【1】ソウル・オーバーライト
はじめまして、こんにちわ。
ゲーム転生モノになります。
どうぞ、よろしくお願いしますm(_ _)m
――ヘマをした、わけじゃない。
単に運が悪かった、とでもいうべきだろう。
いつものように入念に下調べをした貴族の屋敷に盗みに入った俺は、難なく金目の物を盗み出したまでは良かったが、たまたまその貴族の屋敷に滞在していた騎士に見つかり、戦闘となってしまったのだ。
その騎士は驚いたことに年若い少女であり、驚くほど綺麗な顔立ちをしていた。
盗みなどを働いていることから容易に想像がつくだろうが、俺は生まれてこの方、貴族などとは関わりのない生活を送っていた下流層の人間だ。
当然のことながら相対した少女騎士とも初対面であるはずだったが、なぜかその顔を俺は見知っているような気がしたのだ。
その不思議な既視感に気を取られたから――などというのは、言い訳だろう。
少女騎士は強かった。
凄まじく強かった。
俺はせっかく盗んだ金を騎士に向かって投げつけるように手放し、その隙をついて命からがら逃げるしかなかった。
これでもスラム街で18になるまで生き延び、腕っぷしにも並々ならぬ自信があったつもりだが、少女の振るう剣は目で追えないほど速く、そして鋭かった。
ろくに防御もできずに、胸から脇腹にかけて斬り裂かれ、少なくない鮮血が流れ出る。
不幸中の幸いは、経験から来る直感が警鐘を鳴らし、少しだけ後ろへ跳び退く動作が間に合ったことだろうか。
それによって体を両断されるのは免れた。それでも少女騎士の一撃は確かに俺に深手を負わせたが、致命傷だけはどうにか避けることができたのだ。
この時点で、勝てないと悟った俺は今日の成果を手放して、貴族の屋敷から命辛々逃げ出した――というわけだ。
星明かりだけが照らす夜の闇に紛れるように、スラム街の一画にあるアジト――と言っても、ボロボロのあばら屋だが――へ戻った。
それから、こういう時のために大枚を叩いて用意しておいた虎の子の治癒ポーションを使って傷を癒す。
胴体に刻まれた巨大な裂傷は、時が巻き戻るようにしてみるみる内に治癒したが、流れ出た血液が戻るわけではない。
俺は倒れるように藁束のベッドに潜り込み、程なく、失血による苦しみから意識を手放した。
その寸前。
脳裡に焼きついているのは既視感のある少女騎士の姿だ。
やはり、俺は彼女を知っているような気がする。
どこかで見たことがあるような……。
朦朧とした意識で忘れ物を思い出すように記憶を探る。
そして意識を失う寸前、記憶の底に眠っていたそれを思い出したのだ。
(そうだ……アイツの、名前は、ミリアム……)
ソーシャルゲーム『ソウル・オーバーライト』のキャラガチャで排出される剣士系SSRキャラじゃないか……。道理で、強かったわけだよ……。
……。
…………。
……………………って、んんッ!? ちょっと待て!?
俺は自らの思考のおかしさに、思わず跳ね起きた。
「いッ……てぇ……ッ!」
そして胸から脇腹にかけて走った、ひきつれるような痛みに悶絶する。
傷が開いたわけではないようだ。お高い治癒ポーションはその値段に見合うだけの効果をしっかりと発揮してくれた。それでも急に体を動かすのは、まだ時期尚早だったらしい。
ひとしきり悶絶してようやく痛みが消えた後、目蓋を開けるとあばら屋の壁の隙間から白々とした朝日が差し込んでいた。
どうやら俺はきっちりと眠りに就き、朝方の夢現の中で現状のおかしさに気がついて目が覚めたようだ。
それはまあ良い。
問題なのは、俺が気づいてしまった事実の方だ。
あの少女騎士ミリアムに対して、俺は何と思った?
