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【9】事情を知らない主人公がグイグイくる


「こんにちは! お久しぶりです!」


「ちょっとアンターっ! どういうつもりよ!」


 嬉しそうに近づいて来るルシア少年。そのすぐ横を妖精ベルが飛翔している。そしてなぜかは知らないが、ベルはお怒りのようだ。


 もちろん、俺にベルを怒らせるような心当たりはないのだが。


「久しぶりだな、ルシア。で、ベルは何で怒ってるんだ?」


「何でも何も、ルシアを放っておいて何してたのよ! こっちはアンタを探して毎日ギルドで待ってたんだからね!」


 ……待ってたのかよ。


 良かった、ギルドに行かなくて。


「……いや、そもそも何で俺を待ってたんだ?」


 別に待ち合わせなんてしていないのだから、ルシアたちが俺を待っているのはおかしい。しかし、ルシア少年はなぜか顔を赤くして、


「そっ、それは……ですねー、あの、その……」


 と、煮え切らない返事を返す。代わりに答えたのがプンスカ怒っているベルだ。


「ルシアの修行がまだ終わってなかったでしょうが!」


「……あのな」


 ベルはそう言うが、基本的なところはすでに説明していたし、俺がルシアの面倒をみなければならない、という義理もない。


 それをそのまま説明しても良いのだが、なぜかルシア少年がショックを受けそうな気配がしたので、別の答えを返した。そもそもの話、教えることなどもうないのだ。


「あとは、繰り返しの練習あるのみだって言っただろ。俺が教えるようなことなんてねぇよ」


「そっ、それはそうかもしれないけど! でもっ、アンタにはルシアの師匠としてルシアの成長を見守る責任があるわッ!!」


「誰が師匠だ……勘弁してくれ……」


 俺はルシアの師匠になるなど、一言も言っていないぞ。


「何よっ! あの時はルシアの足腰が立たなくなるまで激しくしたくせに!」


「バッ、おまえ――ッ!!」


 慌てて周囲を見回すと、何人かの女性冒険者たちがゴミクズを見る瞳でこちらを見ていた。……人間って、あんな冷たい目ができるんだね……。


 というか、ベルの言い方が悪すぎるだろ。


「言葉には気をつけろ! 俺が社会的に死んじまうだろ!」


 言葉は暴力。自分の発言にはちゃんと責任ある言動を心がけて欲しい。


「あ、あの……迷惑でしたか……?」


 ルシア少年が今にも泣きそうな瞳で不安そうに見上げてくる。


 その聞き方は卑怯だと思うし、男がそんな顔をするんじゃないと言ってやりたい。しかし、ロビーのあちこちから冒険者のお姉さま方が冷たい視線を突き刺してくる前で、突き放すような言動ができるだろうか?


「そっ……そういえば、どうだ? ちゃんと練習は続けてたのか?」


 咄嗟に話を逸らせた機転を褒めてやりたいぜ。


「ふふんっ! 当然よ!」


 そしてなぜかベルが得意気に胸を張った。


「もうワイルドシープくらいじゃ相手にならないんだから!」


「ヴァンさんから言われた通り、カウンターアタックも、そこそこ安定して出せるようになりました」


「おお、そうか。そいつは頑張ったな」


「えへへ」


 どうやらギルドで張っているばかりではなかったらしい。ちゃんと練習も続けていたようだ。


「ところで、ヴァンさんは何をしてるんですか? 依頼ですか?」


「ああ、この依頼を請けようと思ってな」


 ぴらり、と依頼書を見せる。


「ゴールドゴーレムの討伐、ですか。すごい、ヴァンさんはゴールドゴーレムも倒せるんですね!」


「……まあ、な」


 何だろう。


 ルシアの尊敬の眼差しが痛い。


 倒せるかと言ったらたぶん倒せるんだが、実際に倒したことはまだないのだ。それに何だかルシアが期待を込めたように見上げてくる。目は口ほどに物を言うという諺があるが、この場合、もしかしなくても自分も連れて行ってほしい、ってことだろうな。実際そうだった。


「あのっ、ボクも一緒に連れて行ってもらうわけにはいきませんか!?」


 どうしたの?


 なぜこんなに俺に絡んで来るの?


 なぜか知らんが懐かれてしまったというのか。


 しかしここは、断固として拒否だ。


 このままなし崩し的に「師匠」なんて良く分からん関係にされるわけにはいかない。


「一緒に連れて行きたいところだが、ルシアにはまだちょっと厳しい相手だし、また今度な」


「そうですか……残念ですけど、分かりました。ヴァンさんに迷惑をかけるわけにはいきませんからね」


「ふんっ、今日は見逃してやるけど、今度からは逃げるんじゃないわよ!」


 ベルの言葉に曖昧に頷き、俺は窓口でそそくさとゴールドゴーレム討伐の依頼を請ける。


 ちなみにゴールドゴーレムの討伐依頼は、本来ならFランクが請けられるような依頼じゃない。しかし、長期間誰も達成できずに残ってしまった依頼の場合、ギルド側も何とか達成してもらおうと、受領条件を緩和するなどの処置を施した結果、冒険者本人の責任で請け負うことができるものがある。通称、焦げ付き依頼だ。


