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隣国の王子、レガリアへ

「…………」


 最新の手紙を胸に抱いて、リナリアはベッドに仰向けに倒れた。幸せのキャパシティを限界突破したのである。

 クロックノックがぱたぱたと傍らに降り立った。羽でつんつんとリナリアの頬をつつく。


〈ついに倒れたか……前回、花が送られてきてへたり込んだあたりが最上級かと思っていたが、まあ気絶しないだけましかもしれんのう〉


「わたくし、好きな人との文通がこんなにも幸せでいっぱいだなんて予想してもいませんでした。一文字一文字がいとおしいのに、わたくしのことを気遣ってくださる言葉がつづられているんですもの。クロックノック様、ご覧になってください、ここ、追伸ですのよ。本文だけで終えても良い内容なのに、わざわざ追伸として、た、楽しい、なんて……はあ……。わかっております、きっと社交辞令ですわ。でも、社交辞令でも、この伝え方はどきどきしないほうが難しいです……」


 しばしそのまま幸せをかみしめてから、机の引き出しの中の宝箱を取り出した。ばあやに用意してもらった箱は、もともとはジュエリーボックスとして作られたもので、青地に白い百合の装飾がきれいだった。きちんと鍵もかかる。

 丁寧に便箋を封筒に戻し、受け取った日付を隅にメモした。それから前の手紙とそろえてそっと入れ、大事に鍵をかける。


「もうすぐ、直接お会いできるのですね……。あのお手紙の感じですと、きっとわたくしの夢についていろいろご確認なさいますよね。あれから、バーミリオン様の記憶どころか夢自体見ていないので、複雑な気持ちなのですけれど……」


 時期はズレたが、バーミリオンがレガリアに来るの自体はイレギュラーなことではない。

 彼はヘレナの5歳の誕生日パーティー以降、グラジオと一緒に勉学をするという名目で、レガリアには半年に一度くらいの頻度で来ていた。一方で、グラジオをはじめとしたレガリアの兄妹がアルカディールに行くことはなかった。アルカディールの生活には魔法が不可欠だ。避ける努力をしても完全にシャットアウトするのは難しいということで、父王が長期の滞在を許さなかったのである。

 バーミリオンがレガリアに訪れる頻度は徐々に増え、12歳のとき、留学生として学院に入った。一年飛び級して、グラジオと同学年として入学したのだ。

 

(バーミリオン様がこちらによくいらっしゃるようになったのは、国王様との不和が原因だったという噂だったわ。今回は、王妃様と最期の時間を過ごせたので大丈夫だと思っていたけれど……)




 バーミリオンと文通している期間に、気になることを聞いた。

 食事のあと、父が席を外したときに、母はヘレナだけ先に部屋に連れて行かせた。そして残ったグラジオとリナリアに「最近バーミリオン王子はお元気そう?」と尋ねてきたのだ。父はよその国のことに口を挟むのを嫌うので、こっそり聞いてきたのだろう。

 グラジオはそのとき初めて、リナリアもバーミリオンと手紙をやりとりしていることを知ったらしく、目を丸くしていた。


「元気かはわかんないけど、手紙はふつうだったよ」

「リナのもふつうだと、思います」


 二人がそう答えると、母はふうとため息をついた。


「これは内緒の話だけれど……。アルカディールの国王様が、城内の王妃様に関わるものは全て、お捨てになったりお隠しになってしまわれたのですって。きっとお寂しい思いをしていらっしゃると思うから、二人とも王子には優しくして差し上げるのよ」


 グラジオとリナリアは顔を見合わせ、神妙にうなずいたのだった。

 



()のときは、国王様がバーミリオン様を罵倒なさったことばかりが伝わってきて、それ以外はあまり聞かなかったけれど、もしかしたら当時もそうだったのかもしれないわ……。国王様は、王妃様を失った心の傷が大きすぎたのかしら。そうすると、王妃様にそっくりなバーミリオン様を近くに置きたくないと思われるのも時間の問題かもしれないわ……)


 目を伏せる。こちらから隣国に行くのが難しい以上、バーミリオンの方がレガリアによく来てくれるのは今後のことを考えるとありがたいことではあった。しかし、父に遠ざけられる幼少期は、果たして彼の将来にどのような影響を与えるのだろう。

 「修正力」という言葉を思い出す。未来は、ちょっとやそっとではリナリアやバーミリオンを解放してくれない。


「お会いしたら緊張しないで、ちゃんと、向き合いましょう。怪しまれないように、避けられないように気をつけて……。答え合わせ、は慎重にならなくては。子どもとはいえ、バーミリオン様は特別ですもの。飛び級だって、本来ならもっと早くに出来たでしょうけれど、お兄さまに合わせての入学になったとのことでしたし」


