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【26】ルシア強化


 ルシアの胸部にある柔らかな膨らみ。


 男にはないその存在に、俺は思わず硬直してしまった。


 ここに至って考えられる可能性はただ一つ。ルシアは女だったのだ。


 そう思ってルシアを見てみれば、今までなぜ気づかなかったのかというくらい、全てが女だ。童顔ながら王子様然として整った顔立ちは女顔そのものだし、肌目細かで滑らかそうな肌も男のものとは質感が異なっている。服に隠されていた肩、腹部から腰、太ももにかけてのラインは丸みを帯びて、骨格からして女性そのものではないか。


 女だと分かって見てみれば、どう見ても女にしか見えない。例え色気のない男っぽい服装であったとしても、もはや見間違うことなどないだろう。


 だというのに、なぜ気づかなかったのか?


 ――いやだって髪型が違うのだ。


 ソルオバでは男主人公と女主人公が選択できる。その身長や顔立ちはほぼほぼ同じで、違いと言ったら服装やキャラクターボイス、そして何より髪型だ。


 ルシアの服装は男の物だったし、何より髪型が男主人公と同じだったのである。女主人公は長髪で、いつも頭の後ろで髪を結び、いわゆるポニーテールにしていた。


 その印象が強く残っていたから――というよりは、まさか女主人公が髪型と服装を変えているなど、夢にも思わなかったのだ。だってゲームでは覚醒した後や、ガチャ産の別スキンを手に入れなければ外見に変化などないし、そもそも髪型はいずれであっても変わらなかったのだから。


 それに声にしたって、男主人公は少年で高い声をしていたし、基本的に喋らないのだから戦闘時の気合いの声しか聞いたことがなかったのだ。男主人公のCVを担当していたのも女性声優だったし。


 ゆえに、俺が勘違いしてしまったのも仕方ないのではなかろうか?


 しかし。


 見た目が変わらないのはゲームだから、とも言える。だが現実ならば様々な理由で髪型も服装も変わるだろう。そんな当たり前のことに気づかなかったのは、やはりルシアを「主人公」として見ていたからだろう。


 それは俺の過ちだ。俺が悪い。


 だが、聞かずにはおれなかった。


「な、なぜ、髪を短くしてるんだ……?」


 せめて髪型が同じだったら絶対に気づいていたのに、と。


「えっと……髪、ですか? あの、冒険者をするのに長い髪をしているのは邪魔だと思って、短くしたんです」


「ふ、服装は? 女物の服装だって今まで一度も見たことがないぞ」


「やっぱり、その、女の身で一人で冒険者をしているのは、色々と危ないこともありますから……髪も短くしたし、男装してたんです。自分のことをボクって言ってたのも、同じ理由ですね」


「そう、だったのか……」


 考えてみれば、それは単純な理由だった。むしろ危険を避けるために男装していたというのは、外見を変える理由としては明確な目的がある分、しっかりしている、とも言える。何だったら「何となく気分で変えていました」ということだってあり得たのだから。


「でも、やっぱりヴァンさんって」


 動揺する俺を相変わらず恥ずかしそうに頬を染めたまま見上げて、ルシアが口を開く。


「な、なんだ?」


「今までボクのこと、男だと思ってたんですね」


「そっ、それは……だな。いやだって、男装してたんだろ?」


 だったら男だと思っていてもおかしくないだろう。


 そう言う俺に、しかしルシアはどこか責めるような感情を湛えて、


「確かに男装はしてましたけど……皆さん、結構ボクのこと女だってすぐに気づいていたんですけどね。ミランダさんとか」


 と言う。


 まるで俺だけが鈍感なような言い草だが、思い返してみればそうだったのかもしれない。ミランダのことは良く分からないが、冒険者ギルドで俺に冷たい言葉を囁いていたお姉さん方とか、あれはルシアが女だと気づいていたからなのか。何も俺のことをホモの鬼畜野郎だと思っていたわけではなかったのだ。


