【10】金策ダンジョンは課金した後で!
ゴルディアス鉱山の内部には蟻の巣のような洞窟がどこまでも続いていた。
長年、鉱山に眠る鉱物資源を求めて掘り進めてきた結果として生まれた、迷路のごとき坑道の連なりだ。
天井は坑木によって支えられているところもあるが、その多くは魔法によって硬化処理を施され、地盤を支えている――という設定だったはずだ。
そんな殺風景な光景が闇の中に沈んでいて、俺はアイテム袋から取り出した魔法のカンテラを掲げながら歩いていく。
鉱山内部では空気中に浮遊する粉塵や、漏れ出した可燃性ガスなどに引火しないよう気をつけなければならない。それゆえに通常の安いカンテラではなく、生活用魔道具の一種である魔法のカンテラを使用するのは常識だ。
一応、入り口で管理人にも注意事項で説明されたけどな。
ちなみにこの魔法のカンテラ、俺の私物である。値段はプライスレスで、燃料はファンタジー物質の代表格、魔石だ。
魔石は魔物であれば必ず落とすというわけではなく、一部の魔物しか落とさない。ソルオバでは主に武器の強化素材として使用されていたが、設定では様々な魔道具の燃料とされている――とも言われていた。
ゲームであった頃は気にする必要もない背景設定の一つでしかなかったが、現実となると少しばかり事情が異なる。何しろ普段生活していて、主に魔石が使用されるのはむしろ生活用魔道具の燃料としての用途が多い。おまけに魔石は一部の魔物しか落とさないだけあって、結構高価だ。
いずれは武器の強化のためにも節約のためにも、自分で魔石を取りに向かわねばならないだろう。
閑話休題。
ともかく、俺はゴルディアス鉱山の内部を進んでいく。
進む方向は慎重に決めなければならない。ゲームの時は道に迷う心配などいらないくらいに簡素化されていたが、『魂の修練場』まで小一時間かかったり、ここへ来るまで一日かかったりすることから分かると思うが、ゲームのマップと現実では広さも複雑さもかなり違う。
管理人から聞いた話を思い出しながら、ゴールドゴーレムの出現によって今は閉鎖された区画へと進んでいく。
一応、目印というか進むべき方向を教えてくれる特徴みたいなものはある。
現在は閉鎖されている区画だけあって、鉱夫がいないから採掘の音が響いて来ないし、採掘場所を照らす照明の光もない。
つまり、静かで暗い方向へ進んで行けば良いわけだ。
「……ホラーが苦手だったら、危ないところだったな」
俺は一人、そう呟く。
何処までも続く暗い坑道……。
まったくホラーとか苦手な人間だったら危ないところだったぜ。俺はそうじゃないけど。俺はそうじゃないけど。
――カツンっ……。
「ヒィッ!?」
突如として響いた物音に跳び上がり、慌てて音の方向へ向かってククリ刀を構える。
おっと勘違いするな? 魔物を警戒しただけだ。
「…………誰だ? そこにいるのは分かってる……姿を見せろ……」
カンテラの明かりの向こう側、闇に覆われた洞窟の先へ声をかける。
闇の向こう側に何者かの気配を感じていたのだ。
しかし、相手は姿を現さない。そのまま数十秒が経過し、俺はやっと構えを解いた。
「ふんっ、腰抜けが。逃げたか……」
気配は気のせい――いや逃げたようだ。
しかし考えてみると、今の場面、誰かに見られていたら死にたくなるな。
ルシアを連れて来なくて良かった……。
安堵しつつも探索を再開する。
それから程なくして、
ドスンっ、ドスンっ……。
そんな音が響いて来た。
「――ッ!?」
ビビクンッ! と体を震わせる。
「あ、いや、ゴーレムか!」
安心しろ、もちろん気づいている。当然だろう?
規則的な音が近づいて来る方へ向かってカンテラを翳せば、すぐに暗闇の向こうから光を照り返す存在が姿を現した。
「ゴォオオオオッ!!」
坑道内に重苦しい叫び声が木霊する。
どこから声を出しているのかは分からないが、それは成人男性ほどの大きさの、全身が金色の金属で出来たゴーレムだった。
人型をしてはいるが、目や鼻や口、あるいは指などの細かい造型は一切ない。出来の悪い人形のような姿形。動きも緩慢で、武器も持たない。
だが、決して侮ることは出来ない存在だ。
ゴールドゴーレム。
金鉱石を体内に取り込む習性を持ち、取り込んだ金鉱石の量によって巨大化し、強化される。人間など他の生物を襲い、鉱山での採掘活動を邪魔する迷惑な魔物だ。
そして何より、コイツは討伐が難しい魔物として知られている。
全身金属製の体ゆえに、極めて高い物理防御力と、その重量による高い攻撃力を誇る。おまけに何より、魔法が効かないのだ。
どこのメタルなスライムを参考にしたのかは分からないが、ソルオバにおける金属系ゴーレムは「魔法無効」という厄介な特性を備えていた。
なのでコイツを倒すには、通常、キャラガチャを引いてSSR以上の高い性能を持つキャラを連れて来るか、攻撃力の極めて高いキャラを当てるしかない。
他には武器ガチャを引いてSSRランクの強武器を装備させる方法もある。キャラクターそのものか、あるいは武器か、どちらでも良いのだが、高い属性値があれば属性ダメージだけで倒すこともできる。
まあ要するに、四の五の言わずにガチャを引けってことだ。
いや、別にSSRの一体や二体、課金しなくても当てることはできるのだが、それにしたって露骨な敵じゃないか?