ソーシャルゲーム『ソウル・オーバーライト』の剣士系SSRキャラだと、そう思ったのだ。
「いやいやいや、そんな馬鹿な。ここは現実だぞ……?」
そうだ、ここは現実だ。現実なのだ。
そしてこの世界には、スマホも存在しないし、それゆえにソシャゲが存在することもない。それらが存在しないということは、そんな名称も概念も、この世界の人間である俺が知るはずもないのだが……。
「なんだ、この記憶は……?」
ミリアムのことを発端として、次々にあるはずもない記憶が湧き上がってくる。
太陽系第三惑星地球の日本という国にて、平成と呼ばれる時代におぎゃあと生まれて令和という時代まで生きた、平凡なサラリーマンである男の記憶だ。
男は漫画やアニメ、それからゲームが好きという少々オタク気質な人間で、中でも『ソウル・オーバーライト』というソーシャルゲームにはかなりハマっていた記憶がある。
たまたまサービス開始から始めて、久しく覚えがないほどに夢中になったゲームだった。それゆえか、独身貴族の財力を遺憾なく発揮して、俺はソルオバ(ソウル・オーバーライトの略称)の一サーバーの中で、トップ層のプレイヤーとして君臨していた。
それまでに課金した金額は、冷静になってみるとちょっと考えたくないほどだ。
ともかく、恋人もなくソルオバだけが承認欲求を満たせる場所で生き甲斐という寂しい生活を送っていた俺だったが、どんな物にも終わりはやって来る。
といっても、ソルオバがサービス終了してしまった、というわけじゃない。
様々なソーシャルゲームが氾濫する昨今、ソルオバは美しいグラフィックと感動的なストーリー、可愛い、あるいは格好良いキャラクターデザインや有名声優たちの起用、耳に心地好いBGMや、何より頻繁なアップデートによるUIや戦闘システム、ストーリーやグラフィックなど、細部にまで渡るブラッシュアップの繰り返しと次々にやってくる新イベントの実装など、運営の熱意溢れる企業努力の結果、8年という長きに渡ってサービスを続けていたのである。
そうなるとソルオバのメインストーリーも進み、遂にグランドクエストが終了してしまったのだ。
ソウル・オーバーライトという物語は一応の完結をみた。しかし企業としてもせっかく売り上げの良いゲームなのだ。それでサービスを終了するというわけでもなく、季節の新イベントなどで時間を稼ぎつつ、新たなる展開を用意している――というのが、俺の記憶にあるソルオバの情報だ。
まあ、ここまで絶賛しておいて何だが、そこは商業ゲームとしての宿命というか、ユーザーから金を巻き上げる見事な手腕に対して一部では根強いアンチが存在していたし、アプリストアのレビュー欄が炎上することもあった。
それでも高い人気を保ってきたゲームであり、俺の人生の四分の一ほども時間を占有していたゲームだ。
廃課金者の俺からしても、現環境ではなかなかに難易度が高いグランドクエストをクリアして、スタッフのエンドロールが画面上を流れた後――俺は完全にロスになった。ソルオバロスだ。いやそんな言葉できちゃいなかったけど。
グランドクエストも終了し、このままフレンドなど、多くのユーザーが離れていってしまうのだろうかと、俺は一抹の寂しさを禁じ得ず、妙にセンチメンタルな気分に浸っていた……。
――というのが、最期の記憶だ。
「なんだ? どういうことだ? それで何で俺はこんなところにいる……?」
日本でのそんな記憶から、ソルオバのキャラが実在するこの世界への繋がりが理解できない。
……いや、現実的かどうかを別にすれば、この状況に思い当たることはある。
「転生した……って、ことか……?」
異世界転生。
それもゲーム世界への転生というやつだ。
数多のラノベ、漫画、アニメに触れてきた俺にとって、ある意味では馴染みのある展開だとも言える。
しかし、ちょっと待て。
「死んだ記憶もないんだが……?」
これが転生だとしたら、日本で生きていた俺は死んだことになる。
だが、俺には死んだ記憶などないのだ。
「…………俺は」
自分の死について考えると、ズキリと頭に痛みが走る。
思い出せない。
まあ、ここで悩んだところで答えが出ないのは確かだろう。思い出せないのなら、それは大した記憶でもないに違いない。加えて前世に何か未練があるわけでもなかった。俺の死を悲しんでくれる人もいると思いたいが、その数は残念ながら少ないだろう。
それに、記憶にないだけで実は心筋梗塞などで急死していた――ということも十分にあり得る。エナジードリンク飲みまくりで、食事もカップラーメンとかコンビニ弁当とか、運動も全然しなくなったし、かなり不摂生な生活をしていたからなぁ……。
……死んだか、俺。
死んじまったかぁ、俺。
いやなんか、死というのが急に現実味を帯びて実感できてしまった気がする。何というか、俺は死んだんだなぁ、となぜか納得できてしまったのだ。
そのことに、悲しみさえ覚えない。
「……まあ、今は生きてるし、良いか」
そうだ。今は生きてるのだ。だからこそ、そこまで悲壮感はないのだ。
それに何より、
「ここがソルオバの世界なんだとしたら…………んふっ」
これってアレじゃない?
