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わがまま姫のリクエスト

急に周囲の注目を浴びてしまったディートリヒは、服の裾を握って真っ青になっていた。


 リナリアは小さく覚悟を決め、胸に両手をあてて満面の笑みを作った。



「まあ! ディートリヒ様、ありがとうございます!」



 さざ波のような笑いが、しん、と消える。ディートリヒは身に覚えのないお礼に、ぽかんとしていた。


 リナリアはリナリアで、周囲の注目を集めていることにどぎまぎしていたけれど、山盛りのお皿に近寄って、てっぺんにのったクッキーを一枚つまんだ。


「先ほどお願いしたとおり、お皿にいっぱいお菓子を取ってきてくださったのですね。どれもわたくしの好きなものばかりだわ」


 そのままクッキーをかじり、頬に手を添えた。


「おいしい! ディートリヒ様もどうぞ召し上がって?」


 手でお皿を示すと、ディートリヒはハッと我に返り、言われるままクッキーを一つ取って食べた。


「……おいしい、です」


「よかった! ちょうど北方のお話をお聞きしたかったの。どこかで食べながらお話しませんか?」


 後ろにいたばあやがスススッとそばに寄った。人混みをかき分けるように、グラッセン子爵も慌ててこちらに近づいてくる。


「それでしたら、あちらの談話用のテーブルセットはいかがでしょう。姫さまもお疲れでしょうから、お座りになれるところがよろしゅうございます。そちらのお皿はばあやがお持ちいたしますね」


「ディ、ディートリヒ。リナリア姫をエスコートしなさい」


 汗を滝のようにかいたグラッセン子爵に背を押されて、ディートリヒは慌てて姿勢を正した。


「はっ、はい! 父上」


「馬鹿者、先にリナリア様にお返事を申し上げろ」


「はっ!! もっ、申し訳ございません、リナリア様っ! ぎょ、ご一緒させていただきます!!」


 ディートリヒのカチンコチンに緊張した様子に周囲の貴族たちはまた笑ったけれど、今度はほほえましさによるものが多いように感じられた。リナリアはそっとディートリヒの腕をとって、敢えてすこし跳ねるように歩いた。




 場所を移動し、給仕の男性に椅子に座らせてもらう。大人用の椅子なので、足がぶらぶらするのが落ち着かなかった。向かいに座るディートリヒと、後ろに控えるグラッセン子爵は見るからにそわそわしている。


「グラッセン子爵もどうぞおかけになって」


「あ……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 子爵は少し考えてから、ディートリヒの隣に腰掛けた。ばあやが置いた山盛りのお菓子を見て、はぁ~……と長い溜息をつく。先ほどの挨拶の際にリナリアは最低限のやり取りしかしていないし、おそらくこの山が息子の仕業だとわかっているのだろう。


「リナリア様、先ほどは愚息がご迷惑を……」


 リナリアはただにこやかに微笑んで、お菓子を一つつまんで食べた。


「ふふ。おいしい」


「あのう、リナリア様……ぼくにいったい何の用が……」


 テーブルの下で、子爵がディートリヒを小突いた。一応隠しているつもりなのかもしれないが、細いディートリヒは簡単に動くのですぐにわかってしまう。父王よりも乱暴な諫め方にリナリアは少したじたじになったが、パーティーの残り時間も多くはない。


「あ、とつぜんお声がけしてしまってごめんなさい。先ほどのお話の中で、雪が残っていたとおっしゃっていたのが気になって」


「雪……? 王都では珍しいですか?」


「そうですね……少なくとも、この時期はあまり見ません。それに、積もったとしても、それほどは。ですから、北の方では、馬車での移動の際はどうしているのか気になったのです」


 グラッセン親子が顔を見合わせた。


「馬車ですか」


「はい。雪深くなると、馬は足がかじかんでしまわないかしら。車輪もうまく回らなさそうですし、どうしてらっしゃるのかと思いまして」


 小首をかしげて、不思議そうに尋ねてみる。本当は知識としては知っていたが、実際に見たことはなかったので、その確認の意味も兼ねている。


 ディートリヒは馬という言葉を聞いて、顔を輝かせた。


「リナリア様は馬に興味がありますか。うちの地方では、冬には馬に特別な蹄鉄(ていてつ)をつけます。あ、蹄鉄っていうのは、ぼくたちでいうところの、靴のようなものです。雪用の蹄鉄だから、えっと、雪靴やブーツのようなものかな。車輪も少し違って、雪で空回りしないよう、普通のものよりも大きくして特別な模様を彫っています」


