【13】テンプレイベント
「ずいぶん買い込むんですね?」
「まあな」
王都の賑やかな市場で、俺は大量の食材を買い込んだ。
ほとんどは日持ちするイモ類が主だが、野菜や果物、それから市場とは別にパン屋でパンも買い込んでいる。
ちなみに持ち歩ける量ではないので、すべてアイテム袋の中に収納していた。
俺の買い物に付き添っているルシアが目を丸くして見ていたが、それも当然だろう。明らかに一人や二人で食べる量ではないのだから。
「全部一人で食べるつもり?」
「そんなわけないだろ」
こちらは呆れた様子のベルに、否定する。
「これは、今から行く場所に差し入れだ」
「差し入れ、ですか?」
「ああ」
と答えながら、俺たちはスラムへ向かって歩いて行く。
その道中、遅まきながらルシアたちにも目的地について説明しておくことにした。
「俺たちが向かうのは、スラムにある孤児院だ」
スラムと言っても、正確には歓楽街との境界付近、スラムの端にある孤児院だ。
この世界の宗教組織――リンネ教会が運営する孤児院なのだが、増え続ける孤児にどうしようもなくなり、今では教会本部からも半ば見放されている。元はスラムの住人たちを救済し、大勢の信者を獲得するべく建設されたのだが、スラムを救済するのは容易ではなく、金ばかり掛かる不良債権として煙たがられる始末だ。
現在はお人好しの善人神父様が、何とか教会上層部に掛け合い、雀の涙ほどの運営資金をもぎ取って孤児たちをギリギリで養っている。
他にも教会で作った聖水を売ったり(建前的には喜捨に対する返礼だが)、シスターたちが内職していたり、神父様が代筆業を営んでいたり、それこそ信者たちからの喜捨もあるが、孤児院の運営は常に火の車だろう。
――というような事情を、ルシアに説明した。
「……もしかしてヴァンさんは、その孤児院の出身なんですか?」
「ん? ああ、いや、俺は違う」
確かに今の状況だと、孤児院を出て働いている俺が恩返しに食料を持参して帰省する――みたいに見えるかもな。
だが、俺――ヴァン・ストレンジは孤児院の出身ではない。
スラムに行けば幾らでも溢れている、単なる浮浪児だった。
「俺はスラムの浮浪児上がりだ。孤児院で育ったわけじゃない」
「そうなんですか……あの、なら、何で孤児院に?」
ルシアは一瞬表情を暗くすると、それから気を取り直したように質問してきた。
当然の疑問ではあるが、その質問に答えるのは俺としては少し気恥ずかしい。なぜならそれは、ヴァン・ストレンジの「お人好し」で「ツンデレ」さが垣間見えるエピソードだからだ。
「あー……それは、な。……孤児院の善人神父様は、自分たちにも余裕なんかねぇっつぅのに、今でもスラムで炊き出しなんかやってんだよ。元々の教会の理念だからってな。それに孤児院で受け入れられない孤児がいることが歯痒いらしい。とんだお人好し野郎だが……俺も教会の炊き出しにはずいぶんと世話になったからな。それに盗みに失敗して捕まった時、ボコられそうになったのを助けてもらったこともある」
正確には市場で食料を盗んで店主に掴まり、ボコボコにされていたところを神父様に助けてもらったことがある。そうして殴られて死んでしまう孤児もいるのだ。加えて教会の炊き出しがなければ、たぶん餓えて死んでいた可能性も高い。
つまりヴァンにとって、善人神父様は二重の意味で命の恩人だった。だから恩を感じているし、ヴァン自身も神父様には好意的なのだが……それらを正直に説明するのは気恥ずかしかった。
なので早口で細部を誤魔化しながら説明すると、それを聞いたルシアが、くすり、と笑った。
「ヴァンさんは、その神父様のことが好きなんですね」
屈託のない調子で言われたそのセリフに、俺は――、
「――――ッ」
「ヴァンさん?」
凍りついたように立ち止まった。
そのセリフが、ソルオバにおけるヴァンの「キャラクタークエスト」で、主人公と対を成すヒロインが言うセリフだったから。
その前に俺が早口で言ったセリフが、その時のヴァン・ストレンジそのもののセリフだったから。
特に気にして喋っていたわけではない。
だが、偶然の一致、ではないのだろう。
俺は日本人としての前世を持つ「俺」でもあり、同時に「義賊ヴァン・ストレンジ」でもあるのだ。その事実からは決して逃げることはできない。
誰にともなく、そう言われたような気がした。
だから――、
「……そんなんじゃねぇよ」
俺はゲームでのヴァンが返した通りの、そのままのセリフを言った。
「誰かに借りがあるのが嫌なだけだ」
って――ツンデレか!
●◯●
我ながらツンデレが過ぎるセリフを吐いた後、しばらくして教会に辿り着いた。
ボロボロで、素人がツギハギして無理矢理修復したような教会と、その隣に建ち並ぶ孤児院。
その敷地の中に勝手知ったるとばかりに踏み込んで、孤児院の玄関に手をかける。中はすぐに広い食堂になっていて、この時間なら食堂の机を使ってシスターたちが内職を、子供たちはその手伝いか文字の勉強をしているはずだった。
俺は玄関のドアを開けながら、「いつもの」ように憎まれ口を叩きながら中へ入る。
「おう! 貧乏人ども! 生きてっか!? って――――――――あ?」
だが、食堂の様子はいつもとは違っていた。
貧しくともスラムにあって賑やかな雰囲気はなく、異様に静まり返っている。中にいる者たちは全員、俺が入った瞬間にこちらを注目した。
「ヴァ、ヴァンさん……これって……?」
俺の後に続いたルシアも、思わず狼狽えるくらいの非日常。
子供たちは部屋の隅に寄り添って集まり怯えたように震え、それを守るようにシスターたちが強ばった顔で前に立ちはだかっている。食堂に置かれていたテーブルや椅子は吹き飛ばされたように床に転がり、そうして出来た空間に四人の男たちがいた。
その内三人は知らない顔だ。
だが、そいつらの足元に転がる一人は知っている。
五十代後半くらいで白髪混じりの、この世界でなら文句なしに老人と言われる年齢の男。
この孤児院の院長を務める、善人神父様だ。
「「「ヴァン兄ちゃん!!」」」
子供たちが泣きそうな顔で俺の名を呼び、
「ヴァ、ヴァン……」
痛みを堪えながら神父様が顔を上げる。その片方は腫れ上がり、口の端から血が流れていた。
「ああん? なんだぁ、てめぇは?」
「おいコラ、今は取り込み中だ。部外者は出てけ」
「おら、さっさと失せろや」
それぞれが短剣やナイフを持った三人の男たち――見るからにチンピラ風なチンピラどもが、こちらを振り向いた。
「…………」
もしかしたらとは思っていた。
この光景も予想の中の一つにはあった。
だからその時は、颯爽とチンピラどもをぶちのめし、この場を納めてやろうと考えていた。
だが、目の前の光景を見た瞬間、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。
目の前が赤くなるほどの怒りを覚えて、俺は激情のままに叫んだ。
「てめぇら……何してやがるッ!!」
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