【21】勝利への道筋
「グゥウウウウ……!」
(現実だとこうなるわけか……)
【歴戦のホブゴブリン】と睨み合い、対峙する。奴は俺を警戒するように動かないが、それが奇襲の一撃で怯んでのことではないと、すぐに分かった。
まず一つ。
【歴戦のホブゴブリン】には再生能力がある。SSRキャラの多くが備える「持続治癒」のバフよりは回復速度に劣るが、代わりに「持続治癒」のような効果時間というものがない。
つまり、奴は戦闘中、常に一定量のヒットポイントを回復し続ける。
このことが、奴の討伐難易度を非常に高くしていた。
先ほどの【アサシンエッジ】による奇襲は、間違いなく奴にダメージを与えていた。ゲーム的に言えば、手応えからして3%ほどのダメージは与えられただろう。
【アサシンエッジ】でそれだけのダメージが与えられるなら、非常に困難ではあるがヒット&アウェイでダメージを積み重ね、奴を倒すことも可能であるはずだ。――そう、奴が回復しなければ。
要するに【歴戦のホブゴブリン】を倒すには奴の再生能力を上回るダメージ量がなければ話にならないのだ。
――それがない。
というのが、今の状況が最悪である理由。
そして更にもう一つ。
「グゥル……」
(コイツ……理解して時間稼ぎしやがったのか)
油断なく構えて睨み合う時間。わずか数十秒に過ぎないこの時間で、俺の奇襲によるダメージは無に還った。
首の後ろを切り裂いた傷が、奴の再生能力によって治癒してしまったのだ。
目の前のホブゴブは首の後ろの傷を、その痛みやダメージを軽視しなかった。それゆえにわずかな時間を稼ぐことで癒すのを優先した。普通なら、激昂して襲いかかってきても良いのに、だ。
そんな行動など、ゲームでは決して取らなかった。
当然だ。ゲームでは「出血」や「ペイン」などの状態異常が実装されてはいても、それを感覚として感じることなどないのだから。それらが実際に行動を制限することはないし、自らのダメージを気にして回復を優先するようなAIは組まれていなかった。
だが現実では違う。負傷は行動を制限する。それを嫌い、槍の先で俺を牽制するように距離を詰めさせないホブゴブは、対峙しているだけで実力を窺わせるような揺るぎない構えを崩さない。
まるで巌のような、とでも表現したくなるほどの圧力を感じる。
つまり一番最悪なのが、思考や技術といった部分で「歴戦の」という背景設定が現実化していることだ。
【歴戦のホブゴブリン】は、まさにその名に相応しい歴戦の経験をその身に宿していることになる。おそらくは、ゲームとのこの違いが凄まじく大きい。もしかしたらゲームよりも現実の方が遥かに強い可能性があった。
そこまで思い至って、ますます勝機が遠退くのを感じる。
だが、逃げるという選択肢はない。
俺が逃げれば主人公が死ぬ。主人公が死ねば世界が終わる。
断じて、そんな理由ではなかった。
(くそったれめ……だから関り合いになりたくなかったんだよ、ヴァン・ストレンジ)
お人好しなツンデレであるヴァン・ストレンジの性格が影響しているのは間違いがないだろう。だが、前世の「俺」にとっても、それは同じだ。
実際に接して交流していく内に、どうしても情は芽生えてしまう。それが屈託なく自らを慕う相手となれば、尚更だ。
主人公であるという以上に、ただルシアだから死なせたくない。
そう思ってしまったから、逃げるという選択肢は存在しないのだ。
「グルル……!」
全てのダメージが癒えて、ホブゴブが喉の奥で嗤う。
対する俺も、すでに覚悟は決めていた。
(大丈夫だ……勝機はある。ここは現実だ。ゲームじゃない)
ゲームでならば、確実に詰んでいた。
だが、ここはゲームじゃない。他人のスキルを模倣できるように、ゲームでは不可能だったことでさえ、実現できることがある。
ならば後は、それを実行できるか否かだ。
対峙している間、俺も何もしなかったわけではない。左手を前に半身に構えて、体の陰に隠した右手で、アイテム袋の中から取り出したアクセサリーを何とか片手で装備した。
「古代闘技場の主」から手に入れた、指輪型のアクセサリー。
状況を覆すほどの強力な力は秘めていない。飽くまでも「序盤」では優秀な能力を持つ、というだけの物。
「ふぅー……」
息を吐き出し、肚を括り――俺は両方のククリ刀をアイテム袋の中に仕舞った。
「グル?」
突然に無手となった俺に疑問を抱いたように首を傾げつつも、ホブゴブの決断は速やかだった。
摺り足で前進。それからほとんど予備動作のない突きを放つ。
牽制の一撃。だが、だからこそ素早く避け難いそれを、予期していたから回避することができた。
