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【22】歴戦のホブゴブリン


「グルル……!」


【歴戦のホブゴブリン】が忌々しげに唸り、俺の構えた槍を睨みつける。自分の物と全く同じその槍を。


 与えるダメージが小さすぎてホブゴブの自然回復量を下回るなら、与えるダメージを何とかして多くするしかない。


 その答えが【スティール】で盗んだこの槍だ。


 ゲームであれば盗んだ武器を戦闘中に装備することなど不可能だったが、現実では手に持つだけで良いのだから何の問題もない。


 まだ未強化であり、強化レベルが1であるために本来の性能は発揮できないが、それでも俺が使っていたコモンランクのククリ刀とは桁違いの攻撃力を誇る。


 初期状態でククリ刀は攻撃力「13」


 対して、「牙骨槍ビーストスピア」は攻撃力「147」もあるのだ。


 それにホブゴブの体ではなく、槍自体に【スティール】をかけることで一度で盗めたのも僥倖だった。だがやはりと言うべきか、ドロップアイテムたる武器を盗んでも、ホブゴブの持っている武器が失われるわけではないようだ。


 結果として、まるで槍が二本に増えたかのような奇妙な現象が生じている。


 きっとホブゴブが死ぬまでは消えることがないのだろう。武器が消えてくれれば大いに助かったのだが、そう都合良くはいかないらしい。


 とにもかくにも、これならばホブゴブに対してもダメージが通るはずだ。


 しかし、何も問題がないわけではなかった。


 元々使っていた「双剣分類」の武器とは異なり、「槍分類」の武器では、まだ多彩なアクションスキルを使用することができないのだ。攻撃用のアクションスキルは幾つか習得してあるが、そもそも槍を使うことに慣れていない。


 それに何より、この槍の攻撃だけではホブゴブを倒し切るほどのダメージは与えられないだろう。


 だが、この問題を解決する力もまた、この骨槍は秘めている。


「まずは……」


 落ち着いて槍を中段に構え、じっと待つ。


 慣れない武器で自分から攻めれば、それは隙になる。ゆえに自分からは攻めない。


 奴の一挙手一投足を見落とさないように意識を集中する。スッと伸びるように突き出される切っ先の軌道を、横から槍を叩きつけることで逸らす。弾かれた槍を奴が引き戻すその隙に、チクリと刺すように一撃を見舞う。ダメージは軽微。


「グルアッ!!」


 横薙ぎの一撃を後方へステップして回避。頭上から叩きつけられるような一撃をステップして回避。同時にカウンターアタックで奴の胴体を強かに打ち付ける。


 とにかく依然として不利なことには変わりない。奴の攻撃をまともに喰らえば、こちらは終わりだ。


 だから回避する。回避しながらダメージにもならないような軽く、だが素早い攻撃を慎重に重ねていく。たとえ槍や盾で防御されても構わない。


 攻撃すればソウルは回復するからだ。


 そして十分にソウルが回復したところで、俺はようやくスキルを発動した。


 途端、骨槍を赤黒いオーラが包み込む。それは模倣したアクションスキルというわけではなかった。


 武器スキル――【ブラッドシール】


 武器には強化を施すことで武器スキルが宿る。ダメージ上昇などのパッシブスキルがそれだが、SSR以上の武器には、最初から固有のアクションスキルが備わっているのだ。


「牙骨槍ビーストスピア」を装備することで使えるそれは、敵に「出血」のバッドステータスを与えるというもの。「出血」は常にヒットポイントが減少していく状態異常であり、そのダメージによって奴の再生能力を相殺することが狙いだ。


「シッ――!」


 奴の一撃を回避しつつ、赤黒いオーラを宿した槍で、奴の体を突く。


 その傷は浅い。だが十分だった。


 赤黒いオーラが小さな傷に宿るように現れ、菱形の紋様を奴の体表に刻んだ。その紋様の中心からは、止まることなく鮮血が少しずつ流れ続けている。


 慎重に。焦らず。確実に攻撃が当たる瞬間が訪れるのを辛抱強く待って、俺は何度も何度も奴の体に槍を突き刺した。


 威力よりもとにかく傷をつけることを優先した軽い攻撃であるゆえに、ダメージ自体はほとんどない。


「グゥウウゥウウ……!!」


 だがほんの数分後、【歴戦のホブゴブリン】の全身には、無数の紋様が浮かび上がっていた。何度も繰り返し浴びせた【ブラッドシール】の効果だ。それら全ての紋様から鮮血が流れ続け、ホブゴブはまるで赤色の雨にでも降られたかのように、いまや全身が血にまみれていた。