「すまん……」


 俺は素直に謝った。


 非を認める以外にできることなどない。それが賢明な判断というものだ。


「いえ、それはまあ、ボクも男装してましたから。責めてるわけではないんです」


「そうか……」


「はい」


「……」


「……」


「……」


「……あの、ずっと見つめられてると、さすがに恥ずかしいんですが」


「!?」


 そういえばルシアはずっと上半身裸だった。


 それを至近距離からじっと見つめる男。誰かに見られたら言い訳できない状況だ。


「すまん! 背中を向けてくれ!」


 俺はルシアの肌から目を背けると、そう言った。


 ●◯●


「これから【再生のスティグマ】をお前に刻む。と言っても、痛みはないから心配するな」


「はい」


 勘違いから少しだけ腹を割って話せたのが良かったのだろうか。こちらに背中を向けたルシアが、程よく緊張が抜けた様子で頷いた。


 俺はそんなルシアの背中――肩甲骨と肩甲骨の間にある背骨……というか、心臓の裏側に【スティグマ結晶】を押し当てた。


「んっ」


 結晶が当たって冷たかったのか、少しだけルシアが震える。


「いくぞ」


 俺はそう告げて、【スティグマ結晶】に少しだけソウルを流し込んで、「刻印」と念じた。


 瞬間、結晶は光を放ち、実体を失って無数の光の粒子と化す。光はルシアの背中に吸収されていき、しばらく燐光を残すと、十秒ほどでそれも消え去った。


 後には滑らかな肌にタトゥーのように刻まれた「スティグマ」が浮かび上がっていた。「再生」の象徴である太陽を意匠化したような紋様だ。


「終わったぞ。服を着てくれ」


「はい……ありがとうございます」


 俺はルシアが服を着るのを見ないように背中を向ける。背後でルシアがゴソゴソと服を着ていくのが分かった。


 その間、これからどうするべきかと考える。


 スティグマの刻印は終わった。これでルシアには「再生」のパッシブスキルが装着された。


 ここ最近教えていた回避とカウンターアタックと合わせて、ルシアも大分強化されたはずだが、強化するべき項目はまだまだ山のように残っている。


 最終目標は覚醒イベントを経てルシアをSSRにした上で、各項目を最大強化することだが――今の俺たちでは覚醒イベントを乗り越えることなどできないだろう。


 そうなると、まずはRランクとしての強化をしていくしかない。


 そして最初に強化するべき項目は、全てのキャラで同様だ。


 すなわちレベルである。


「あの、ヴァンさん、もうこっちを向いて大丈夫ですよ」


「ああ」


 ルシアの着替えが終わったようだ。


 俺は平然とした調子で頷き、振り向く。


 そして顔面に衝撃を受けた。


「ゴハッ!?」


「コルァアー!! この鬼畜! 変態ッ! ルシアに変なことしたら許さないって言ったでしょー!!」


 ベルである。


 布の拘束から解放されたらしいベルが、俺の顔面に高速の頭突きをかましてきたのだ。


「変なことなんてしてねぇわ!」


 俺を何だと思っているのか。そもそも女だって知らなかったし! これが理不尽な叱責だと思うのは、俺の心が狭量なせいなのか?


 ベルは一頻り暴れまわって怒りを発散すると、ふうふうと荒くなった息を整えて、「ふんっ」と両腕を組んだ。


「どうやら一線は越えてなかったみたいね! 今回は特別に許してあげるわ!」


 頭突きをかました奴のセリフではなかった。


 そもそも一線どころか、実際には指一本触れてないぞ、いやマジで。


 まあ、ベルから理不尽な暴行を受けたことは許しがたいが、ルシアと変に気まずい雰囲気にならなかったのは助かったか。


 俺はため息を吐きつつも、アイテム袋から二つの石――薄青い結晶体を取り出して、それをルシアに渡すように差し出した。


 ルシアは戸惑いながらも受け取って、首を傾げる。


「あの、これは?」


「それは魂石・中と魂石・大だ。今の俺には使えんから、ルシアが使え」


「古代闘技場の主」と【歴戦のホブゴブリン】から盗んだ魂石だった。


 レベル最大にするには足りないだろうが、二つで40レベルは超えるはずだ。そして40レベルになれば、【スペシャルスキル】を覚える。


「……良いんですか? 売れば高いと思いますけど」


 遠慮気味に問うルシアに、俺は気にすることなく頷いた。


 この世界、どうやらゲームとは違って魂石は売買の対象らしく、貴族などの特権階級に高く売ることができるのだ。それも考えてみれば当たり前で、苦労することなくレベルを上げることができるのだから、売れないわけがないのだろう。


 なので魂石の中と大ともなればそれなりの値段で売れるだろうが、多少の金を得ることよりも、ルシアを強化することの方が大事だった。


「言ったろ、お前を強くしてやるって。それに楽ができるのは今日までだ。明日からは今まで以上に忙しくなるぞ。途中で泣き言なんか言うなよ?」


 厳めしい口調を作りそう聞いてみれば、ルシアは覚悟を決めたような顔で頷いた。


「――はい! お願いします!」



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