【8】ガチャ消滅
ルシア少年に戦闘の基礎をレクチャーした翌日からも、俺は一人『魂の修練場』に通ってレベル上げを何日も続けていた。
いくら育成が容易なRランクのキャラとはいえ、さすがに一日、二日ではレベル最大にはならなかったのである。
一日で20レベル以上上がったのだから、とりあえずの限界である60レベルまで、あと二日もあれば上がる――というのは、間違いだ。
レベルが上がれば当然、レベル上昇に必要な経験値は増えていく。なので、レベルアップのペースも衰えていくのは必然だった。
それでもレベル上げを開始してから五日目にして、俺は自らのレベルが最大値に達したのを感じていた。ゲームでもそうだったように、魂石を吸収――正確には使用できなくなったからだ。
あとはレベル限界の突破素材を入手するまで、レベルを上げることはできないだろう。
ちなみに、レベルが一つ上がるごとのステータス値の上昇の他、ヴァン・ストレンジが10レベル毎に覚える各スキルは、以下の通りだ。
10レベル――パッシブスキル【敏捷20%上昇】
20レベル――アクションスキル・2【シャドウエッジ】
30レベル――パッシブスキル【クリティカル率20%上昇】
40レベル――スペシャルスキル【ランペイジ】
50レベル――パッシブスキル【スティール成功率10%上昇】
60レベル――パッシブスキル【敏捷30%上昇】
敏捷が合計で50%上昇したので、体感的にはかなり速く動けるようになった。加えて敏捷というのは攻撃速度にも影響を与えるので、通常攻撃のスピードも上がっているはずである。
それから「スペシャルスキル」というのは、アクションスキルを超える威力の特別なスキルのことだ。
なお、このスキル群を見て他人がどう思うかは知らないが、ソルオバを知る者ならば例外なくこう思うだろう。
クッソ弱ぇ……カスじゃん、と。
その理由を説明するには、例によってSSRキャラの一例を見せれば一発で理解してもらえるはずだ。
以下に、「聖騎士ミリアム・アークライト」のパッシブスキルの一例を掲載しよう。
10レベル――パッシブスキル【聖なる加護】「効果:戦闘開始時に【聖なる加護】を得る。聖属性100%上昇。戦闘中一回まで自動蘇生。ドロップ率50%上昇」
30レベル――パッシブスキル【聖戦の凱歌】「効果:ヒットポイント半分以下で【聖戦の凱歌】が発動。持続治癒、攻撃力50%上昇、防御力50%上昇」
50レベル――パッシブスキル【秩序の守護者】「効果:精神系状態異常無効化。ヒットポイント50%上昇」
……などなどである。
もはやパッシブスキルの名称の感じからして違う。説明文の長さも違う。誰がどう見ても一目瞭然だろう。次元の違う効果の高さに、もはや怒りさえ湧いて来ないぜ。
だが、まあ良い。
他人と比べて落ち込んでも仕方ない。俺は俺の道を往くだけだ……ぴえん。
ともかく。
ようやくにしてレベルを最大まで上げた俺は、翌日、ようやく転生してから(正確には前世の記憶を思い出してから)六日目にして、初めて冒険者ギルドに向かうことにした。
何のために向かうか?
