年末準備(1)
授業の後で、ばあやと一緒に玉座の間を訪れた。あえて着替えず、神官服のまま父に対面する。最近は修業に必死で、父の顔をまともに見たのは久しぶりな気がした。
父はリナリアの姿を見ると、少し難しい顔をして顎髭を撫でた。
「あー……どうだ、リナリア。『神官』の修業は」
(予想通り、「検閲官」ではなくて「神官」の方でお尋ねになるんですね。でも、わたくしにとってはよい導入です)
ドレスよりもすとんとしたデザインなので、ドレスの時のような礼はできない。両手を胸に当てて頭を下げる、神官風の礼をする。
「はい。同期の皆さまの助けを得て、毎日がんばっています。たくさん新しいことを覚えて、少しずつ力をつけられていると思います」
「そうか。ガリオ長官から多少の話は聞いているが、お前も自分で手応えがあるようならば何よりだ。それで、今日は何の用事でわざわざ来たんだ? 顔を見るのもずいぶん久しぶりじゃないか」
そういう父は、ほんの少し不機嫌そうだった。あまりにも顔を見せに来なかったのは親子とはいえ無礼だっただろうか。
父の隣にいる母の方を見たら、リナリアに向けて一瞬目配せをしてきた。
「リナリアはお父様に褒めてもらいたくて頑張ったのよね? ね、リナリア」
「えっ、あっ、はい。そうです。リナ、頑張りました……お父様」
ハッとして、「わがまま姫」モードを起こす。父の方にととっと近寄って、両手を伸ばした。父は、リナリアの顔を見てから咳払いする。
「全く……大人びた挨拶もできるのに、こういうところはまだ子供だな。仕方ない、これもご褒美だ」
父が、リナリアをひょいと抱き上げて膝の上に座らせてくれた。表情が先ほどより柔らかくなった気がする。ちょっと素直じゃないところは、兄と似ているかもしれない。父がリナリアの額に手を置いて「うむ」と頷く。
「熱は無いな。その後体調は大丈夫か」
「はい。あれ以来、倒れることもありません。それで、お父様、質問なのですが……年末年始の行事のことで」
「ああ、もしかして、グラジオがしていることが気になったのか? あれは、リナリアやヘレナはもっとずっと大きくなってからでいい。気になるなら、隣国やサハーラの王子や皇女たちに一言お手紙を差し上げれば良い」
「それももちろんなのですけれど。聖誕祭の準備や当日のことです」
リナリアの質問は、父の想定外だったようで不思議そうに眉間を寄せた。
「聖誕祭? 神殿の行事に出たいのか?」
「だってお父様、この服の通り……わたくしは名目上とはいえ神官見習いですもの。何も関わらないわけにはいかないです」
「うーむ……お前は例外だからな。その幼さで見習いをしている者もいないから、少なくとも年始の行事には何もする必要はないと思っていたが……たしかに、神官服を着ている限り完全に欠席するのもおかしいか。しかし、幼少であることを理由に王女としての公務も行わないのだから……」
父が眉根を寄せて悩み始めた。父としての判断と、国王としての判断で揺れているのかもしれない。
「お父様、わたくしが神官の見習いになって最初の聖誕祭なんです。せめて、ちょっとしたお手伝いや、礼拝への参加はしてみたく思います。必要なら、王女として国民の皆さまへのご挨拶だって頑張ってやります!」
両手を合わせて見上げると、父は少し眉を下げて笑った。
「またリナリアの唐突な『お願いごと』か。お前はちょっとした抱っこから、前例にない突飛な願いまで、振れ幅が大きいのだ。もう少し足して割ったような願いにしなさい」
「……だめですか?」
こてんと首を傾げて父を見る。父は肩をすくめ、ため息をついた。
「お前のいうことも一理ある。ガリオ長官や騎士団に確認し、護衛の準備が可能か、儀式の準備や進行に支障が出ないか確認をしてから許可を出そう。王族が参加するということは、多くの人を動かすことになる。やりたいと思っただけでは叶わぬことであるのを忘れないように」
「わかりましたわ、お父様。ありがとうございます」
少しためらいがちに父の胸に頬ずりすると、父の大きな手がリナリアの髪を撫でた。
「まったく、父の扱いに手慣れた子だ。これからもよく励みなさい。くれぐれも魔法の誘惑に負けることのないよう、きちんと神官としての理念も学ぶこと」
「……はい。心に留めておきます」
父の膝からおりて、ばあやのところへ戻る。最初と同じようにきちんと礼をしてから、部屋に向かった。
本当は魔法についての父個人の見解を一度聞いてみたいと思う。しかし、滅多なことでもない限り、父の性格上それを口にすることはほとんどないだろう。
今日のところは、聖誕祭参加の都合をつけてもらえる可能性が出ただけでもよしとした。