 ゲーム的に言えば「ゴルディアス鉱山ゴールドゴーレム討伐・初級」と言ったところで、鉱山の浅い場所に存在する「まだ弱い」ゴールドゴーレムを討伐するための依頼だ。ゲームではある程度依頼をこなしていると、受付嬢から「最近活躍してるわね! 噂は私の耳にも届いてるわよ! 実はそんなアナタを見込んで請けて欲しい依頼があるんだけど、どうかしら?」と紹介されることになる。


 さらに冒険者としてのランクを上げていけば、もっと深い場所に出現する「強い」ゴールドゴーレム討伐の依頼も、請けられるようになるだろう。


 とはいえ、ゴールドゴーレムはレベルが低くとも決して弱い敵ではない。何の実績もないFランクの俺がこの依頼を請けることに、受付嬢は当然のように難色を示したが、俺は「大丈夫だから」とゴリ押しした。


 そうして何とか無事に依頼を請けてギルドを後にする。


 その際、こちらをずっと見ていたお姉さま方の冷たい囁きが耳に届いた。ルシアとの会話を聞いていたお姉さま方だ。


「あの男、遊ぶだけ遊んで捨てるつもりね」


「サイテー。人間のクズね」


 ……いったい俺が何をしたってんだ。


 ●◯●


 王都を出て一日も歩くと、ゴルディアス鉱山に辿り着く。


 しかし、途中に宿場町なんて洒落たものはないので、野宿して一夜を明かすことになった。


 一見して大した荷物を持っていないように見える俺だが、実は武器屋で購入した新しい武器も、旅をするための保存食や水、火を点ける魔道具やナイフ、鍋や水筒、テントまでも持っている。


 どこにそんな物があるのかと言えば、俺の腰に吊られている小さな袋の中だ。


 これは「アイテム袋」という魔道具で、見た目よりも遥かに多くの物を入れられ、中に入れた物の重さを感じることもない。残念ながら時間が止まったりする機能はないが、ファンタジーではありがちなアイテムである。


 ちなみに、俺が不幸にもミリアムと遭遇した屋敷に盗みに入った時、このアイテム袋は持って行かなかった。


 というのも、貴族や豪商の屋敷などには、未登録のアイテム袋の存在を感知して警報を鳴らす魔道具が設置されていることが多く、アイテム袋に詰められるだけ詰めて移動――なんてことができないのだ。


 聞き齧った話ではその昔、アイテム袋を悪用した盗みが横行したために、そんな魔道具が開発されたらしい。


 まあ、そりゃあ犯罪にも使われるだろうな、というのが感想だ。便利過ぎるしな。


 そんな理由もあり、屋敷などに盗みに入る時にはアイテム袋は持ち歩かないのが盗賊たちの間での常識だ。そんな常識、今後は二度と使うつもりはないが。


 ともかく、本来ならFランクの冒険者なんぞが持っている代物ではない。非常に高価な品なのだ。


 そんな物をなぜ俺が持っているのかと言うと……まあ、アレだ。前世の記憶を取り戻す前に手に入れていた品だからである。たぶん、どこかに落ちていたのだと信じたいが、この体に残る記憶は誤魔化せない。……オークみたいな悪徳貴族の屋敷から盗んでましたすいません!


 そんなわけでアイテム袋を持っている俺だが、実は主人公であるルシアも持っているはずだ。


 といってもルシアの場合は俺のように盗んだ品ではなく、養父から譲り受けた品物――という話だったはずだが。


 んで、余談だが、このアイテム袋、ゲームでは神貨を使って容量を拡張できるという設定だった。錬金術師のところに持っていくと、高価な素材を消費して神貨百枚で十枠を拡張してもらえるのだが……現実となったこの世界では、さすがに神貨百枚が必要……ということはなかった。


 一応、まだ必要はないが、錬金術師のところへ行って確認してみたのだ。


 まあ、それでも目ん玉が飛び出るくらいのお値段ではあったが。


 そんなわけでアイテム袋の中に収納していた数々のアイテムを使って野営し、翌日の昼前にはゴルディアス鉱山に辿り着いた。


 もちろんゲームならばワールドマップから選択するだけで、あるいはイベントクエストから「ゴールドゴーレム討伐」のデイリークエストを選択するだけでジャンプできるのだが、現実では一日かけて移動するしかない。


 そうして苦労して辿り着いた鉱山入り口に建つ管理人小屋へ向かい、依頼を請けて来たことを伝えてギルドカードを見せる。それから諸々の注意事項を聞かされ、ようやっと許可を得てから、俺は坑道の中に入ることができた。


 やれやれ、現実ではデイリークエストを一回こなすだけで一苦労だな。


 すでに一日経過しているから、全然デイリーではないわけだが。



お読みいただきありがとうございます!

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