愚問である。
もちろん、冒険者として依頼をこなすためだ。
●◯●
冒険者ギルドは王都ミッドガルドの大通りに面した一等地に建っていた。
流石に国中から冒険者が集まってくる都市だけあって、冒険者ギルドも四階建ての大きな建物だ。ギルドの裏手には冒険者たちが使用できる訓練場も併設されているというのだから大したものである。
そんなギルドの正面入り口、大きな両開きの扉を潜ると、広いロビーに出る。入って正面奥にはカウンターがあり、複数の窓口が設けられていた。その向こうで何人もの受付嬢たちが営業スマイルを浮かべている。
すっかり日が昇ってからやって来たためか、広さの割にロビーの中は空いていた。現在ギルドにいる冒険者たちも二十人を超えることはないだろう。
俺はさっそく綺麗な受付嬢たちのところへ――は向かわず、壁際に掲示された依頼票のところへ向かう。
壁際には幾つものボードに、依頼の難易度ごとに分類された依頼票が貼られていた。
ゲームでは冒険者ギルドの依頼をこなすことで様々な報酬がもらえたものだ。この世界の通貨である「ゴルド」や、各種強化素材や回復アイテム、あるいはちょっとした装備品などなど。そして何より忘れてはいけないのが、依頼を達成すれば必ず課金通貨である「神貨」を貰えたことである。
微課金者や無課金者たちは、こういった依頼やログインボーナス、もしくはイベントなどで配布される神貨を大事に貯めてガチャを回したり、ストアでアイテムを購入するのだ。
まあ、重課金者にとっても配布される神貨が重要な物であることには変わりないのだが。
「やっぱりな……。考えてみりゃあ、当たり前なんだが……」
しかし、現実となったこの世界では、事情が変わっているようだった。
貼り出された依頼票を隅から隅まで確認してみるが、それらの報酬は全てゴルドのみだった。強化素材や回復アイテム、装備品はなく、もちろん神貨も報酬欄には記載されていない。
あまりにも残念すぎる現実だ。これでどうやってガチャを引けば良いというのか。
――というのも、まあ、当然のことなのだが。
ソルオバでの課金通貨は、良く分からない虹色の結晶やクリスタルや金の延べ棒などではない。その名の通りに通貨の一種なのである。ちなみに見た目は虹色に光を反射する材質不明のコインだ。
この世界での貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の順番に価値が上がっていき、さらに最も価値があるのが「神貨」なのである。
神貨一枚で白金貨十枚分の価値があるとされ、もしもゲームの通りにガチャができるとしたら、たった一回のキャラガチャを引くだけで白金貨3000枚分のお金を消費してしまうことになる。
日本円で課金して神貨を購入することができない以上、300枚の神貨を集めるなど到底不可能なことだ。果たして王様でさえそんなことができるかどうか……。
なので、冒険者ギルドの依頼報酬で神貨が貰えることはない。そもそもゴルドで報酬を払っているのに、その上さらに神貨を寄越すなど意味が分からないという話だ。きっとゲームの依頼人たちは全員豪商かつ聖人のような性格だったに違いない。
それに現実で実在する人物をガチャするなど荒唐無稽過ぎるにも程がある話だし、仲間にすると言っても人身売買かよ――と、何処からかツッコミが入りそうだ。ゆえにキャラガチャが消滅していることは最初から予想していた。むしろこの世界でもあったりしたら、そっちの方が驚きである。
「お、あったあった。やっぱりあったな、デイリークエスト」
しかし、それでも俺は依頼を請ける。
依頼ボードに貼り出されていた一つの依頼。ゲームでなら一日に一回だけ請けられる、割の良い依頼で、様々な強化などでも大量に消費するゴルドを一気に稼ぐための依頼だ。
そこには、こう書かれていた。
『ゴルディアス鉱山ゴールドゴーレム定期討伐依頼――ゴルディアス鉱山の金鉱石を「食らう」ゴールドゴーレムを討伐してくれ! 依頼主・王都鉱夫組合』
ゴールドゴーレムは高く売れる金鉱石をドロップする上に、この依頼は報酬が凄く良い。金を貯めるには、まさにうってつけの依頼なのだ。
「よし!」
俺はニヤリと笑って依頼票をボードから剥がした。
かなり面倒な依頼なので他の奴に取られているとは思っていなかったが、それでも残っていてホッとしたぜ。
何しろ今の俺は金欠だ。つい昨日のことなのだが、武器屋で新しい武器を幾つも購入したせいで、ヴァン・ストレンジが貯め込んでいた金も底を尽きそうなのだ。ゆえに、早急に金を稼がねばならない。
本来ならばレベル限界突破素材を手に入れるか、あるいはそこそこ優秀なイベント配布武器を手に入れるために活動しようかと思っていたのだが、「とある発見」によって予定は変更を余儀なくされた。
ゴールドゴーレムの討伐依頼は確かに難しい依頼ではあるが、今の俺ならばできるはず。
そう判断して依頼票片手に意気揚々と受付へ歩き出した俺の背に、何とも嬉しそうな声がかけられた。
「――ヴァンさん!!」
「――ッ!?」
ギギギ、と。
油の切れた機械みたいに背後を振り返れば、そこにはにこやかな笑顔を浮かべた主人公がいた。
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