【25】スティグマ
「――ルシア、服を脱げ」
「へえぇ?」
「はあああッ!? ああアンタいきなり何言うのよ!?」
俺がルシアに服を脱げと言った瞬間、ルシアは呆然とし、ベルは慌てふためいているのか怒っているのか、良く分からない反応をした。
「ああ、すまん。説明が足りなかったな」
二人に俺は謝罪する。
確かにいきなり服を脱げと言われても、何の事か分からないだろう。
ここは詳しく説明するべきか。
そう思って、右手に握った結晶を見せる。
「これが何か、分かるか?」
「い、いえ。何ですか、それ?」
ルシアが戸惑ったように首を横に振った。どうやら知らないようだ。
「こいつは【歴戦のホブゴブリン】を倒した時にドロップした結晶だ」
「ドロップアイテム、ということですか?」
「そうだが、普通のドロップアイテムとは少し違う。特殊なアイテムだ」
「?」
「はあ? 何よそれ?」
ますます不思議そうな顔をするルシアたちに、俺は詳しく説明した。
まず、この結晶の名前だが。
「この結晶は【スティグマ結晶】という名前のアイテムだ」
【スティグマ結晶】というのは特殊なドロップアイテムで、特定のダンジョンボス、または世界中のフィールドやダンジョンにランダムで出現するワンダリング・エネミーを倒した時にしかドロップしない。
おまけに単なるドロップアイテムとは違って、これは【スティール】で盗むことができないのだ。代わりに、相手を倒した時には必ずドロップするのだが。
この特定のダンジョンとは『深淵の混沌迷宮』と呼ばれる超高難易度ダンジョンで、今の俺たちがクリアするのは逆立ちしても不可能だ。道中の雑魚敵でさえ、一匹だって倒せないだろう。
ならば実質的に、手に入れる方法はワンダリング・エネミーしか存在しない。だが、ワンダリング・エネミーは【歴戦のホブゴブリン】が最弱ラインだし、一度倒したワンダリング・エネミーは再ポップしないのだ。
なので、【歴戦のホブゴブリン】を何度も倒して【スティグマ結晶】を幾つも集める、などという事はできない。
二番目に弱いワンダリング・エネミーはウッソー森林に出現するはずだが、俺にとっては相性が悪いこともあって、まだ倒すことはできないだろう。
つまり、現時点では欲しくても手に入れることのできない、かなり貴重なアイテムとなる。
「なるほど、稀少な物なんですね」
「売ったら高く売れそうね」
まじまじと【スティグマ結晶】を覗き込む二人に、俺は頷く。ゲームでは売却不可能アイテムだったが、現実ならばオークションなどにかけて売ることもできるだろう。きっと凄まじく高価な値段が付くはずだ。だが――、
「まあ、値段は非常に高くなるだろうな。だが、金なんてのは幾ら積まれてもこいつの価値に比べれば大したことじゃない」
重要なのは、【スティグマ結晶】の持つ効果の方だ。
「いったい、これって何なんですか?」
「勿体ぶってないでさっさと言いなさいよ!」
俺は重々しく頷き、【スティグマ結晶】の真価について話す。
「【スティグマ結晶】にはそれぞれ能力が封じられていて、使用した者に対してその能力を授けることができる。つまり、パッシブスキルが一つ増える」
「えっと……それって、かなり凄いことなんじゃ……!?」
「いっぱい使ったら無敵になれるじゃない!」
ルシアたちが興奮したように目を輝かせる。
実際、【スティグマ結晶】はソルオバでもキャラクター強化という点では屈指の重要さを誇る。相性の良い【スティグマ結晶】を使用することで、そのキャラクターの戦闘能力は格段に上昇するのだ。
ただし、ベルが言ったように「いっぱい使って無敵」とはいかない。
「残念だが、【スティグマ結晶】は一人につき三つまでしか効果を発揮しない」
「スティグマ」を「装備」できるのは、一人につき三つまで。それはゲームの時の決まりでもあったが、おそらく現実でも同じだろう。
というのも、単に装備枠が三つしかなかっただけではなく、「四つ以上のスティグマは互いに干渉し合って無効化する」という設定があったはずだからだ。これはスティグマ装備が解放された時、ヒロインから説明を受けるので間違いないだろう。
「なぁんだ、三つだけなのね」
「三つでも凄いと思うよ、ベル」
残念そうにため息を吐くベルに対して、ルシアの方は「スティグマ」の有用性を理解しているようだ。俺はその通り、とばかりに深々と頷く。
「一度に効果を発揮するのは三つでも、【スティグマ結晶】は一度使ったからと言ってなくなるわけじゃない。装備のようにその時々で自由に入れ換えることができるんだ」
【スティグマ結晶】は消費アイテムじゃない。いわば装備品の一種なのだ。
「で、だ。【歴戦のホブゴブリン】から手に入れた【スティグマ結晶】には、【再生】の能力が内包されている」
「【再生】……!」
ルシアが驚愕に目を見開いた。その能力の凄さに驚いたのだろう。
【再生】とは「持続治癒」のバフよりは回復能力に劣るが、「持続治癒」とは違って時間制限がない。戦闘中――いや、現実ならば一日中効果を発揮して、少しずつ体力を回復し、怪我を癒してくれる。
