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追ってくる「未来」

 レガリアの城に帰ると、ヘレナの熱はすっかり下がっていたが本人はたいそう不機嫌だった。苦しいときに家族がみんないなくなってしまったので、心細かったのだろう。

 両親と兄とリナリア、みんなで見舞いに訪れたが、ヘレナは布団を頭まですっぽりかぶって全然出てこようとしない。父がため息と共に髭を撫でた。


「ヘレナ、機嫌を直しなさい。もう少し暖かくなったら休みを作って外に遊びに連れて行ってやるから」


 その言葉に、ヘレナは布団をはねのけた。そしてこの提案に色めきたったのはヘレナだけではなかった。リナリアの18歳までの記憶でも、父が遊びに連れて行ってくれたことなんて片手にも満たない回数しかない。グラジオもリナリアも目を輝かせて父王を見る。


「ホント!? 父上、何する? 訓練用の剣も持ってっていい?」

「グラジオ、そうくな。まだどこに行くかも決まっておらんのだから」

「俺、久しぶりに父上に稽古をつけてもらいたい!」

「おにいちゃま、ヘレナのおるすばんのごほうびなのよっ」


 ヘレナがぷう、と頬を膨らませる。父は「はは」と笑って、三人の子どもたちの頭を順に撫でた。


「今日はヘレナも、リナリアも、グラジオも、よく我慢した日だったからな。皆に良いようにしよう」


 意外だった。


(お父様は、いつだって国のことが最優先で……家族は公的な装置の一つのようにお考えだと思ったのに、このようなお優しい一面があったのでしょうか……)


 無邪気に父に抱きつくヘレナを見て、リナリアは遠慮がちに父に擦り寄った。父は、リナリアが髪を引っ張られたあたりをそっと撫でてくれた。



 寝る時間になって部屋の明かりが消えた後、クロックノックが当たり前のような顔でベッドの上にちょこちょこやってきた。


《お前、災難じゃったなあ。厄介なやつに目をつけられてしまったもんじゃ》


「ご覧になっていたのですね……怖かったし、痛かったです」


 クロックノック相手だと、本音が漏れる。周囲には「大丈夫」と言ったものの、正直なところあまり大丈夫ではなかった。子どもの頃、あんなふうにいじめられた経験はなかったので、相手が子どもとはいえ身がすくむ思いであった。そもそも、あまり男子に近寄らなかったというのもあるけれど、王女であるリナリアに不敬を働くような者は近くにいなかったのだ。


《単なる偶然である可能性もあるが、ある種の()()()が働き始めているのかもしれんぞ》

「修正力?」


《弓を引いて矢を放った後、普通弦は元のように戻るじゃろ。過去の改変も似たようなもんで、横道に逸れても基本的には「起こるべき未来」に回帰しようとするんじゃ。お前は将来を変えようと動いているが、「サハーラ帝国と縁づく未来」が先に挨拶しに来たようなものかもしれん。案外、あっちの皇子と婚約が決まったりして》


「お、おやめくださいませ……」

《流石に冗談じゃ》

「神霊様のご冗談ほど怖いものはありませんわ……」


 その日は疲れていたので早々に眠ったのだが、クロックノックの「冗談」を本格的に笑えなくなる出来事が起こる。



 アルカディールでの国葬から数日後のこと。リナリアは城の敷地内にある図書館に向かっていた。一応5歳なのでばあやの付き添いが必須なのが少々動きにくかったが、部屋から出られるだけマシだと思うことにした。それに、ばあやと一緒にいられるのは素直にうれしい。

 ばあやと手を繋いで城の正門から出たところで、見慣れぬ馬車が近づいてきているのに気がついた。装飾に使われている紋様は、あのサハーラ帝国独自のものである。


(まあ! サハーラ帝国の方が何の御用かしら……)


 つい、そちらの方を注視していると、ばあやも気がつき、珍しく眉をひそめる。


「まあまあ、姫さまにいじわるをなさったお国の……。ささ、姫さまはお早く図書館へ行きましょうね。どんな絵本をご所望か、ばあやは楽しみですよ」


 ばあやの目を盗んで魔法に関する文献を探そうと思っていたが、この調子だと本の選定もしっかり監督されそうだった。仕方ないので、正攻法で攻めることにする。


「ばあや、わたくし、早く個人レッスンをクリアして、立派なレディになりたいの。だからね、絵本ではなくて、自習用の本を探しに行くのよ」


 レガリアの貴族・王族は、13歳になるまで自邸に教師を招いて礼法、座学、ダンスなど貴族の子女としての教養を身につけるため、個人レッスンを受けることになっている。そして13歳になると、男子は領地経営の勉強や騎士見習いとしての修業、女子は花嫁修業や侍女見習いとしての勉強……そして何より社交の一環として城の敷地内に建てられた王立学院に入学することになる。外国からの留学生や飛び級も認められており、リナリアはこの「飛び級」に認められることを狙っていた。


