【12】警戒してください
「こっちに帰って来てたんですね! ゴールドゴーレムの討伐は終わったんですか?」
「ずいぶん早かったじゃない」
タタタっとルシアが駆け寄り、その横に浮かぶ妖精ベルが意外そうに言う。
どうしてルシアたちがここにいるのか――なんてことは聞かずに、俺は質問に答えた。いや、突っ込んで藪蛇になったら怖すぎるからな。
「ああ、今、帰ってきたところだ。そういうルシアたちは、何してたんだ?」
「僕たちも依頼の帰りなんです」
「ふふん! ウッソー森林でゴブリン退治の依頼をしてたのよ!」
「ほお、もうウッソー森林で活動できるようになったのか。頑張ってるな」
「えへへ、ヴァンさんのお陰です」
俺が褒めると照れ臭そうにルシアが笑った。
ファンタジー御用達の魔物であるゴブリンは、一番弱い種類でもワイルドシープよりも断然強い。さらにウッソー森林にいるゴブリンは群れで活動するから、その分だけ戦うには実力が要求される。素人や新人が決して侮って良いような魔物ではないのだが……ルシアたちの様子を見る限り、怪我もないし余力を持って討伐できたようだ。
ちなみにウッソー森林とは王都郊外、ボッカ草原の東に広がる森林地帯で、何とも鬱蒼とした木々が生い茂る森である。ボッカ草原を卒業した新人冒険者たちが、次に活動の場を移す候補としても有名だ。
「それで、これから何処かに行くんですか?」
「……どうしてだ?」
「いえ、さっき食料でも買って顔出すかって呟いていたので」
聞かれていたのか。
っていうか、いつからいたんだよ。
「いや、行くのは明日だ。今日はもう遅いからな」
――ということにする。だから今日は解散しよう。
そんなつもりで返した言葉に、しかしルシアは食い下がってきた。
「新しい依頼ですか?」
「いや、依頼じゃない。私用だ」
「そうなんですか……」
「ふぅん……ねぇ、アンタ?」
ベルが俺の顔の前まで飛んできて、覗き込むように言う。
「どこに行くのか知らないけど、暇ならルシアも連れて行ってよ」
「暇とは言っていないんだが」
反論する俺の耳元に顔を寄せて、ベルは囁くように言う。
「ルシアの奴、最近全然休んでないのよ。たまには休ませないと危険だわ。アンタと一緒なら一日くらい休むと思うし、ねぇ、良いでしょ?」
どうしてなの? どうして俺の話を聞いてくれないの?
「ふむ……」
とはいえ、チラリとルシアの様子を窺ってみる。
すると、確かに疲れが溜まっているのか、目の下に薄いクマが見てとれた。
疲労が溜まって不覚をとり、死んでしまうなんてことになったら大変だ。それは大変なのだが、普通に休めば良いと思うのだが。
「あのな、別に面白い場所に行くつもりはないぞ?」
明日、俺が向かうのはスラムにある、とある場所だ。近くで面白い場所なんて……スラムの隣にある歓楽街くらいしか思い当たらない。
そういえば、娼館とかあるんだよなぁ……。
金なら唸るほどあるし、飽くまでも社会勉強の一環として、行ってみるか……?
