


 目を離した隙に何かあったら困るどころではない。


 ここは駄目押ししておくべきか。そう判断すると、俺は右手に嵌めていた指輪を外し、ルシアに差し出した。


「えっと……これは、指輪、ですか?」


「そうだ。指輪型のマジックアイテムだな」


 なぜか顔を赤くするルシアに、俺は真剣な表情で頷いた。


 マジックアイテムというか、アクセサリー、つまりは装備なのだが、この世界では特別な効果が付いたアクセサリーはマジックアイテムと呼んでいるようだ。


「全ソウルの30%を消費して、一度だけ致命傷を防ぐバリアを張ることができるアイテムだ。しばらくの間、これも貸してやる」


「ああ、そういう事ですか……」


「アンタ、ほんとに空気読まないわね」


 ルシアが肩を落とし、ベルがジト目を向けてくる。


 いったい何が不満だというのか。今の時点ではかなり使える装備なのに。


「それがあれば万が一のこともないだろ。じゃあ、そういうわけで行ってくる」


「はい、行ってらっしゃい、ヴァンさん。お気をつけて」


「ああ、たぶんそう時間は掛からないと思うがな」


 そう告げて、俺はルシアたちに背を向けた。


 向かうは遺跡の中心にある神殿廃墟。そこから階段を降りた先にある『魂の修練場』地下一階だ。


 ●◯●


 石造りの階段を降りると途端に肌寒くなる。


 地下は湿気っていて、埃と黴の臭いがした。


 アイテム袋から魔法のランタンを取り出し灯りを点けると、石造りの廊下が浮かび上がる。耳に痛いほどの静寂で、相変わらずファンタジーというよりもホラーアクションでもしているようなダンジョンだ。


「……」


 どこまでも続くような長い廊下を歩いていく。


 小さな町の廃墟の下にあるには、明らかにそぐわない規模の広大な地下空間。これもここがダンジョン化しているがゆえだろう。


 油断はできない。慎重に歩を進めていくことしばらく、ランタンの灯りの向こう、闇に沈んだ廊下の奥から、湿った音が響いてきた。


「――ッ!?」


 ビビクンッ、と体が震える。


 音はずちゃり、ずちゃり、と湿った何かが歩くような、緩慢で規則的な音だ。


 程なくして、立ち止まった俺の方へと近づいて来た物音の主が、暗闇の中から姿を現した。


「ヴァアアアァ……」


 二足歩行の人型の魔物。


 腐敗して変色し、爛れた皮膚と、その下から筋繊維や骨を覗かせる動く屍。グールだ。


『魂の修練場』地下一階に出現する魔物は、グールとスケルトンなのである。


 いやだがしかし。


「ぅわ、マジでただのホラーじゃん……」


 ゲームではある程度デフォルメされていたグールの姿は、ゲームとは違って高精細な解像度だ。おまけにむわりと腐臭すら漂って来る。あまりのリアルさに、俺はドン引きしていた。


 だが、ここで狼狽えているわけにもいかない。


 グールは通常攻撃に麻痺と毒の状態異常を乗せてくる厄介な魔物だ。おまけに攻撃力が高く、物理防御力も高い。仮に麻痺すれば、Rキャラごときは最大強化していても何度かの攻撃で倒されるくらいのダメージを与えて来るのだ。


 しかし、それは麻痺すれば、の話でもある。


 レベルを上げるまでは一撃で殺される可能性もあったので、危なすぎてここには来なかったが、今ならば間違って攻撃を喰らってしまっても、数発は耐えることができるだろう。


 加えて一応は物理攻撃が有効なので、今の俺ならば倒せないこともない。だが、相応に時間が掛かることは避けられないため、まともに戦うつもりはなかった。


 レイスと同じだ。欲しいものだけ貰えば良い。


「やるしかないか……!」


 あの腐った体の中に今から手を突っ込むのかと思うとSAN値がガリガリと削られていく思いだが、グールは魔力で具現化しているだけの魔物である。きっと病気とかにはならないはずだ、たぶん、きっと、メイビー。


 俺はランタンを左手に提げたまま、腰を落として構えた。


 そして次の瞬間には走り出す。


 苦戦する要因はない。


 なぜなら、レイスと同様、基本的にアンデッド系の魔物は動きが遅いのだから。


「ヴァアアアァア!!」


 黒ずんだ爪で引っ掻くように振るわれた腕を掻い潜り、グールの懐に潜り込む。


 アクションスキル――【スティール】


 右手をグールの体――その心臓部分へと正確に突き出した。右手は何の抵抗もなくグールの体内に潜り込み、だが、俺はすぐに手を引き抜く。


 そのままグールの横を背後へ向かって走り抜け、グールが追って来れなくなる距離まで離脱した。


 十分に距離を取った後に立ち止まり、暗い地下遺跡の中でグールやスケルトンの気配が周囲にないことを確認する。そして握りしめた右手の中を確かめた。


「……やっぱりか」


 右手の中には薄青い結晶体――魂石・中が収まっていた。


 一度でのスティール成功。普通ドロップの成功率は70%だから一度で成功しても何らおかしくはないが、【歴戦のホブゴブリン】から「牙骨槍ビーストスピア」を盗んだ時のことを考えれば、きちんと【スティール】を発動させる場所を選んだ方が成功率は高いのだと思われる。


 逆に思い返してみれば、それ以前まではレイス相手の【スティール】でさえ、些か成功確率が低かったのも事実だ。


 そうして過去を振り返ってみれば、魂石は魔物の心臓部分にスティールを掛けた時に盗めたことが多かったような気がするのである。


 もちろん今回の経験だけで確信を抱くには根拠が薄弱だ。


 だが、何となくこれが正解だという予感というか、手応えがあった。


 そして、それを確かめるのは簡単である。


「良し、次々行くか」


 俺は手に入れた魂石をアイテム袋へ仕舞うと、再び遺跡の奥へ向かって歩き出した。


 そうして出会う端からグールやスケルトンにスティールを発動していく。狙うは等しく心臓部。


 結果として――スティールは全て一度で成功し、俺は必要な魂石をたった二時間足らずで集め終えるのだった。



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