〈確かに、お前はまず挙動不審にならんようにするところからじゃな。今度は泣くなよ?〉


「き、きっと大丈夫ですわ。もうすでに以前の人生よりお話ししているような気もいたしますし、お手紙だって何度もやりとりしていますし……さ、さすがに耐性というものもついていると思うのです!」


 気合を入れて両手のこぶしを握るリナリアを見て、クロックノックは可笑しそうにくつくつと小さな笑い声を立てる。


〈ふくく、そうかのう。不安じゃのう?〉


「も、もう……クロックノック様ったら……」 



―― ★ ―― ★ ―― ★ ――


バーミリオンさま


 おへんじありがとうございます。

 サシェ、よろこんでいただけて、とってもうれしいです。


 リナ、ゆめはよくわすれてしまうので、こたえあわせ、できるのかわかりませんが、バーミリオンさまとおはなしできるのは、たのしみです。

 

 バーミリオンさまは、いまでもりっぱなおにいさまだとおもいます。

 でも、レガリアでもおけいこなさったら、もっともっとすてきなおにいさまになりますね。 

 リナも、ヘレナのよいおねえさまになれるように、おべんきょうがんばりたいとおもいます。


 おあいできるのを、たのしみにまっています。


――リナリア・フロル・レガリア


―― ★ ―― ★ ―― ★ ――




 その手紙を送ってから、バーミリオンがレガリアに来るまでの期間、リナリアはより一層レッスンに励んだ。

 座学の問題のやりすぎで手を痛め、心配した父にしばらく書きものが禁じられたくらいである。

 代わりにダンスを……と思ったら、そちらはそちらで知識と経験に体力が追いつかず、またしても侍医のストップがかかってしまった。

 やる気と、そこまでの実績を評価されてレッスンのレベルは上がった。とりあえず1年分、もしかすると2年分相当は短縮出来たはずである。

 

 そして、適度な休息によって体が回復した頃、約束の日が訪れる。

 

 バーミリオンがレガリアに来る日、兄妹三人で城門までお出迎えをした。本来ならヘレナは会わないのだが、バーミリオンとはすでに顔を合わせてしまったので特例である。

 白い馬車から降りてきたバーミリオンは、葬儀の時より明らかに痩せてやつれていた。以前の記憶で、ヘレナの誕生日パーティーに来たときのバーミリオンはもっと表情も暗かったので、それよりはマシだったかもしれない。それでもやはり痛々しい姿を見て、リナリアも、隣にいた兄も思わず息を呑む。

 しかしヘレナだけは、無邪気にバーミリオンに駆け寄り手を取ったのだ。


「バーミリオンちゃま! いらっしゃいませぇ!」


 にっこり笑ってバーミリオンを見上げる妹を見て、リナリアは自分を叱咤した。本当なら、自分が先にそうしなくてはならなかったのではないか。

 バーミリオンは自分の手に絡む小さな手を見て微笑み、優しく握手をした。


「ヘレナさま、お久しぶりです。お出迎えいただいて、ありがとうございます。しばらく、ご厄介になりますね」

「? 『ごやっかい』って、なあに?」

「ええと……お邪魔させていただく……うーん」


 バーミリオンが返答に困っていると、グラジオが前に進み出た。それから、バーミリオンの隣に立ってばしっと背中を叩く。


「いたっ」

「厄介でも邪魔でもねーよ。遊びに来たと思ってのんびりしてけばいい」


 リナリアも慌ててこくこくと頷く。

 兄妹に出遅れる悪い癖が、油断するとまた出てしまう。

 少ししょんぼりした気持ちでいたが、バーミリオンはリナリアの方を見て、確かに微笑んだ。


「リナリア、いつも手紙をありがとう。後で図書館に一緒に行ってくれないかな。グラジオは、あまり本は読まないだろうし……」

「はっ、はい! もちろん!」


 頬が熱くなるのを感じながら、力強く返事をする。


「なんだ、お前ら手紙で何の話してるのかと思ったけど、本の話か……それは全然興味ないや」

「おねえちゃま、ヘレナも、いっしょにいきたあい」


 ヘレナは、甘えてリナリアに抱きついてくる。バーミリオンと二人で行きたいのでどう断ろうと困っていると、兄がヘレナをべりっと剥がした。


「ヘレナはだめ。絶対うるさいから」

「ええええしずかにするもんんん」

「はいダメ、すでにうるさい。大体、まだ読み書きできないんだから、先に勉強してからって母上が言ってただろ」


 そのまま兄はヘレナを抱っこして世話係のエリカにパスする。そして振り返り、親指で城内を指した。


「ほら、部屋まで案内するから、いっしょに行くぞ。リオン」

「ああ、お願いします」


 リナリアも、並んで歩く二人に少し遅れて歩く。バーミリオンの表情は穏やかだが、近くで見てもやはり顔色は良くなかった。



(レガリアの生活で、少しでもご健康になっていただければよいのだけど)


 

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