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亡国の姫は敵国の王を幸せにしたい! ~過去に戻ってわがまま姫に転身いたします!~  作者: 皐月あやめ
第二章

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思わぬ遭遇

 その若い騎士は確かに、あの日見たエルフの騎士と同じ顔をしていた。銀色の長い髪、切長の目は薄い紫色で、きゅっと引き結ばれた唇の形まで一緒だ。しかし、エルフ特有の長い耳は無く、ごく普通……というにはいささか顔立ちが美しすぎる気はするが、とにかく――人間に見えた。


(どうして……他人の空似というには似過ぎているわ。関係者……それとも本人)


 心臓が早鐘を打つ。頭が痛い。息が苦しい。あの日の喧騒が、返り血を浴びたバーミリオンの姿がまざまざと浮かぶ。


「う……」


 立っているのがつらくなって、リナリアはその場にうずくまる。体が熱い。ばあやが振り返り、「姫さま!」と駆け寄ってきた。


「まあ、たいへん。急にお熱が高く……お待ちください、今侍医を引っ張ってきますから……! あなた、すみませんが、姫さまをお部屋のベッドに運んでくださいまし」

「自分、ですか……申し訳ありませんが、自分は……」

「……や、ばあ、や……」


 この騎士と二人になるのが嫌で、ばあやに手を伸ばしたけれど、ばあやは猛然と廊下を走って行ってしまった。


 残された騎士は無表情のまま軽くあごを触って、首を傾げた。


「参ったな。姫君の部屋なんか知らない」


 そう言って、彼はリナリアに近づき、そっと手をのばしてくる。リナリアは反射的に払いのけようともがいたが、あっけなく赤子を抱くように両腕にすくい上げられてしまう。


「んー……抱き方はこれでいいのか」

「やだ……おろして……」

「あまり暴れると落ちますが」


 騎士の抑揚のない声が怖かった。涙をにじませて、彼の胸から離れようとするが、鍛えられた腕は幼い少女の力ではどうにもできない。観念してくたりと体の力を抜いたとき、近くのドアが開く気配がした。


「あの、何かありましたか」


 バーミリオンが遠慮がちに顔を出したのがチラリと見えた。恥ずかしさとガンガンする頭の痛さで、ぎゅっと目をつぶる。


(リオン様のお部屋の前でこんなことになるなんて、最悪だわ)


「リナ!? どうしたのですか」

「アルカディールの王子殿下。こちらの姫君が突然倒れまして。おつきの老女が医者を呼びに。部屋に運べと命じられましたが、自分は新人でこの方の部屋がわからず、いかがしたものかと」


 淡々と語る声からは感情が読み取りにくかった。困っているのか、迷惑に思っているのか、または何も思っていないのか。


「それならば、いったん私の部屋の中へ。部屋にいなければこちらに戻っていらっしゃるでしょうし、何よりおつらそうに見える。すぐに寝かせてあげたい」

「了解しました」


 騎士はすんなりと頷いて、バーミリオンの部屋にリナリアを連れて入る。バーミリオンの従者のラセットがすぐにベッドを整え、騎士はそこにリナリアを転がすように寝かせた。慌ててバーミリオンが近づいて、布団をかけてくれる。ラセットは、騎士の方をじっと注視していた。


「ごめん、なさい……朝から風邪気味で……さっきまで、大丈夫だったのに、急に……」

「大丈夫。母上の葬儀の時は私が同じような立場だったね。お互い様だ」


 まだ近くにいた騎士が、無遠慮にリナリアの額に手を置いた。大きな手に目元まで覆われて、びくりとする。彼の指は細くて、隙間から天井が見えた。冷たくて固い手だった。


「かなり熱いですね」

「かわいそうに。アルカディールなら、回復魔法で一時的に熱を下げることもできるのだけど……ああ、手も熱いね」

 バーミリオンが騎士との間に割って入って来て手を握ってくれる。傍らに怖い人がいるのもあって、リナリアは縋るようにその手を握り返した。

「大丈夫だよ、きっと城には良い薬が――」

「どうも魔力が悪さしていますね」


 レガリア国民らしからぬ言葉に、全員が騎士の方を見た。騎士はちらとバーミリオンを見てから、目線をリナリアに戻す。


「直接の原因は風邪ではあるでしょう。体が弱っているときに、何らかの理由で体内の魔力が揺らぐと熱が出やすいです。大抵は何らかの精神的負担でしょうけど」

「――君はレガリア騎士なのに、詳しいのだな」


 ラセットが腰の剣に手を伸ばしながら騎士を睨む。騎士はそれを一瞥して、肩をすくめた。


「まあ。アルカディールの人相手なら、話が早いかと。これからすることに目をつぶっていただけると助かります」

「待って。先に何をするか教えてくれないと困る」


 バーミリオンがリナリアの前に立ち、庇うように両手を広げた。リナリアは頭痛で視界がちかちかしていたけれど、その姿は物語の王子様のように見えた。


 騎士は「確かにそうですね」と頷いて手袋を外した。


「アルカディールの方ならご存知と思いますが。闇属性の魔力を軽く流して、暴走している光属性の魔力と中和します。ちょうど自分は闇属性の魔力持ちなので、医者が来る前にやってしまった方が都合が良いと思いました」