などと妄想していると、
「ついて行っても良いんですか?」
ルシアが期待に満ちた視線でそう聞いてきた。
え? 娼館に? ――というわけではないのは、もちろん分かっているぞ。
ついて来ても面白くないのだが……とそこまで考えて、俺はふと思い立つ。
主人公とは積極的に関わるつもりはないのに変わりはないのだが、向かう場所が向かう場所だ。もしかしたら、フラグ的に主人公が同行していた方が良い可能性もある。
それにこの世界の未来知識とも言うべき、ゲーム本編のストーリーを知っている者として、主人公を放っておくわけにもいかないんだよなぁ。
どうしたって俺は、ルシアの動向を気にせざるを得ないんだ。
何しろ世界が滅びるか滅びないかは、ルシアの双肩にかかっているのだから。
ならば少しばかり付き合うくらい……いやまあ、実際には逆にルシアに付き合ってもらうことになるんだが……構わないだろう。俺はそう考えをまとめて頷いた。
「……分かった。んじゃあ、今日はさっさと寝て、明日の朝にここに集合だ。それで良いか?」
「――はい! わかりました!」
ルシアは満面の笑みで頷き、その日はそれで別れた。
●◯●
で、翌日。
朝に冒険者ギルド前に向かうと、すでにルシアとベルが待っていた。
いつもの革鎧は身に着けておらず、剣帯から長剣を提げただけの姿。服装は平民そのものの地味な服装なのだが、顔立ちが良いからか、どこか貴公子然とした雰囲気のためか、貴族のお坊ちゃんの平服姿にも見えるから不思議だ。
しっかしルシアの奴、こうして見るとずいぶん細っこいな。あれで本当に世界を救えるんだろうか? もっとご飯とか肉とか食べた方が良いんじゃないだろうか?
いまやスーパーリッチなヴァンお兄さんが飯でも奢ってやるべきなのかもしれない。
そんなことを考えつつさらに近づいて行くと、ルシアはどこかそわそわとした様子だった。
その隣に浮いたベルが、ルシアに対して何やら小言を言っているのが聞こえてくる。
「もぉーっ! ルシアったら、何でその服で来ちゃったのよ! もっと可愛い服があったでしょ!」
「あ、あれは、ちょっと……足が出ちゃうし、恥ずかしいよ」
「そんなこと言ってるといつか後悔しちゃうわよ! クロードの奴も育て方を間違えたわね!」
「そんなことないよ! 父さんには感謝してるんだから!」
「あのね、そういう問題じゃなくて――」
「よぉ、待たせたな。……何の話をしてたんだ?」
声をかけた瞬間、二人の会話がピタリと止む。
そしてほぼ同時にこちらへ振り向いた。
「ヴァンさん、おはようございます!」
「何でもないわよ」
ルシアはにこやかに、ベルは渋面で返してきた。
会話を途中で切り上げるってことは、俺に聞かれたくないか、重要な話でもないのだろう。ならばさっさと移動しようと、二人を促す。
「そうか。じゃあ、さっそくだが行こうか?」
「はい! ……それで、どこに向かうんですか?」
「まずは市場で食料を買い込む。その後……スラムに行く」
俺はルシアたちを先導して歩きながら、そう答えた。
ルシアは目を丸くし、ベルはなぜか知らんが怒り出す。
「スラム……ですか?」
「なんでよ!? もっと良い場所があるでしょ!? 綺麗な噴水のある公園とか! 美味しいケーキが食べられる喫茶店とか! 高級ホテルのスウィートルームとか!!」
「いや何でだよ……」
ベルの返答が予想外過ぎる。何だそのラインナップは。デートかよ。
「っていうか、昨日言っただろ? 別に面白い場所じゃねぇって」
「それにしてもスラムはないでしょ! スラムは!」
「そこに用事があるんだよ。……嫌ならついて来なくて良いが?」
「うぐっ」
「いえ、ついて行きます!」
忌々しげなベルとは対照的に、ルシアに迷いはないようだった。
普通、スラムに行くって言われたら少しは警戒しそうなもんだが。男とはいえ、少々ルシアの警戒心のなさは心配だな。
ちょっと注意しておくか。
「あのな、ルシア」
「はい?」
「俺が言うことじゃねぇと思うが、親しくもねぇ他人にスラムに行こうなんて言われたら、少しは警戒しとけ。集団で襲われて金を巻き上げられたり、捕まって売り飛ばされたりしたらどうする?」
「なるほど……」
そういうこともあるのかと考え込んだ様子の後、ルシアは真剣な顔で頷いた。
「はい! 分かりました、親しくない人に誘われたら、警戒します!」
「ああ、そうしとけ」
…………。
はて? 今の返答、何かおかしかったような?
気のせいか?
「ちょっと! ルシアに変なことしたら許さないわよ!」
「しねぇよ」
まあ、ベルの方はちゃんと警戒しているみたいだから、問題はないか。
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