図書館デート(3)
デート当日、リナリアは髪の毛を編み込みのアップスタイルにしてもらい、そこにガーベラをモチーフにした髪飾りをつけてもらった。ガーベラは、バーミリオンが前に手紙と一緒につけてくれた花だ。それと、新しく用意した落ち着いたピンク色のドレスを着せてもらい、鏡に手をついて自分の姿をじーっと見た。
レガリア王家は質実剛健をよしとする伝統があり、暗黙の了解で、積極的に派手な装いはしない。リナリアも自分から「きれいにして」「かわいいドレスが着たい」とねだったことはなかったし、こんな風に華やかにしてもらえるのなんて、誕生日の時くらいかと思っていた。
「いいのかしら。特別な日でもないのに、こんなにきれいにしてもらって……」
「何をおっしゃいますか! 今日は特別な日ですよ、姫さま。とびきり可愛くして、素敵な思い出の一日にしなくては」
ぽろりとつぶやいた独り言を、ばあやは聞き逃さなかったらしい。リナリアの手を引いて、もう一度椅子に座らせる。
「仕上げにすこしだけ、白粉をつけて、薄めの口紅をのせましょうね……ほら、ご覧ください。どの物語のお姫様より、姫さまがいちばん可愛らしいですよ!」
ばあやが満足げに頷いた。
確かに鏡の中の自分は輝いて見えたし、何よりピンク色のドレスが似合っているように思った。少しだけ自信が持てる。これなら、彼の隣に並んでも大丈夫だと思えるかもしれない。
「ありがとう、ばあや。じゃあ、そろそろ行かないと……お母さまは?」
「王妃さまは既にお移りになっていると、お付きの女官から聞きましたよ。ばあやもあちらについたらそちらにお伺いする予定でおります」
と、その時ノックの音がした。ばあやがパッと顔を輝かせて、走ってドアに向かう。リナリアも椅子から降りて、その後に続いた。
「はい、ただいま」
ばあやが相手の返事も待たずに扉を開けると、バーミリオンと従者のラセットが立っていた。彼の方の服装はいつもと変わらないように見える。
なんだか自分だけ意識しているようで少し恥ずかしくなったが、バーミリオンはリナリアの姿を見て、にっこりと笑った。
「誕生日の時の黄色のドレスも似合っていたけれど、そういう優しいピンク色も似合うんだね」
「あ、ありがとうございます」
「今日はお誘いいただいたから、エスコートさせてもらいに来たんだ」
バーミリオンが右の脇を軽く空けて、指差した。リナリアの頭にピシャッと雷が走る。
(これは、大人のエスコートをしてくださるという、こと!)
ここはやはり王族としてきちんとしなくては、と背筋を伸ばす。バーミリオンの半歩後ろに回りこみ、そっと空けてくれたところに自分の手を置いた。これでマナーは大丈夫なはず。ばあやが軽く拍手していた。
「お二人とも、とても優雅ですよ。なんてご立派なんでしょう」
「ありがとう、エンデ夫人。では行こうか、リナ」
「は、はい! よろしくお願いいたします」
そこから、図書館まではふわふわと足が浮いているようで、まさに夢心地だった。すれ違う人々はリナリアたちを見て道を開け、微笑ましいというような眼差しでこちらを見つめていた。元々マナーは十分すぎるほど身に付いているリナリアはもちろんのこと、バーミリオンも7歳という年齢には見合わないほど完璧なエスコート姿だった。図書館に着くまでに、髪型や髪飾りのことも褒めてくれ、段差や階段があれば注意を促してくれる。
きっと誰から見ても、本当に理想の王子様だった。
図書館に着くと司書長が入り口で待っていて、大きなテーブルのある部屋に案内してもらった。昨日のうちに模様替えをしたのか、本棚には児童書や子供向けの参考書が集められていた。テーブルにはお菓子が準備してあって、二人が席に着くと温かいお茶が注がれる。
「それではばあやは一度下がりますので、お茶のお代わりをご所望の時や、何かあったらお隣の部屋にいらしてくださいね」
「わかったわ、ありがとうばあや」
「殿下。私も本日は扉の外で待機しております。何かありましたらお知らせを」
「ん。せっかくだからラセットも休んでいればいいのに」
「念のためです。私のことはお気になさらずお楽しみください」
ばあやとラセットは一礼して出ていった。扉が閉まる音の後、しん、という沈黙。
扉の方を見ていたバーミリオンが、真剣な顔で正面からじっとリナリアを見つめる。その視線が落ち着かなくて、リナリアは手元のお茶を一口飲んだ。緊張で手が細かく震えるので、早めにカップを置く。
「こ、こんなふうに図書館でお茶がいただけるなんて、思いませんでした。こういう機会も、良いものですね」
「そうだね。私もすごく新鮮だ」
バーミリオンも、お茶を一口飲む。また沈黙が訪れる。
(ああ、そわそわします……! ま、まだ最初なのに。話題、話題を何か……考えていたのに何でしたっけ……ええと、ええと、ほ、本、何か本を探して……)
「あの」
席を立とうとしたところでバーミリオンの声が聞こえたので、ピンと背筋を伸ばした。
「はいっ!」
「あ、その。何だか緊張するね。ずっと二人になれる時間を待っていたのに……ラセットが近くにいないのって、初めてで」
照れたように笑うバーミリオンが可愛らしくて、リナリアはきゅっと目をつぶった。
「わ、わたくしも、実は、緊張しています。お話することも、いろいろ考えていたのに、ぜんぶ、どこかにいってしまいました……」
「ふふ、そうなの? よかった。私だけじゃなかったんだね。せっかくだから、お茶を飲み終わるまでは話がしたいなと思っていたんだけど……そうだな……」
