【11】これが俺のチートなのか
『ソウル・オーバーライト』に登場するキャラクターたちは、各自が装備する武器によって戦闘での役割が異なる。
中でも特殊なのが杖を武器とするキャラクターで、システムとしては存在しないが、例外なく魔法を使うから、ジョブで言えば「魔法使い」ということになるだろう。
現実となったこの世界では、魔法は体系的な魔法の知識を学ぶ他、鍛練を積んで技能を習得することで使用することができるようになるらしい。特に一番重要となる魔法使いの技能が、「ソウル」を「魔力」に変換する技能だ。
システム的には「ソウル」を消費してアクションスキル(という名の魔法)を放つ魔法使いも、実際には「魔力」を消費している、というわけだ。
このソウルを魔力に変換する技能は、俺にはない。
だから俺は、たとえ杖を装備しても魔法を使うことはできない。実際にギルドの訓練場で確かめてみたから間違いない。
しかし、だ。
それ以外の武器を装備して戦うキャラクターたちは、ソウルそのものを消費してアクションスキルを放っているのだ。
その背景に特殊な技能や素質が関係するスキルでなければ、ソウルは誰もが個人差はあれど内包しているものだから、努力次第で模倣可能な技術ということになる。
たとえば聖騎士のような特殊な職業に就いている必要があったり、数千年続く特別な血脈に宿る力であったり、とある神を崇める巫女に授けられる力であったり、前史文明の遺物であるアンドロイドが内蔵された兵器を使用していたり、伝説の魔女から受けた呪いを逆に利用するスキルであったりと――そういった特殊な素養が必要ないアクションスキルであれば、つまりソウルだけで発動し得るスキルであれば、現実となったこの世界でならば、ヴァン・ストレンジにも模倣可能なはずなのである。
ちなみにSSRキャラはそういった特別な奴らばかりなので、スキルの模倣はできないだろうが。
ともかく。
双剣以外の武器も普通に装備できてしまった時点で、俺はそう考えたのだ。他の武器を扱う者たちのアクションスキルを、俺も使えるのではないだろうか、と。
そして物は試しと、ゲームで何度も繰り返し見たアクションスキルを脳裡に思い浮かべながら、ソウルを武器に、時には体に流しながら真似してみたのである。
自分のスキルとはいえ、実際に何度もアクションスキルを使っていた経験が役に立った。ソウルの扱い方は体感的に理解できていたから、後はそれを別のアクションスキルに応用するだけだ。
スキルを放つときのエフェクトや、そのスキルが持つ効果をも鮮明に脳裡に思い描いて、何度も繰り返し練習した。
本来ならばもっと長期間の訓練が必要だったと思われる。その中で自分なりに閃いた技がアクションスキルとなるのだろう。しかし、俺にその閃きや発想は必要ない。元々のアクションスキルを動作、ソウルによるエフェクト、詳細な効果まで把握しているのだから。
程なく、俺は他人のアクションスキルを再現することに成功した。
はたまた、異世界に転生した俺に与えられた、ささやかなチートがこれであった可能性もあるが。
何にせよ、アクションスキルごとにソウルの使用感に違いがあって最初は戸惑ったが、問題なく発動できてしまったのだ。
といっても、まだ発動できるのは【ペネトレイトスタブ】のような単純なアクションスキルだけだが、いずれは他のキャラの「スペシャルスキル」も模倣することができるようになるのではないか、と思っている。
そこら辺は要練習だろう。
そして発動できるスキルの目安となるのが、「属性」を含まないアクションスキル、ということだった。
自力でソウルに属性を宿すには、特殊な素養が必要とされるからだ。
つまり、俺が模倣できるのはSRキャラ以下のアクションスキルということになる。
正直に言って強いスキルなどないに等しいが、SSRほどではなくとも特殊な効果を持つスキルはあり、それらを状況によって使い分けることができるのであれば、かなり有用だ。
何しろアイテム袋がある。ゲームでは不可能だったが、戦闘中に武器を入れ換えて次々とアクションスキルを使い分けることも不可能ではない。
なので、これらのスキルをいつでも使えるようにするため、俺は杖以外の全分類の武器を購入したのである。
それで金欠になってしまったが、使った金などもはや端金だ。
「――【ペネトレイトスタブ】!」
「ゴォオオオオ……」
俺はゴルディアス鉱山で、順調にゴールドゴーレムたちを倒し続けていた。
ゴーレムからドロップした金鉱石は倒した者に所有権が認められているし、ゴーレムを討伐した分だけ高額の報酬も貰える。
ここまで倒したゴールドゴーレムはすでに七体となっていて、それだけで武器購入に使用した金額を回収できるレベルだ。
ゴールドゴーレムは強さの割に動きが遅いし、俺とは相性が良い。加えてダメージも問題なく通るのであれば、もはや俺の敵ではなかった。
その後も順調にゴールドゴーレム狩りを続ける。
ゲームでならば一度にポップする数に制限はあったが、ここは現実だ。そのような制限はないし、これまで討伐されずに溜まっていたのか、少し探索するだけで新たなゴールドゴーレムを見つけることができた。
結局その日だけで、俺はキリの良いところで50体のゴーレムを討伐し、鉱山を出ることにした。
●◯●
鉱山から出た後はすでに夕方だった。
仕方なしにその日は鉱山の管理人小屋近くで野営し、夜が明けてから王都へ向かって出発した。
出立したのが早朝だったからか、夕方頃には王都の冒険者ギルドへ帰還する。
