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憧れの文通

〈妙なことを言うのう。どれどれ、見せてみ〉


 結局クロックノックにも手紙を見せることになった。見やすいよう、机に置いて見せる。緑の小鳥はぱたぱたと羽ばたいて、上から俯瞰して読んでいる。


(あとでお手紙を保管するきれいな箱をお願いしましょう……できたら、鍵付きのが良いわ)


〈ふむ、この文面だけではなんとも言えんの。子どもにも話しやすい世間話を振っているという可能性もある。ただ、雪について書かれているのや、返事を催促しているようなのは少々気になるか。

 先ほどの質問じゃが、可能性があるかないかで言えば、ないとは言えん。と言うのも、魔法の特性っちゅーのは千差万別、われの知らん魔法もあるじゃろう〉


 リナリアはなんとなく、クロックノックにしては歯切れが悪い返答のような気がした。小鳥をじいっと凝視する。


「……クロックノック様、実は心当たりがおありだったりなさいます?」


〈………………あったとして、どうせ確証はない〉


「あるんですのね?」


 重ねて聞くと、クロックノックはリナリアの頭に降りて、羽でぱふぱふと頭を叩いた。ぬるい風が来るが、全然痛くない。


〈ええい、やかましい。まだ魔力供給もされておらんのに、なんでもかんでも話すと思うなよ! よくよく考えたらかなりタダで情報を教えた気がするが、元々大事な情報を渡すのは魔力と交換っちゅう話なんじゃからな!

 魔法検閲官とやらに関わるの断られたのも知っとるんじゃぞ!〉


「むう、何を隠していらっしゃるのか気になりますけれど……要するに自分で確認しろというお話ですね。お返事を書いて、バーミリオン様の出方を見る……と」


 目を閉じて腕組みする。

 バーミリオンが自分のことを不審に思った心当たりは、ある。

 そもそも、あの日「帰って」と頼み込んだのがかなり不審なのだ。

 もしかするとあのように書いているのは、リナリアが字を満足に読めない場合、誰かに読んでもらうことも想定してあえて核心に触れないように書いたのではないか。

 しかし、あの「夢」はリナリアが戻る前の記憶で、実際に起こったことではない。つまり、バーミリオンの「記憶」にあの場面はないはずなので、「記憶を覗き見た」と認識されることはないだろう。


「このお手紙でバーミリオン様がお聞きになりたいのは、『雪がたくさん降るのを当てたのは、正夢でも見たのですか』ということだと思います。今後にも関わることですから、ここは否定せずに様子を見隊ですよね。そしてあわよくば、何往復かお手紙をやりとりしたいです」


〈最後のが本音じゃろ〉


 リナリアは廊下の使用人に頼んで、ばあやにレターセットを持ってきてもらった。王室の便箋は黒が目立つので、一般に流通しているものの中から、きれいな花柄のついているのを選んだ。

 いざペンを持ってみると、カトラリーを使うときと同じく小さな手では字が思うように書けないことがわかり、衝撃を受ける。ちょっとでもきれいな字で送りたいとは思ったが、あまり大人の字になってしまっても不自然なので、泣く泣く荒れた字を許容した。

 それから子どもらしい文面になるように何度か下書きを繰り返して、夕食の前にようやくお返事を書き上げたのだった。



―― ★ ―― ★ ―― ★ ――


バーミリオンさま


 おてがみありがとうございます。とってもうれしいです。

 レガリアのおにわのおはなは、ゆきのまえはちょっぴりさきましたが、つぼみのはまだとじています。ゆきでびっくりしてしまったのでしょうか。


 リナは、ゆめをたくさんみます。

 おたんじょうびにも、みました。いっぱいゆきがつもって、だれかがないているゆめでした。

 バーミリオンさまは、リナがゆめでゆきをみたのを、どうしてしっているんですか?


 バーミリオンさまのゆめも、おしえてくださるとうれしいです。

 


――リナリア・フロル・レガリア


―― ★ ―― ★ ―― ★ ――



「ふう……」


 書き終わった時には、ダンスのレッスンの後よりも疲れている気がした。


 書いた手紙は、ばあやの検閲にあった。他国の王子に出すものなので、子どもとはいえあまり失礼があってはという配慮なのだろう。一応抵抗するそぶりは見せたが、「陛下にお見せしちゃいますよ」と言われては差し出すしかない。


(頑張って子どもらしく書いてよかったわ)


 と、リナリアは思っていたが、読み終わったばあやは目を丸くした。


「姫さま、いつの間にこんなご立派なお手紙を書けるようになったのですか? 綴りの間違いも、文章のおかしなところも全くありません。素晴らしいです」


 ばあやがリナリアの両頬を包んで鼻をくっつけてきた。リナリアを最上級に褒めるときにやる仕草だ。


(そ、そうだわ、クロックノック様のお話をまとめるために使った書き取りのノート……字の形を間違っているものもありました。バーミリオン様のお手紙もしっかりなさっていたから忘れていたけれど、5歳くらいの子どもだと、字の形はもちろん、つづりや文章も拙いものだったわ……加減がむずかしい……)


 ばあやは書かれた内容に関しては特にコメントせず、「これならバーミリオン様もきっとまたお返事をくださいますよ!」と張り切って文使いを捕まえに行った。知らない人から見れば、子どもらしいやりとりの一環に見えたのかもしれないし、単純にあまり興味がないのかもしれない。


 ベッドにぽすんと転がって、天蓋を見上げた。


(これで、何か確信をつかめるようなお話を返してくださると良いのだけれど。いえ、そもそもくださらないかも……? お返事のないのも想定しておいた方がショックが少ないですよね? うーん、ちゃんとあの方の幸せにつながっているのか不安……というのもありますけれど、)