少なくとも、「ゴールドゴーレム討伐・初級」クエストを請けるような序盤で、コイツを倒せるRキャラは存在しないのだから。
強武器の力を借りずにRキャラでコイツを倒そうとするならば、本来ならレベルその他の最大強化をしなければならないだろう。そしてそれができるのは、どんなに早くても中盤以降だ。
「だが、それも今日までだ」
俺はカンテラを坑道の端に置くと、アイテム袋から新しい武器を取り出し、構えた。
義賊ヴァン・ストレンジが装備できる武器は、ソルオバにおいて「双剣分類」と呼ばれる武器だと決まっている。
その理由は、スキルや攻撃モーションなどが双剣のものに固定されているからだ。
これは他のどんなキャラであっても同様であり、ソルオバのキャラクターは決まった分類の武器しか装備することはできない。剣なら剣、弓なら弓だ。
もちろん、例外はある。
たとえば同キャラであっても季節のイベントガチャなどで限定キャラとして排出される「スキン」を適用すると、性能やスキルどころか、扱う武器すら変わってしまうキャラは結構存在した。
たとえば剣士系のキャラが夏の水着ガチャで排出される「水着スキン」を適用すると、弓分類を扱う弓士キャラに変わり、専用武器として水鉄砲が武器ガチャから排出される――などだ。
しかし残念ながら、クソザコRキャラであるヴァン・ストレンジには、別スキンなどという人権キャラの証は用意されていない。
ヴァンが装備できるのは、双剣分類の武器だけだ。
しかし。
ああ、だが、しかし。
剣士系キャラが弓を扱えるという前例があるならば。
そしてここがゲームではなく、現実ならば――もしかしたら。
そう思って確認した結果は、驚くべきものだった。
「今の俺は何だって装備できるんだぜ」
ニヤリと笑い、俺は「長剣」を構える。
そう、現実となったこの世界では、一種類の武器しか装備できないという意味の分からない法則など存在しないのだ。
俺は剣だって弓だって槍だって、何だって自由に装備することができたのだ。実際、冒険者ギルドの裏手にある訓練場で、一通りの武器を扱えることを確認済みだ。
そして、この事実こそが、クソザコRキャラを凌駕し、一部SRキャラにも至るかもしれない、ささやかなチートを俺に与えたのだ。
今、俺が装備している長剣は何の変哲もない店売りの量産品である。
ランクで言えば武器ガチャにも登場しない、Cランクと言ったところだろう。
こんな剣を装備したところで、現在のヴァン・ストレンジにゴールドゴーレムを倒せるようなステータスなど存在しない。
だが。
剣士系SRキャラの中には、今の俺よりも低いステータスで、ゴールドゴーレムを容易に倒せる存在がいるのだ。
剣士系のキャラクターであり、SDやイラストでは刃のない刺突剣――エストックを握っているキャラクターで、武器の通りに刺突技を得意とする。
そいつが持つアクションスキルに、【ペネトレイトスタブ】というものがある。
SRキャラ以下では珍しく、敵の防御力を完全無視する能力を持つアクションスキルだ。
【ペネトレイトスタブ】――「効果:敵防御力無視の100%ダメージ。攻撃後、対象の防御力を10%低下させる。この効果は5回まで重ね掛け可能」
「ゴォオオオオオッ!!」
「シッ――!」
俺はゴーレムの鈍重な攻撃をステップで易々と回避すると、カウンターアタックではなくアクションスキルで反撃した。
アクションスキル・1――【ペネトレイトスタブ】
「ソウル」を長剣に込めて、鋭い突きをゴーレムに放つ。
白々としたソウルの輝きを宿した長剣の刃は、金属ではなく、まるで柔らかい粘土に突き刺したかのように、半ばまで埋まった。
「――ゴォオオオオッ!!」
こちらの攻撃など意に介さないようなゴーレムの反撃を、剣を抜きつつ背後にステップすることで回避する。
念のためにさっと長剣の状態を確認してみたが、剣身が歪んでいることもなく、刃毀れしている様子もない。スキルの効果通りに防御力を無視して攻撃してくれた結果だろう。
別にエストックではなくとも、長剣であればこのスキルが発動できることは知っていたが、実際剣が痛むこともなく、安心した。
「でも、一撃では倒せなかったか……まあ、攻撃力はそのままだしな」
初級ゴルディアス鉱山のゴールドゴーレムくらいならば、【ペネトレイトスタブ】を持っているキャラなら一撃で倒せたはずだが、ダメージの元となっている攻撃力が違うから、俺では一撃で倒せなかったのだろう。
だが、問題はない。
一撃で倒せないのなら、倒せるまで何度も叩き込むだけだ。
「ゴォオオオオッ!!」
「シッ――!」
ゴーレムの攻撃を躱しざまに【ペネトレイトスタブ】を叩き込んでいく。
それが計三回。
「ゴォオオオオ……」
三回目の攻撃で、ゴールドゴーレムは全身を光の粒へ変えて、魔力へと還元されていった。
後には拳二つ分くらいの金鉱石が残っている。ゴールドゴーレムの確定ドロップだ。
それを拾ってアイテム袋へ仕舞い、俺はニヤリとほくそ笑んだ。
「良しッ、良しッ! これが出来るなら、強化素材の入手も何とかなるかもな……!」
【ペネトレイトスタブ】が使えることはあらかじめ訓練場で確認していたが、その効果の程も実戦で確かめることができた。
ダメージは俺のステータス準拠となるため少なかったようだが、それでも他人のアクションスキルが使えるという事実は大きい。
――ではなぜ、俺が他人のスキルを使えるのか?
もちろん全てのキャラクターのスキルを使えるわけではない。使えるのは一部Rキャラ、一部SRキャラのスキルだけだ。
その理由は、ソルオバの世界観、その設定にある。
言うなれば、これは現実化したことでもたらされた恩恵の一つだった。
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