ステップで右斜め前方へ跳躍。着地と同時に疾走。接近する俺に槍を引き戻しながら自らも後退するホブゴブへ、敏捷だけは高いパラメーターを利用して懐へ潜り込み、手を伸ばした。
アクションスキル――【スティール】
ホブゴブの体に潜り込んだ手を引き抜き、奴の薙ぎ払いをステップで回避する。
結果は失敗。
「グルァアアアッ!!」
そして【スティール】はアクションスキルなだけはあって、敵のヘイトを稼ぎやすいようだ。
体の中に手を入れられれば、そりゃあ不快感も感じるだろうしな。
激怒したように雄叫びをあげるホブゴブだが、さすがというべきか無策で襲いかかって来るようなことはない。
「さて……何回目で成功するか……」
背筋がじっとりと冷や汗で濡れる。
ゲームの時とはホブゴブの攻撃モーションが異なっている。そう何度も続けて回避し続けられるかは微妙だ。幸いなのは敏捷の高さが動体視力にも影響を及ぼしているのか、ホブゴブの動きがはっきりと視認できていることだが。
「グガッ!」
奴が動く。
突き。薙ぎ払い。連続突き。かと思ったら蹴り。そして距離を取れば槍を回し石突きで跳ね上げた土をこちらに飛ばしての目潰し。足払い。ゲームでは出来るはずもなかった多彩な攻撃を紙一重で回避していく。
しかし、それら全てを完全に回避できたわけではない。
槍の切っ先が服を切り裂き、肌の表面を撫でては浅い裂傷を幾つも刻んでいく。
深傷でなければ、軽傷ならば、それを甘んじて受け入れる。攻撃をギリギリで回避することによって生まれるほんの僅かの余裕は、この場では何よりも貴重だ。かすり傷一つでそれが手に入るのなら安いものだ。
だが、決して受けてはならない攻撃もある。
「グルァアッ!!」
「くッ!?」
奴の槍に赤黒いエフェクトがオーラのようにまとわりつく。
それから槍を薙ぎ払えば飛ぶ斬撃が、突けばオーラの槍が伸びて離れた場所にも届く。特殊能力による遠距離攻撃。これを喰らえばダメージ以上に、厄介なバッドステータスがもたらされる。持続的にダメージを与える「出血」だ。
今も全身から少しずつ出血しているが、バッドステータスとしての「出血」が現実でどのようになるかなど、自分の体で試したくはない。
それら奴の多彩な攻撃を回避しながら、その合間合間にどうにか【スティール】を喰らわせていくが、その頻度は少ない。回避に注力しなければ攻撃をまとも喰らってしまいそうになるからだ。
そうして何分経っただろうか。
綱渡りのような攻防を続けること【スティール】12回目。ようやくの成功は、けれど俺が望んだアイテムではなかった。
「クソッ! どうなってる!?」
苛立ち、盛大に悪態を吐く。
盗めたのは魂石・大。
一番最初に盗めるのが普通ドロップなのは理解できるが、それにしたって確率が悪過ぎる!
今の俺なら普通ドロップのスティール成功確率は70%のはずだ。確率が下振れするにしても12回目でようやく成功なんておかしすぎる!
考えられるのはゲームの仕様との変化。敵の強さで確率が変わるのか、それとも別の何かが理由なのか。
(いや、まさか――場所か!?)
そして一つの推測が思い浮かんだ。
【スティール】で盗めるのは敵のドロップアイテムだけだ。その中には牙や骨もあれば敵自身が装備している武器やアクセサリーもある。特に魔力の籠った部位がドロップアイテムと化して物質化するのだが、【スティール】はそれを強制する。何とも不思議な現象だ。
だが、同時に現実的な一面もあるとするなら。
それが【スティール】の成功率に関与しているとするなら。
(試してみる価値は、あるッ!)
「グルァッ!」
見事なまでに完成度の高い突き。刃の先が視認できない速度のそれを、ホブゴブの体の動きから辛うじて予想して回避する。
ただし今度はステップじゃない。
前に出した右足を軸に体を旋回。半身となって回避する。ホブゴブの骨槍が俺の脇腹を抉り、目の裏に火花が散るような激痛が走る。
「づッ!? あああああッ!!」
だが叫び、激痛を捩じ伏せた。チャンスは刹那に等しい一瞬でしかない。
脇腹を抉りながら体の横を通りすぎる骨槍に手を伸ばす。
アクションスキル――【スティール】
「グルッ!?」
槍を掴まれることを警戒したように素早く引き戻したホブゴブの手には、相変わらず骨槍が握られている。
だが――、
「へっ、やったぞ……! これで、反撃開始だ」
俺の手にも、ホブゴブの物と寸分違わず同じ槍が握られていたのだ。
【歴戦のホブゴブリン】の超レアドロップにして、数少ないドロップ産SSR武器「牙骨槍ビーストスピア」が。
お読みくださりありがとうございます!