異世界転生でゲーム知識チートってやつができちゃう流れじゃない?
そう思うと、今の状況は悪くないとも思える。
好きだったゲームの世界で、その世界の住人として生きることができるのだ。
それは何というか、とても楽しそうな未来だと思えた。
「いやいや、待て。まだはしゃぐような場面じゃない」
だが、俺は気を引き締め直す。
確かにあの少女騎士の姿はSSRキャラのミリアムに瓜二つだ。容赦なく俺を斬りやがった時の、瞬間移動かと思うような踏み込みからの攻撃モーションにも見覚えがある。
しかしそれだけでは、まだ、たまたま似ているだけという可能性も捨てきれない。
何か、ここがソルオバの世界だと確信できるような情報が他にも必要だ。
現在、俺の住んでいる都市の名前、あるいは国や各地の名称などなど、ソルオバの世界と一致する知識も確かにある。だが同時に、ここが現実の世界であるゆえか、ソルオバには存在しなかった多くの地名も知識にあったのだ。
それらの知識が、逆に俺を混乱させる。
本当にここは、俺の知るソルオバの世界なのだろうか?
そうである可能性は非常に高いと思われるが、いまいち確信には至らない。
「あ~、せめて、もう一人くらい登場キャラがいれば確信できるんだが……」
地名だけでなく、ソルオバに登場する人物がミリアム以外にも見つかれば、ここがソルオバの世界だという考えを補強できると思うんだが。
そう、せめて一人だけでも良い、ソルオバに登場するキャラがいれば……って、ん?
「……え? ……嘘? え? もしかして……そう、なのか?」
瞬間、とある事実に気づいた俺は、雷に打たれたように顔を上げると、床に投げ出していた愛用のククリ刀をよろよろと持ち上げ、動揺から震える手で鞘から引き抜いた。
そして、よく磨かれた刀身が鏡のように光を反射し、俺の顔を映し出す。
そこにあったのは、赤い髪に赤い瞳をした、目つきの悪い――いやいや、ちょっとばかし目つきの鋭い青年の顔だ。
地球世界でならば、こんなに鮮烈な赤色の髪など染めていなければあり得ないし、瞳の色もカラーコンタクトをしたところで、ここまではっきりとした色にはならないだろう。アルビノの瞳が赤く見えるのは光の加減で網膜の血管の色が浮かび上がるからで、俺のように虹彩自体が赤色の色素を持っているわけではない。
明らかに地球人類ではあり得ない特徴。
今は少し長めの前髪が降りていて分かりにくいが、いつもはバンダナを額に巻いて髪を上げている。
バンダナを巻いていないと別人に見えるくらいには印象が違うが、それでもバンダナを巻いた時の姿は記憶にある。そっと左手で前髪を上げてみれば、もうそれだけで確信した。
「俺は……ヴァン・ストレンジ、なのか?」
この世界に生きている今の俺の名前は、ソルオバに登場するキャラクターの一人と完全に同じだった。その外見までも。
ただし。
それはメインストーリーに関わる主要キャラクターでも、SSRのような優遇されたキャラクターでもない。
ソルオバにおけるキャラガチャで排出される中では、もっとも低いレア度であり、始めたばかりのプレイヤーでも初日で使うことはなくなるレア度の、クソザコRキャラ。
レア度Rの「義賊ヴァン・ストレンジ」
それが俺だったのだ。
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