(早いうちに課題を修了してしまえば、自由学習の時間が増えるはず……それに、うまくいけば将来留学なさるかもしれないバーミリオン様と、同じ学年になれるかもしれないわ)


 バーミリオンが以前レガリアに留学していたのは、国王との関係が悪かったのが原因で、半ば追い出されるような形だった。もしその頃に親子関係がうまくいっていれば留学は無いかもしれないが、備えておくのにこしたことはない。

 ばあやは目を丸くしてリナリアの顔を穴が開くほどまじまじと見つめた。


「まあまあ! 5歳におなりになってから、とっても大人になられましたのね。でも、あまりご無理はなさらないように。知恵熱が出ては大変ですもの」

「はあい」


 素直に返事をして、クスリと笑った。


(この頃のわたくしは、何を読んでいたのだったかしら。子どもらしく、ばあやと一緒に絵本も選んでおきましょう)


 図書館では、各教科の中級レベルの教本をまとめて借り、職員に部屋までまとめて届けてもらうことにした。本来なら初級相当なのがいきなり卒業相当のレベルをマスターするというのも怪しまれそうなので、教本で段階を踏んで勉強した体にしておくのだ。

 ばあやは「姫さまには少し難しいかもしれませんよ」と苦笑していたが、やる気に水を差すのも悪いと思ってか、借りるのを止めようとはしなかった。リナリアが絵本の棚に行きたいというと、わかりやすく満面の笑みになる。


「いきましょう、いきましょう。どのようなものにいたしますか? お姫さまと王子さまの恋物語ですか? 勇者さまの冒険ですか?」


「そうねえ……」


(読むのなら、何か参考になりそうなものが良いけれど……年相応のものも押さえておかなくては。ええと、昔よく読んでいたのは……)


「じゃあ、『リリアさまのものがたり』と……『ソフィアひめとゆびわのやくそく』にしようかしら」

「ソフィア姫のお話は、姫さまのお気に入りですものね。あとで姫さま専用のご本を注文しておきましょうか。そうしたら、いつでも読めますよ」


 『ソフィアひめとゆびわのやくそく』は、幼い頃に結婚の約束をした王子様が、囚われの姫を助けに来てくれる話だった。子供ながらにそのロマンチックな純愛に惹かれ、何度も何度も読んでいたことを思い出して頬が熱くなる。


(そういえば、お兄様によくソフィア姫ごっこをねだって逃げられていましたね。結局、ばあやに王子様役をしてもらって。そのうちヘレナも真似して、ソフィア姫がヘレナで、わたくしが王子様役になりましたっけ……懐かしいわ)



 絵本を胸に抱えて部屋に戻る途中、王付きの使用人から父が呼んでいると聞き、その足で玉座の間に向かった。そこにはサハーラの使者が待っていて、グラジオもいた。父が手招きする。


「リナリアもこちらへ。サハーラ帝国から改めて謝罪のお手紙をいただいたから、一緒に聞きなさい」

「まあ」


(あの日の感じでは、そういったことはしなさそうだと思いましたが、王族間のことだからかしら……子ども同士のことでも大事になってしまうものですね)


 レガリアは父王のしつけが厳しかったので、もともとおとなしいリナリアはもちろん、わんぱくな兄も、他国の人とトラブルを起こしたことはなかった。だから、こういう事態は初めてで、なんだかリナリアまで恐縮してしまう。

 使者が読み上げた手紙は形式にのっとって書かれており、当然子どもには難しい内容だった。それは構わなかったのだが、手紙の終わりの方に差し掛かり、思いもしない言葉が読み上げられたのだ。



「なお、愚息クローブ、その双子の姫ラビィがしかるべき年齢になったあかつきには、貴国の王立学院に留学させたく思っております。貴国ならば愚息にあっても分け隔ても遠慮もなく教育を施してくださると確信いたしました。つきましては検討のほど、よろしくお願い申し上げます。


サハーラ皇帝 サクル=ランターナ=カーウィ」



「は?」


 最初に声を上げたのはグラジオだった。父王が「ごほん」と咳ばらいをしたので、慌てて口を手でふさいでいた。しかし、困惑の気持ちは一同共通であり、リナリアも目が回りそうだった。


(留学? そんな話、以前にはなかったわ……。それに、なんと言うのか……いじめた子をいじめられた子の国に送るというのはどういう……あの……)


 それに「分け隔てなく」というならば、正直なところ隣国のアルカディールの方がそれに近い。レガリアは宗教上の理由で色々と制限が厳しいので、他国からの評判はそこまで良いものではない。もしももっと他国から支持されていれば、()()()()()も起こらなかったかもしれないとさえ思われる。リナリアにとっても、サハーラ帝国の狙いがわからなかった。

リリアさまは、「リリア教」の女神さまの名前です。

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