ギルド内は依頼を終えて帰ってきたのか、冒険者たちで混雑していた。受付の列に並び、依頼を完了したことを伝える――と、こちらを見た受付嬢がわずかに驚いた顔をした。
「あら、アナタ、無事に依頼を達成できたのね」
偶然にも、並んでいた窓口は俺が依頼を請ける時に手続きした受付嬢が担当していたようだ。
名前はミランダ。
くすんだ金髪に碧色の目をした二十代半ばくらいの美人である。
左目の下に泣き黒子があって、とってもセクシーな美女だ。
なぜ名前を知っているかというと、いつかデートに誘おうと狙っていたから――では、もちろんない。ゲームとしてのソルオバで、冒険者ギルドを訪れた時に主に対応してくれるのが彼女だからである。
俺はとても意外そうな顔のミランダに苦笑しながらも返した。
「お陰さまでな。カードを確認してくれ」
「はいはい。一体何体倒してくれたのかしら?」
俺が差し出した冒険者カード――手のひら大の金属製のカードだ――を、ミランダが専用の機材に通す。
冒険者カードは魔道具の一種で、倒した魔物が魔力に還元される際、その魔力の一部を取り込むことで討伐した魔物の種類、数を自動的に記録してくれる機能がある。
ずいぶんハイテクだとは思うが、この世界では魔物を倒すと死体が消えてしまうので、そうでもしないと討伐したかどうかを確認できないのだ。
そしてカードに記録された情報は、専用の魔道具を使って読み取ることができる。今、ミランダが使用しているのがそれだ。
「嘘……っ!」
で。
俺の討伐履歴を確認したミランダが、非常に驚いた顔を見せてくれた。
依頼を請ける時もずいぶんと渋られたが、どうやら俺にゴールドゴーレムを倒せるとは思っていなかったらしい。
「鉱山の浅層域とはいえ、ゴールドゴーレムを50体も倒したの!?」
ミランダの言葉に、周囲に並んでいた冒険者たちがざわりとしてこちらを見る。
ゴルディアス鉱山に出現するゴールドゴーレムは、出現する場所によって強さが異なる。今回、俺が請けた討伐依頼は浅層域――すなわち「初級ダンジョン」だったが、それでも多くの冒険者たちにとっては驚愕に値する出来事なようだ。
あちらこちらで「本当か……?」「マジかよ……」などという、真偽を疑うような囁き声が交わされていた。
「あ、あら、ごめんなさい」
「いや、別に構わないが」
周囲の冒険者たちの視線に居心地悪そうにする俺へ、ミランダが謝罪する。
討伐履歴とはいえ、冒険者の情報を不用意に漏らしてしまったことを謝っているのだろう。
「それにしても、アナタ、本当に強かったのね」
「ん? どういう意味だ?」
ミランダが感心したように言うのに、俺は首を傾げる。
盗賊稼業をしていた時も、情報を仕入れるためにギルドを訪れてはいたが、別段、ミランダが俺の噂を聞くようなことはなかったはずだ。何しろ冒険者としての俺は無名だからな。
しかし、ミランダは悪戯っぽい表情を浮かべて言う。
「ルシアから話を聞いてたのよ。何でも危ないところ助けた上に、戦い方の手解きまでしてくれたんだって?」
「ああ、まあ、成り行きでな……」
どうやらルシアから聞いていたらしいが、俺としてはバツが悪い。ルシア相手に強さを披露する場面などなかったと思っているからだ。レイスもワイルドシープも、魔物全体の評価からすれば、単なる雑魚に過ぎないのだ。それをミランダに話されたところで、とても自慢する気にはなれない。
だが、それはそれとして。
やはり主人公とミランダは顔見知りであったらしい。
ゲームでもギルドで主人公の対応をしてくれるのは、大抵ミランダだったからな。
「あの子、田舎から出て来たばかりみたいで、何だか危なっかしいのよね。できれば気にしておいてあげて」
「……了解した」
「んふふ、ええ、頼んだわよ」
なぜだか意味深な笑みを浮かべるミランダに、俺はとりあえず頷いておいた。
ちょっと親しい先輩冒険者くらいの距離感ならば、関わってもそう問題にはなるまい、と思って。
その後、俺は依頼の清算手続きを終え、ギルドの素材買い取りカウンターで手に入れた金鉱石を全て売却する。結果、慎ましく暮らすならば、向こう10年は暮らしていけるくらいの大金が手に入った。
冒険者ギルドを出て、赤く染まった空を見上げる。
「これで、金の問題は解決したな……」
俺が前世の記憶を取り戻してから、一週間以上が過ぎた。
普通ならまだ一週間、と言うべきだろうが、安定してゴールドゴーレムを倒せる以上、金に困ることはそうそうないだろう。俺一人だけならば、もう安定した暮らしを送っていくことができる。
だが、俺は「義賊」ヴァン・ストレンジだ。
なぜヴァンが義賊なんてやっていたのか。その理由はコイツが「どうしようもないお人好し」だから、ということになるだろう。
目的を果たすための手段や、普段のぶっきらぼうな態度はどうあれ、ヴァン・ストレンジは自分もスラム出身なのに、あるいはだからこそ、恵まれない者たちに手を差しのべていたのだ。
俺が義賊でなくなったとすれば、そういった者たちはどうなるのか。
俺からの援助がなくなれば、困窮してしまうのは目に見えている……。
本来なら、俺が責任を負うようなことではないのだろうが、それでも――いまや俺自身が紛れもなくヴァン・ストレンジである以上、この問題に向き合わないわけにはいかない。
だから――、
「食料でも買って、久しぶりに顔出してみるか」
そう決めて、俺は街の中に向かって歩き出す……
「――ヴァンさん!」
「ふぁッ!?」
と、なぜか俺の背後から声がかけられた。
振り向けば、にこやかな笑みを浮かべた主人公がいた――。
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