「まあ、馬も靴を履いていたのですね。それでは、雪が解けたら履き替えたりするのでしょうか」


「はい! 雪がないときだと、少し歩きにくいので。人間のように簡単に脱いだり履いたりというわけにはいかないんですけど」


「そうなのですか……。わたくしの馬のためにも欲しくなってしまいますね」


 隣で聞いていたグラッセン子爵が、眉を下げて困ったように笑った。


「左様でしたか。事前に存じておりましたら、リナリア様専用に冬用の馬車を丸ごと贈らせていただけたのですが」


 ここだわ、とリナリアはテーブルの下でグッとこぶしを握った。グラッセン子爵に向けて、ふるふると首を振った。


「いいえ、新しく用意していただくのも申し訳ありません。あのう、予備のテイテツや車輪は今お持ちですか?」


「はい! 常に替えは馬車の下側につけています。蹄鉄も、マクレガーが持ってると思いますよ」


 ディートリヒがいかにもわくわくとした様子で返事をする。子爵も頷いて微笑んだ。ここまでは予想通り。


「マクレガーというのは、当家の御者のことでございます。パーティーのあと、ご覧になりますか?」


「はい、そうさせていただきたいのですが……パーティーが終わってしまう前に、お願いを聞いていただきたいのです」


 不思議そうな顔をする二人に、リナリアはまた一つ「わがまま」を言った。



 日も暮れてきたころ、大臣が声を張り上げる。


「皆様、ご静粛に。レガリア国王コリウス陛下よりお話がございます」


 会場の中央で、父王が声を上げる。


「さて、国内外の紳士淑女の皆様。本日は我が娘の誕生日にお集まりいただきありがとう。改めて、第一王女を紹介いたしましょう。リナリア」


「はい、おとうさま」


 リナリアは落ち着いた足取りで父の隣に並ぶ。


「レガリア国第一王女、リナリア・フロル・レガリアです。本日はわたくしが5歳になったことをお祝いいただきまして、ありがとうございます」


「うむ。ご来賓の皆様方から抱えきれないほどの贈り物をいただいたこと、父である私からもお礼を述べたい。それに加えて、私と王妃からもリナリアが欲するものを贈りたいと思っております」


(来たわ)


 ごくりとつばを飲んだ。


「リナリア。お前は今、何が欲しい」


「わたくしは……」


 今までで一番の笑顔を作る。できるだけヘレナみたいに無邪気になるように。



「わたくしは、北のグラッセン領で使われている馬車用の蹄鉄と車輪をいただきたく存じます」



 およそ姫らしからぬリクエストに、会場がざわついた。困惑したのは両親も同様で、目を丸くして顔を見合わせていた。近くにいた兄も、ぽかんと口を開けている。バーミリオンもあきれているだろうかと思うと、少し頬が熱くなる。


「テイテツゥ?」


 グラジオの素っ頓狂な声が響いて、くすくすと笑い声が聞こえた。父王が虫を払うような動作でグラジオを制する。グラジオは軽く咳払いして、一歩後ろに下がった。


「お前が雪国の文化に興味があるとは初耳だが……。それでは馬車を改めて作らせるということになるがよいか」


「いいえ、わたくし、今日がいいのです。だって、誕生日は今日なのです」


「そうは言ってもリナリア……そういう準備の要るものは事前に言っておかないといけないわ」


「でも、リナはどうしても今日がいいのです!」


 普段なら、母にまで諫められたらすぐにあきらめる。けれど、リナリアは引き下がるわけにはいかなかった。ただでさえめったに大雪の降らない王都で、この時期に雪用の装備を用意している店は少ない。本来、雪国の馬車は全体的に雪や寒さに強い白樺の木で作る。さらに、大きな車輪を付け替えられる馬車となると種類も限られる。だから雪用の馬車を用意するならば、本当に丸ごと作った方が良いのだが、今のリナリアとバーミリオンにそんな時間は無いのだ。


 父はしばらく沈黙している。その静かさが怖くて、ぎゅっと閉じた目の端に涙がにじんだ。



「陛下、おそれながら発言をお許しいただきたく存じます」



 そこへ一歩進み出たのが、グラッセン子爵だった。ディートリヒも緊張して小刻みに震えながらついてきた。手には布の包みを持っている。

クッキーは、みんなで一緒においしくいただきました。

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