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秘密と約束

「秘密の、交換」


 まっすぐ見つめられて、リナリアは心臓が口から出そうだった。

 バーミリオンは真面目な顔でこくりと頷く。


「レガリアでは魔法のことを教わらないのは知っている。そんな中、予知夢なんて特殊な魔法能力を持ってしまったら、これから先もっと困ることが出てくると思う。

 未来が見えるのは良いことのようだけど、すごく疲れるんだ。

 一人で何もわからないままなんて、きっと苦しい。


 リナリア。私にだけは何でも話していいよ。それにもし、変えたくなるような未来が見えたら、一人で動かないで。リナリアが危ない目に合わないよう、私が何とかしてみるから。

 ……母上には変えるな、と言われたけど。例えば、誰かに危険が及ぶとき、国が大きな災害に見舞われるとき、そんなときに何もしないのは、良くないと思うんだ。そういうことを防げる力が、予知夢の力のはずだから……」


 ずくん、と体の中心が重くなる。


(どうして、こんなに優しい方が、あんなにひどいことをなさったの。こんなに幼いうちから、周りのことも、国のことも考えていらっしゃるのに。隣国の、会ったばかりのわたくしのことまで案じてくださる、優しい方なのに。

 助けたいのは、あなたを助けないといけないのはわたくしなのに)


 未来を見るのは疲れる。秘密を一人で抱え続けて苦しい。それは、かつてのバーミリオンが実際に経験していたことだ。母の遺言も聞けず、父に疎まれ、気まぐれな「予知夢」に振り回されて。どんなに孤独で、寂しくて、つらしかったんだろう。

 「今」のバーミリオンの向こうに、かつてのバーミリオンが膝を抱えている幻影が見えるようだった。視界がぼやけて、鼻の頭がツンとする。


 今度こそ、この人を一人にしてはいけない。


「ちゃんと、ちゃんと言います。でも、バーミリオン様も、わたくしに、何でもおっしゃって。バーミリオン様は……」


 ぽろ、と涙がこぼれてしまう。慌ててポケットからハンカチを出して、自分で目もとをぬぐった。もう彼の手を煩わせるわけにはいかない。


「バーミリオン様は、もっともっと、ご自分のことを、大事になさってください……」


 バーミリオンは、俯いてハンカチに涙を吸わせるリナリアを見て、一瞬ハッとした顔をした。困ったように微笑んで、そっと撫でてくれる手は、髪越しにもわかるほど細く、冷たい。



「……ごめん、怖がらせてしまったよね。リナリアは、優しいな。大丈夫、私はリナリアよりもお兄様だからね」



 コンコン、とノックの音がする。

 時間切れらしい。

 バーミリオンが立ち上がった。


「問題は、二人でやり取りする時間の確保かな」


 部屋のドアを開けに向かうバーミリオンの後ろ姿を見る。本当は部屋の主であるリナリアが向かわないといけないのだけれど、体が動かなかった。

 思わぬ形でバーミリオンと交流を続ける口実を得られたが、彼の抱えていたものを知って、心が重かった。


(未来を見てらしたなら、レガリアを滅ぼしたのは、「起こるべき未来」だったの? それとも、何かを変えたことで、そうなってしまったの? あなたは、全部一人で抱えて、一人で死んでしまう未来を知っていたの?)


 わからない。

 

(アルカディールの「予知夢」に関してもできる限り調べてみなくては。王家の秘事ならば調べるのは容易ではないけれど、クロックノック様が言ってらした現象に似ているし、何かあるはず)


 ばあやが紅茶を載せたワゴンを押して入ってくる。もう一度ハンカチで目元を拭って、笑顔を作った。


「ありがとう、ばあや」

「いいえ、楽しい時間をお過ごしになれましたか?」


 リナリアはこくりと頷き、バーミリオンも柔らかく笑った。


「はい。色々とお話しさせていただきました。楽しかったです」

「まあまあ……それはようございましたね、姫さま」


 それから、軽くお茶を飲んで本の話などをしてから、バーミリオンは出ていった。ばあやはバーミリオンを見送って扉を閉めた後、ぐっと親指と人差し指でマルを作ってウインクした。


(ばあやったら、5歳の子の初恋にとても協力的なのね……思い返せば()も、お手紙を書いたり、パーティーでご挨拶したりするのを勧められていたような気がするわ。当時のわたくしは、恥ずかしくてとてもできないと思っていたけれど、もっと相談すればよかったのかしら。

 それにしても、こんな幼少期の……)


 そこまで考えて、ハッとする。


(……そうね。その先、結婚相手を決められては、好きに恋愛もできないもの。幼いうちであれ、好きな人ができたなら、今のうちに楽しく過ごせればと思ってくれるのは、そうかもしれないわね)