実はゲームでは使えないスティグマの筆頭でもあった。回復量が少なすぎて、後半では何の役にも立たない上に、SSRのキャラならばアクションスキルやパッシブスキルに「持続治癒」や「バリア」や「自動蘇生」が付いているのが当たり前なので、【再生】は無駄に枠を一つ潰してしまうだけのものでしかなかったのだ。
だが、現実となればこれは結構使えるのではないだろうか。
少なくとも、「持続治癒」や「バリア」や「自動蘇生」ができない今のルシアにとっては、この上なく生存確率を上げてくれるスティグマだと言える。
俺はルシアにそう説明した。
「だから、これはお前が装備しろ」
ルシアは慌てて首を振った。
「だっ、ダメですよ! それはヴァンさんが手に入れた物ですし、そんなに貴重なら、なおさら受け取れません!」
「勘違いするな。やると言ってるわけじゃない。お前にとって不要になるまで貸してやると言ってるんだ」
「で、でも……!」
「良いじゃないのルシア、貰っちゃいなさいよ!」
だからやるとは言ってないんだが。
そうは思いつつ、変にルシアが遠慮したままだと埒が明かない。なので俺はさっさと話を先に進めることにした。
「ぐだぐだ煩い。俺が貸すって言ってんだ。素直に受け取っておけ。――ってなわけで、ルシア、まずは服を脱げ」
「だから何でよ!? 何で服を脱ぐ必要があるのよ!」
ベルが騒ぐのに返答する。
「何でって、素肌の上からじゃないと使えないからな」
スティグマは肉体そのものに刻むタトゥーみたいなものだ。ヴァン・ストレンジの知識には、素肌の上から使うことになるし、刻印する場所は心臓に近い位置の方が良い――ということになっている。
ちなみにゲームではいちいち服を脱ぐとか、そんな描写はなかったけどな。どうもゲームの設定が現実化すると、こうなるらしい。
「あの……全部ですか?」
ルシアが恥ずかしそうに聞いた。
その様子に、ははぁん、と俺は理解する。確かに俺も前世、子供の頃は銭湯や温泉でもすっぽんぽんになるのはちょっと恥ずかしかった。タオルをきちんと腰に巻いて、局部を隠していたもんだぜ。年を取ってからは気にするのも馬鹿らしくなったが、繊細なお年頃であるルシアが他人に裸を見られるのを恥ずかしいと思うのも理解はできる。
俺は優しく微笑み、大丈夫だと答えた。
「下まで脱ぐ必要はない。上だけで良いぞ」
「あの……は、はい」
「ルシア!? ちょっと、もう少し自分のこと大事にもがぁッ!?」
なぜか強硬に反対するベルをルシアはぐわしっと掴むと、椅子から立ち上がり、アイテム袋から取り出した布――たぶん着替えだと思うが――でぐるぐるに包み込んだ。そしてその布の塊を椅子の座面に置くと、こちらを振り返る。
「鎧を外すので、少し、待ってくれますか……?」
「ん? ああ、急がせるつもりはないぞ」
革の胸当てや籠手はベルトできつく固定されているからな。金属鎧よりはマシとはいえ、簡単に着脱できるようなものでもない。
「手伝うか?」
「いえ、大丈夫です」
念のために聞いたのだが、手伝いは必要ないようだ。
ルシアはこちらに背を向けたまま、胸当て、籠手と外していき、分厚い生地の上着を脱ぐ。その下には薄手の肌着を着込んでいたようだ。
「あ、あの……これも、脱ぐ、んですか?」
と、なぜか顔だけで振り向いて聞いてくる。頬は赤く染まり、恥ずかしがっているようだ。
たかが上半身を見せるくらいで、何をそんなに恥ずかしがることがあるのか。ルシアはずいぶんな恥ずかしがり屋のようだ。だが、服は脱いでもらわないと困る。
「ああ、脱げ」
俺は有無を言わさない調子で頷いた。
「は、はい……」
そしてルシアが肌着を脱ぎ去り、ランタンの明かりに照らされて、白くて滑らかな背筋が露になった。
それを見て、俺は違和感を覚える。
「ん? ルシア、ずいぶん細いな」
「は、はい……すみません」
「いや、謝る必要はないんだが……」
やはり細い。鍛えているはずなのに、細い体だ。筋肉が付きにくい体質なのだろうか? それに、肌が妙に綺麗だ。
スティグマは心臓の裏側――背中の肩甲骨の間に刻むつもりだったが、この際だ。少し上半身の肉の付き方を確認しておいた方が良いかもしれない。
レベルアップによる身体能力の上昇と筋肥大に関連はないと思うが、この世界でも筋肉を鍛えることが無意味というわけではないはずだから。
俺は立ち上がり、ルシアの背後に立つ。その気配を察してか、ルシアの肩がびくりと震えた。
「ルシア、こっち向け」
「……。……はい」
やがて、観念したようにルシアがこちらを向く。
首筋から頬にかけて、肌を羞恥で赤く染めたルシアは、なぜか自らの胸を手と腕で隠していた。
なぜ隠しているのか。男なら堂々としろ。微かな苛立ちと共に邪魔な腕を取り払おうと伸ばしかけた手は、しかし、明らかな異常を認識して途中で止まってしまった。
ルシアの手と腕に隠された胸部は、小ぶりながらもはっきりとした膨らみを見せていたのだ。
瞬間、俺は混乱する。
何だこれ? 胸が腫れ上っているのか? 怪我? 蜂にでも刺された? などという間抜けな想像が浮かんだのは一瞬のことだ。流石にそれが何かなど、次の瞬間には理解できた。
――――おぱっ!?
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