 ごろん、と寝返りを打つ。


(気持ち悪いと思われて、嫌われたらどうしましょう……。関心をもたれないのより、生きていけないかも……)


 返事次第で、なんとか偶然を装いアプローチを変えてみるべきか……と考え始めたとき、戻ってきたばあやに夕食に呼ばれたので考え事は中断した。



 実際はリナリアが予想(と覚悟)をしていたよりずっと早く、バーミリオンは返事を送ってきた。

 リナリアが手紙を送ってから一週間ほど経った頃、また兄の文使いが部屋を訪ねてきたのである。その時、リナリアはざかざかと座学の教本の問題を解きまくって先生の度肝を抜いていた。目立ちすぎるかとも思ったが、学院への飛び級入学や将来魔法検閲官の区域に立ち入るためには、とにかく実績が必要であった。

 ノックの音に、算術の先生は「今日はここまでにいたしましょう」と言って席を外した。授業といっても、リナリアが質問をすることも詰まることもなく、問題を解いては見せ、解いては見せするだけの時間と化していたので、今日はもうほとんどやることがなかったのである。

 文使いはリナリアの顔を見て、にっこり笑って手紙を差し出した。前と同じ、アルカディールの封筒である。


「こっ、これは……!」

「今日はリナリア王女だけにお手紙をくださったそうですよ」

「まあ、よろしゅうございましたねえ、姫さま。また姫さま専属の文使いも手配した方が良いかもしれません」


 ばあやも我が事のように喜んでくれている。リナリアはそうっと手紙を受け取った。心臓の音がする。


(な、何が、書いてあるのかしら……前のお手紙、大丈夫だったかしら……。ど、どうか、嫌われていませんように)


 今回もばあやを部屋から出して、机に座る。いったん両手を膝の上に置いて机に置いた手紙をしばし見つめ、慎重にそうっと封筒を開けた。

 恒例ながら、いつの間にかクロックノックも肩に乗っていて一緒に読む様子だ。



―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ――


リナリアさま


 お返事ありがとうございます。きれいな便箋ですね。

 なるほど、花たちはまだ冬だったのかと勘違いしているのかもしれませんね。


 雪の夢を見たのですね。私は知っていたわけではないのですが、もしそうだったらお話しをしたいなと思って聞いてみました。

 夢には、泣いている人も出て来たのですか。どんな人だったか覚えていますか? リナリアは、夢で何をしていましたか?

 もしかして、雪の馬車も出て来たのでしょうか。


 私も、夢はいろいろ見ますよ。


 たくさん質問して、ごめんなさい。

 そういえば、弟とやっと会うことができました。

 ふつうの子と比べると体は弱いそうですが、私が守ってあげたいと思います。

 兄弟は、良いですね。


 お返事お待ちしております。


――バーミリオン・マーリク・アルカディール


―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ――



「……これは…………」

〈うむ。弟の容体も安定したようじゃ。文面からは、いよいよ探りに来とる感じはするの……お!?〉


 クロックノックが話し終わる前に、リナリアがガタン! と立ち上がる。両頬に手を添えて、目は輝いていた。


「お、お返事しても、良いのですね!?」


〈そこ……〉


「そうなったら良いのにと願ってはおりましたが……も、もしかして文通していただける……。質問があるということは、わたくしはこの質問にお答えするという名目で再びお手紙を送れるし、こちらから質問をしても受け入れられる可能性があるということですね……?」


〈それはまあ、そうじゃな?〉


 クロックノックは呆れた目でリナリアを見上げていた。リナリアはうっとりと胸に手を置く。


「あ……突然の幸福に動悸が……幸せに慣れてしまうのが怖いですわ……定期的に大好きな人にお手紙をいただける可能性があるなんて……」


〈あんまり浮かれきっとるとボロが出るぞう、ちゃんと気を引き締めて返事はするんじゃぞ。よう見ろ、あやつ、お前の質問にはちいとしか答えとらん。とにかく、向こうはお前の「夢」に関心があるようじゃ〉


「はい、それはもう。前回は少し急ぎましたが、今回は一晩かけてじっくり推敲いたします。バーミリオン様に、何をお尋ねしようかしら……お好きな色や、食べ物とか……でしょうか……」


〈参考にならなそうな情報じゃなあ〉


「うう。つい、欲が。もう少し何かにつながる情報の方が、好ましいですね。再検討いたします」


〈まあ、楽しそうなのは何よりじゃ。いっつも張り詰めとると、疲れるからの。なにしろ、まだ先は長いんじゃ。多少の楽しみは享受しても問題ないじゃろうよ。お前、過去に戻る前は本当に些細な交流しかなかったのに、ようそこまで好きでおれたもんじゃな……〉


「自分にとって大切で尊いお方はこの世に存在してくださるだけで、こちらは十分なのですよ。わたくしがその視界の中に映らなくても、あの方が笑ってくだされば、それで十分なのです」


 そう言いながら、あの夢を思い出す。もしかすると、これからまた夢を見たら、彼の目に何が映っていたのか知ることになるかもしれない。その時にも耐えられるように、常に覚悟はしておかなくてはと思う。

 自分は、バーミリオンが必要な時に助けになれればそれで良いのだから。だから、これからの手紙のやりとりも、慎重に、計画的に進めていかなくてはならないのだ。


 ちくちくする胸の痛みに気づかなければ、もっとよかったのに……と手を組んだ。

自分が5歳ごろ書いたもの見たことありますが、解読に苦労しました

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