 少し切ない気持ちになったが、ばあやにはにっこり笑って、小さくマルを返した。




 その日の夜は、国王夫妻がいると緊張するだろうからと、子供四人で晩餐を食べた。メニューは消化に優しそうなスープやリゾットが中心で、普段ならもっと肉が欲しいというグラジオも文句を言わなかった。


 兄はいつもより饒舌で、木登りをしたら怒られたことだとか、庭園の池でカエルを見つけただとか、そういう些細な発見を話していた。ヘレナも兄に張り合って、メイドとお人形遊びをしたことや、ピアノの練習をしたことを一生懸命話していた。


 バーミリオンは、和やかに相槌を打ったり、笑ったり……元気とはいえないものの、心は穏やかそうに見えた。リナリアは主に聞く側に回って、会話を引き取ったり、ヘレナにご飯を食べさせてあげたりしてバーミリオンを疲れさせすぎないように注意していた。

 

 部屋に戻る前、バーミリオンはリナリアの方を見て「おやすみ」と言ってくれた。その笑顔は確かに優しくて、それが既に夢の中のようで、リナリアはこっそり手の甲をつねった。ちゃんと痛かった。




「はあ……」


 ベッドの上で枕を抱いて、ごろんと転がる。


「クロックノック様、今日のお話は当然聞いてらしたんですの?」


〈当然な!〉


 クロックノックが目の前にちょこんと登場する。リナリアはぎゅっと枕を抱きしめた。


「……アルカディールで代々予知夢の力があり、バーミリオン様はおそらく以前の過去でもずっとそれを見ていたと考えられます。確かにアルカディール王族の魔法能力は秘されていて、側近ですら知らないという話でした。

 けれど、もし自分の死の状況もわかるなら、王妃様はなんとかしてご遺言をお残しになったのではと思います。それがなく、ずっとバーミリオン様を呼んでらしたということは、おそらく自分の死に関してはわからない……。

 そして、今回の『未来を変えてはいけない』というご遺言。クローブ様にいじめられたのはわたくしが悪いのですけれども、何か本当に意味があって、それでバーミリオン様がレガリアを滅亡させることになった、とは考えられませんか」


〈うーん……〉


 クロックノックは羽を組んで、仏頂面をする。


〈アルカディールの予知夢については、われは本当に知らん。われはレガリア側に長らくおったのでな。知ってそうな精霊に心当たりはあるが……そこにお前を連れて行くには、やはり精霊師になってもらわんと困る。

 それと、過去を変えたからといって必ず不幸になるわけではないぞ。そうであればお前をここに連れてこない。われは悪魔ではないんじゃから。

 ただし知っての通り、起こることを変えると本来「あったはずの未来」と乖離する。だから「知らないこと」が増えて対処はしづらくなる。未来を知っているという武器がなくなるわけじゃから、普通に人生を進むのと変わらん。結果的に、前の方がマシだったと思う事態になってしまうこともあるっちゅうことじゃろ。下手に知っていると比較してしまうしの」


「それは、思いました。バーミリオン様が精神的に健やかにあってくださることは喜ばしいですが、それ以外のことはできるだけ変えたくは……いえ、変えたいところに限って『修正力』が働いている気も致しますけれど」


〈未来の決定にも、人の思いは関わる。修正されようとするということは、そこにはそれだけ強い思いが乗っかっておる可能性がある。しかしお前は、一際強い思いでわれに願った。だからここにおる〉


 クロックノックは、リナリアの頭をやわらかな羽でぱふぱふと撫でた。


〈また話しすぎたわ。早う魔法を身につけよ。われと魔力で繋がれば、バーミリオンの過去の夢ももっと見るようになるかもしれんぞ。おそらく前に夢を見たのは、時間移動魔法の残滓ざんしがあったからじゃろう〉


「……はい。なんとかいたします」


 クロックノックの羽にそっと触れる。小さくて可愛らしいこの手に、かつてどれほどの力があったのだろう。自分の魔力でそれを補給することなんてできるのだろうか。そう思いながら羽をむにむにと触っていると、クロックノックがくちばしでピッと手をつついた。


〈これ。気安く触りすぎじゃぞ〉


「あ、ごめんなさい。ふふ……クロックノック様が近くにいてくださってよかったです。そうじゃなかったら、ずっと不安でした……甘えてばかりでごめんなさい。きっと御恩はお返しいたします……おやすみなさい」


 枕を頭の下に敷いて、ちゃんと布団を着たらじきに睡魔が訪れた。

 


 クロックノックはベッドから飛び立ち、すうすうと寝息を立てるリナリアを見下ろす。


〈……お前には幸せになってもらわんと、われも困るからの〉

お読みいただきありがとうございます!

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