(この人、レガリアで何を……城内で魔法検閲官以外が魔法を使用したら……いえ、使用しようとしただけでも、バレたら厳罰なのに……)


 それを聞いて、バーミリオンは迷っているようだった。


「理屈はわかる。魔力の暴走への対処としては適切だ……けれど。治療とはいえ、魔法を使用した痕跡が残ると、この国では後々面倒になると思う。レガリア城にいる魔法検閲官の魔力感知能力によっては、この部屋も……」

「ああ、その点は平気です。今まで城内で魔法使ってもバレたことないので」


 あまりに淡々と大罪を告白するので、その場にいる全員が息を止めて騎士を見た。時間が止まったようだった。


(この人は何を言っているの……? 一体何者なの?)


「懸念されていることがそれだけなら、そろそろあの老女が戻ってくる気がするので、さっさとやってしまいます。幼い人間に長期の高熱は良くないです」

「……リナリア王女に何かあったら、私はお前のことを許さない」

 バーミリオンの声が冷たくて、背筋がぞくりとした。彼は広げていた両手を下げて、一歩退く。

「リナ、ごめん。怖いと思うけど……アルカディールでは、反対の属性の魔力を注いで中和するという治療法は一般的なんだ。彼のことは、まだわからないけれど……言っていることはおかしくないから」


 それから改めて、リナリアの手を両手で握ってくれる。


「リナは私と同じ、光属性なんだね。もしもの時は、私が絶対に助けるから。この国に二度と来られなくなっても、助けるから。今だけ、魔法を信じて欲しい」


 リナリアは、正直何が起こるのかわからなくて怖かったけれど……バーミリオンの顔を見て、一生懸命笑顔を作った。


「リナは……リオン様を……信じてる、ので……」


 バーミリオンの手に力がこもる。騎士がベッドに一歩近づき、リナリアの額に再び手を置いた。


「では」


 騎士の触れている部分から、すーっと冷たいものが頭の中に流れてくるような感じがする。高熱でどくどくと脈打っていた頭の血管がだんだんと静かになる。ぐつぐつと沸騰した血の中に冷えた水を少しずつ入れていくような、そんな感覚だった。

 荒かった呼吸が少しゆっくりになり、頭痛もかなりおさまってきた。

 騎士の手が離れたと思ったら、すぐにバーミリオンが片手でリナリアの頬を触る。もう片方の手は、まだリナリアと繋いだままだ。もう全部が夢のようで、リナリアはただただ起こることをそのまま受け入れていた。これは夢なのだと思えば、心穏やかでいられる気がした。最も、一般的にはそれを「現実逃避」と呼ぶのであるが。


「……熱はかなり引いたみたいだ。まだ熱っぽいのは、魔力と関係ない部分の風邪かな。熱が引きすぎていないところからして、おそらくうまくいったと思うけど……もし何か体調がおかしくなったら、私にも言うんだよ」

「はい……」


 ラセットはまだ剣に手をかけたまま騎士を睨んでいる。騎士の方は両手を軽く上げて、敵意がないことを示しているらしかった。


「ちょっと訳ありなんです」

「君の名前と所属は」

「ソティス。部族の風習で、姓はありません。ゴードン部隊所属」


 騎士が名乗った時、部屋が激しくノックされる。騎士はラセットに背を向けて扉に向かった。彼が扉を開けると、ばあやが侍医を引きずるようにして飛び込んで来た。


「姫さま!! もう、お部屋に行きましたらいらっしゃらなかったので、驚いてしまいました。それですぐ、こちらに。この人が途中でバテてしまって、遅くなって申し訳ありません!!」


 侍医がカバンから聴診器を取り出して、ベッドに近づく。バーミリオンは、少し名残惜しそうに、ゆるりと手を離して、場所を空けた。ソティスと名乗った騎士はばあやの隣へ向かい、無表情のまま一礼した。


「すみません。自分が姫君の部屋を知らなかったので、アルカディールの王子殿下に入れていただきました」

「その話は後で! それで、姫さまのお具合はいかがですか!」

「エンデ夫人はお静かに。心音が聞こえません」


 侍医に注意されて、ばあやは唇を手で押さえていた。


「……ふむ。少し肺の音が濁っているので、肺炎になりかけていたのかもしれませんな。熱の方は一刻を争うほどではないので、薬を飲んで安静にしておれば大丈夫でしょう。お勉強も、あまり根を詰めすぎないようになさってくださいね」

「そうです、そうです。陛下のお許しもいただいたことですし、しばらくはご休憩ですよ、姫さま。では、今度こそ姫さまをお部屋に運んでいただかないと」

「はい、場所を覚えます」


(……本当は、この人にお部屋を覚えて欲しくないのだけれど……)


 不安だったけれど、一応助けてもらったようだし、後でクロックノックに相談しよう……と思考を先延ばしにして、体の力を抜く。ばあやが、「もっと丁寧にお抱きくださいな!」と言っているのを聞きながら、リナリアはすうっと意識を手放した。


侍医は従軍もしていたのですが、バテるのが早くてときどき騎士に担がれていました。

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