 出血効果の重ね掛け。


 これもゲームでは出来なかったことだ。「出血」は「出血」という一つのバッドステータスであり、この状態異常は重複しない。それがゲームでの仕様だった。


 だが、現実となれば出血する場所が一ヶ所とは限らない。


 事実、俺の狙い通りに傷の数だけ【ブラッドシール】は発動した。


 結果、ホブゴブは無数の出血ダメージだけでそのヒットポイントを減らし、失血のためか足取りもどこか覚束ない。


 しかし、それは俺も同じだった。


 慣れない槍を使ってホブゴブに幾つもの傷を刻み付ける。その行為の代償は俺にもホブゴブと同等以上の負傷を強いた。


 いまや全身あちこちに裂傷が刻まれている。流れ出た血は「出血」のバッドステータスがあるホブゴブよりはマシだが、徐々に手先に力が入りづらくなっている。何より脇腹の傷からの出血が一番多く、ズボンが大量の血を吸って肌に張り付く。


 このままではホブゴブよりも先に、俺のヒットポイントが先に尽きてしまうのは明白だった。


 唯一の幸運は、隙の少ないホブゴブに攻撃を入れる間隔が長いために、ソウルが自然回復で潤沢に残っていることだけだろう。


 スキルはまだまだ使えるが、大量のソウルを活かす機会は訪れない。何より、これ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない理由があったからだ。


「――グゥルァアアアアアアッ!!」


 突如、ホブゴブが激情に駆られたように雄叫びをあげた。


 同時、その全身から禍々しい赤黒いオーラが立ち上る。


 ――発狂。


 エネミーのヒットポイントが一定値を下回った時、ステータスの強化や行動パターンの変化が起きることをそう呼ぶが、ホブゴブに起こったのはまさにそれだった。


【歴戦のホブゴブリン】はヒットポイントが30%を下回ると、攻撃力が二倍になり、パリィやスキルによる吹き飛ばし攻撃が効かなくなる他、矢継ぎ早に特殊能力による攻撃を放って来るようになる。


「ガァッ!!」


 ホブゴブが槍を下から上へ振り上げる。その刃から放たれた赤黒いオーラの斬撃が、波のように地面を伝って迫り来る。


 それを右へステップして回避。だがその時には立て続けに一文字に振られた槍の先から、横一線の斬撃が飛翔していた。


 左右後方、どこへステップしても回避は不可能だ。だから俺は――、


「シッ!」


 アクションスキル――【オーラスラスト】


 突き出した槍の先から青白いオーラがドリルのように前方へ飛翔し、ホブゴブの斬撃を相殺した。


 瞬間、俺は前へ飛び出す。


 あと一撃。


 たった一撃だけで勝負は決まるのだ。


 たとえ刺し違えることになっても、必ず倒す。


 そんな必勝の決意を秘めてホブゴブへ向かって突進する。左手を通して握る槍へとソウルを流し込んでいく。ただこの一撃を奴に喰らわせることしか考えない。


 それゆえに無防備な俺に対して、ホブゴブはニヤリと嗤って、赤黒いオーラに包まれた槍を突き出した。この期に及んで微塵の油断もない鋭い動作で。


「――ヴァンさんッ!?」


 直前、ルシアの悲痛な叫び声が聞こえた。だが、もはや俺もホブゴブの槍も止まることはない。


 最初に槍の切っ先が届いたのはホブゴブの方だった。鋭い槍の先端が、俺の胸部、その胸の中心を確かに捉えて、


 ――パキィイインッ!!


 と、涼やかな音と共に弾かれた。


 それと同時に、右手を通して流し込んでいた大量のソウルが消失する。


 何にソウルを流し込んでいたのか?


 左手からは槍へ。右手からは「古代闘技場の主」から奪った指輪へ。


【障壁の指輪】――「効果:着用者が戦闘不能となる攻撃ダメージを、全ソウルの30%を消費して一度だけ弾く障壁を生み出す。戦闘中一度だけ使用可能」


 指輪の能力によって生み出された障壁がホブゴブの一撃を弾き、それで生まれた好機に、俺は深く深く前へ踏み込んで、槍を突き出した。


 アクションスキル――【紅散華】


 ホブゴブの体に突き立った槍から、大量のソウルが流れ込んでいく。それらは奴の体内で荒れ狂うように渦巻き充満し、やがて「出口」へ向かって殺到した。


 その「出口」とは、体に刻まれた無数の傷だ。


【紅散華】――「効果:通常攻撃比500%ダメージ。50%の確率で敵を出血状態にする。すでに敵が出血状態の場合、さらに二倍のダメージを与える」


 極めて単純な槍のアクションスキルだ。だが本来ならば、ゲームの仕様通りならば、これでもまだホブゴブのヒットポイントを削り切ることはできないはずだった。


 しかし、現実となったこの世界では「出血」は重ね掛け可能なのだ。だとするならば――と、俺の推測を肯定するように、


「グギャァアアアアアッ!!?」


 直後、奴の全身に刻まれた「出血」の刻印から、大量の鮮血が一気に噴き出した。


 その出血量は明らかに致死量を超えている。


 びちゃびちゃと地面へ流れ落ちる大量の鮮血は、落ちた先から光の粒子へと変じていき、


「グ、ガ……」


【歴戦のホブゴブリン】も地面に膝をつき、その肉体を身に纏っている装備ごと魔力へと還元していった。


 後には拳大の結晶が一つだけ残されていた。



今日はニャンダフルな日なので、もう一話更新します。

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