バーミリオンがもう一口お茶を飲む。リナリアもそれを見てもう一口飲んだ。
「……今日のことは本当に夢には全然見なくて。朝起きた時に覚えていなくても、その場になると思い出すこととかもあるのだけど……リナに関することは全然わからないんだ。前に手紙にも書いたけど、それは私にとっては嬉しいこと、なのだけど……こんなふうに緊張することもあるんだね。
ねえ、リナは私の夢を見る? 今日のことは夢には見なかった?」
じっと見つめられて、リナリアは小さく首を振った。直接嘘を言うのは、手紙で書くよりも後ろめたいけれど、辻褄が合うように答えなければならない。
「今日のことは、リナも見ていません。リナも、その、夢で見るのはお勉強のことが多くて。リオンさまの夢は、ときどき……でも、お兄さまやヘレナに比べたら、少ないです」
「そうだよね。普段は別の国にいるのだもの。それに、手紙で聞いた感じだと、リナは私よりも不安定なようだし……ね、見たことをまた変えていたりする?」
どきっと心臓が跳ねた。実際のところ、現在は前とは全然違うように進んでいる。リナリアはずっと、バーミリオンの母の遺言を無視しているのである。けれど、変な嘘をつけば「予知夢を見ている」という嘘自体が瓦解してしまう。
迷った末、控えめに頷いた。
「……夢の中では、わたくしはリオンさまと全然お話しないのです。いつも遠くから見つめているだけで、それだけでも十分なのですけれど。でも、わたくしは、リオンさまと、もっと……お話がしたかったんです。……わがままで、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「だって、リオンさまは、お母さまに……」
それ以上言えなくて、うつむいてしまう。バーミリオンの目を見るのが怖かった。
「……ああ、そうか。母上の遺言を気にしてくれているんだね。確かに、私は見えた未来を変えることにためらいはある。でも、リナがすることについては……心配はするけど、怒ったりはしていないよ。だって、リナがしてくれることは私にとって、とても嬉しいことばかりだから」
優しい調子でそう語りかけられて、幾分か不安がやわらいだ。そっと顔を上げると、バーミリオンは微笑んでいる。
「リナにだから言うけど、あまり国に帰りたいとも思えなくて。向こうで私を待っているのは、まだ言葉も話せない弟ひとりなんだもの。でも、それは弟も同じだから、私は一緒にいてあげなくてはね」
アルカディールの国王は、自分が死ぬ時までずっと自分の子二人に冷たかったという。特に弟王子は最愛の王妃の命と引き換えに生まれてきた子だから、余計に当たりが強かったらしい。生まれたばかりの今でもそうなのだろうか。
何も言うことが見つからない。無責任に「お父様もきっと本当は」なんて言えない。口を開きかけては閉じて、目は泳いで、そんな自分が情けない。
バーミリオンは、少し寂しげに笑った。
「私は大丈夫。困らせてしまったね。つい、リナには甘えてしまって……こんなこと、言われたら困らせてしまうことくらい、わかってるのに」
「あ、い、良いんです! 困ってません!」
大きい声が出てしまって、自分でもびっくりした。バーミリオンも、驚いた顔をしてこちらを見ている。でも、自分は「わがまま」だから。してほしいことはしてほしいと言うのだ。
「……わたくしは、リオンさまがおつらい時には少しでもそれを分けてもらいたいのです。わたくしはふだん、遠くにいるし、魔法も使えないし……それどころか、リオンさまをお慰めできるような言葉も何も言えなくて……でも……聞かせて、ほしいんです。これからも」
言ってしまってから、全然役に立たない宣言をしてしまったことに気がついた。本当に何もできない自分が情けなくて、むしろこちらがすがるようにバーミリオンを見てしまう。いつだって頼りにしてもらえるような存在になりたいのに。18歳のはずの中身がまだ、そんな理想に到底追いつかないのがもどかしい。
バーミリオンは「はは」と笑った。
「『おつらい時には少しでもそれを分けてください』……『ソフィアひめ』の物語で、王子様が姫に言う言葉みたいだね。リナはかっこいいな。立場が逆になってしまった」
全然意識していなかったが、まさか物語に出てくるセリフと近いことを言ってしまっていたとは。そうだと思うと、先ほどの発言が非常に恥ずかしくなって、頭が真っ白になる。
「『ソフィアひめ』、リオンさまもお読みだったんですね!? いえ、でも、リ、リオンさまは、すごくすごく素敵な王子様で、あの、わたくしは、ただの、あの、わ、わがままで……えっと……」
「うん。リナが好きだって聞いたから。読んでみたくなった」
バーミリオンはにっこりと笑った。
「王子様の言葉の続きは確か、『あなたの喜びは私の喜び、あなたの悲しみは私の悲しみ。願わくば、これからもずっと、寄り添わせてください』」
「そ、そうです。本当によくご存じですね」
「そういう人がいてくれたらいいなって思ってしまったんだ。おかしいね、私は王子なのに」
そう言った彼が、大人の、あのバーミリオンと同じような、まるで自嘲しているような悲しい笑みを浮かべたから――リナリアはがたん、と席を立って身を乗り出した。
「わ、わたくしがなります! ずっとずっと、わたくしはバーミリオンさまに幸せでいてほしいです!」