「姫さまは聖誕祭に参加なさりたいのですね。ばあやも昔には礼拝に参列させていただいたことがございます。もし姫さまが参列なさるなら、久しぶりにばあやも当日は参列させていただかないと」
ばあやが手を軽く揺らして微笑む。
「えっ、でも、ばあやは聖誕祭の日はお家に帰るのではないの? ご家族と過ごしたいでしょう? わたくし、一人でも大丈夫よ」
聖誕祭は、女神リリアの誕生を祝して家族で過ごすのが一般的だ。女神リリアが人に「魔法」という試練をもたらしたことを真似て、レガリアでは大人が子どもに学業や職業の教材になるようなものをプレゼントするのが恒例行事になっている。一方、アルカディール派では「女神の恵み」という教えに沿ってプレゼントを交換すると聞いて、グラジオが羨ましがっていた。
リナリアの記憶では、ほとんど休みなしで城に詰めているばあやも、柘榴石の月の一日、聖誕祭の日だけは休んで家族と過ごしていた。
ばあやはリナリアににっこり笑う。
「恐れ多いことですが。ばあやにとっては、姫さまも家族と同じか、それ以上に大切ですからね。姫さまの『初めて』は一つでも多くこの目に焼き付けたいのですよ」
「ばあや……」
6年間。ばあやがいなくなってからの6年間はとても大きな喪失感があった。今こうして隣にばあやがいてくれるだけで、どれほど安心できるだろう。
きっと、ばあやの家族はばあやがいないと寂しがるだろう。でも、聖誕祭の日、初めてばあやと一緒に過ごせるなら、過ごしてみたい気持ちもあった。
年末年始は父も母も忙しい。
家族で過ごすのが一般的な聖誕祭の日であるが、王族は家族で過ごす余裕なんてとてもなかった。18歳の誕生日まで、リナリアはほとんどヘレナと二人で過ごしていたのだ。
ばあやと繋いだ手をきゅっと握る。
「あのね、ばあや……じゃあ、今度の聖誕祭だけ……今度だけでいいから、一緒にいてくれたら嬉しいわ。もし、神殿の礼拝に行けなくても……お部屋で一緒に」
「ふふ、もちろんよろしゅうございますよ。それでは、姫さまにもプレゼントをお贈りいたしましょうね」
「わ、楽しみ! わたくし、きっと修業もお勉強も頑張るわ」
ばあやがふわっとリナリアの頬に触る。
「姫さまは、もうたくさん頑張っておいでですよ。健やかであってくだされば、ばあやはそれで十分です」
「……ありがとう、ばあや。大好き」
部屋の前できゅっとばあやを抱きしめる。ばあやもふわりと抱きしめ返してくれた。
「ばあやもですよ。では、お茶を淹れて参りますからお部屋でお待ちくださいね」
「ありがとう。今日はいちごの香りがするお茶がいいわ」
「承知しました」
一人先に部屋に入って、机に向かった。
父が言っていたように、仲の良い人たちにだけでも挨拶のお手紙を書いておこうと思ったのだ。
ノートに名前のリストを書いていく。
(リオン様と、ラビィと、ディートリヒ様……クローブ皇子にも出しておきましょう。意地悪だけれど、子どもっぽいだけのような気もしましたし……。あとは、同期の皆さんと、先生方。ウルたちだけにしようかとも思ったけれど、わたくしがいるだけでもご迷惑やご面倒をおかけしていることもきっとあるから、ご挨拶くらいは皆さんに差し上げてもいいわよね。
あ、もし礼拝に参加させていただくなら、プルメニ神官長にも出さないと。そういえば、神官長は強い光属性を持つと聞いたことがあるわ。彼女が来ていた日、ソティスは魔法を使っていなかったかしら。聖誕祭の日は、もし魔法を使うと確実にバレてしまうだろうから、明日あたり一応忠告をしに行きましょう。そうだわ、ソティスにも一言何かご挨拶を書こうかしら。お世話になっていますものね)
リストを自分で作成するのは楽しかった。
以前、学院に入学してからの公務では、父から指定のあった貴族や要人の名前が連なったリストを使って書いており、流石のリナリアでも結構苦痛な部類の作業だったのである。リストにあるバーミリオンの名前を見て、彼宛の挨拶状を書いているときだけが癒しの時間だった。だから、本当は一番に書きたいところを、敢えて全体の進行の半ばあたりで取り掛かっていたのだ。
「ふふ、お兄様みたいに手が痛くなってしまうかも」
今まで、自分からやろうとも思わなかったこと。
リストを見るだけでも、以前よりも大切なひとが増えているのがわかって喜びを覚える。そして大切なひとが増えると、することが増えるということにも気がついた。そして、それが自分の世界を広げることも。
(これも、幸せの一つかしら。わたくし自身、まだまだ知らない「幸せ」がたくさんあったのね)
窓の外を見ると、ちらちらと白いものが舞っている。
レガリアにまた、雪が降った。




