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ベティの模擬試合

 クロノは露骨に嫌そうな顔をしてから、ソティスに両手を伸ばした。


「そうです。見学がしたいというので姫が連れてきました。その子供をこちらに」

 するとフォルドが焦った顔をして、バタバタと足を動かす。

「あ、こら。暴れない」

「お、おれは赤ちゃんじゃないんだからな! だっこされるなんてカッコわるい!」


 リナリアははあはあと肩で息をして、ソティスに軽く礼をした。

「そ、ソティス、おつとめご苦労様です。その方は貴族のご子息ですので、丁重に……」

 ソティスはため息をついて、フォルドをひょいと下におろした。

「じゃあ、離しますけど。危ないから走り回らないように」

「あっ」

 地面に下ろされたとき、フォルドの胸に挿していた花がぽろりと落ちた。少年はそれを慌てて拾って、大事そうに花弁を撫で、再び胸のポケットに入れた。

「きれいなお花ですね」

 リナリアが声をかけると、フォルドはうれしそうに鼻をこすった。

「はい。ともだちになった子にもらったんです」

「おともだちに……」

(お花は城の花壇にもある普通の花のようですし、わたくしたちと遭遇する前のことでしょうか)

 重ねてたずねるか迷っているうちに、フォルドは今度はソティスの腰の剣を見た。

「あっ、お兄さんも騎士だ! わあ、きれいな黄緑色」

「ああ、剣についているのは橄欖石ペリドットですね。ここにいる男は大体騎士か騎士見習いですよ。ほら」

 ソティスがついと演習場を指差す。騎士たちはそれぞれの場所で模擬試合をしたり、的を使って武芸を磨いたりしている。フォルドはますます目を輝かせた。

「すっごいや! かっこいい!! あの人も騎士? あの人も? 騎士になったらお城でこうやって、くんれんするのかあ」

 リナリアは少年が騎士を見て目を輝かせる様子をほほえましく思いながら、なんとなく違和感も覚えていた。

「あの、グリフィン領にはたびたび騎士が派遣されているのですよね。騎士を見ることは珍しくないのでは?」 

 フォルドはリナリアの問いに、きょとんとした顔で首をかしげた。それから、少しはにかんで笑う。

「それはそうですけど……だって、好きだから。好きだから、何回見てもかっこいいし、なんだかお城でくんれんしてる騎士たちは、ほんもの! って感じがしてすごくかっこいい」

「なるほど。確かに好きなものは何度見てもかっこいいですよね」

 バーミリオンのことを思い出して、リナリアは深く納得した。フォルドはリナリアに頷いた後で、すぐにまた騎士たちへ目を向ける。ベティがしゃがんでそれぞれの稽古の説明をしてやっていると、後ろから「あれえ」と素っ頓狂な声がした。


「リナじゃん。もうこっち来て良いの?」


 振り返ると、兄が訓練着の裾で汗を拭きながらこちらに近寄ってきた。リナリアはちょこんとお辞儀をした。


「ごきげんよう、お兄さま。お散歩していたときにお会いしたグリフィン男爵家のフォルドさまが、騎士の訓練場をご見学なさりたいということでしたので、ご案内いたしましたの」

「……てことは、正式な許可はないやつか?」

 リナリアはぎくりと視線を逸らした。グラジオはにやりと笑って、ぽんっとリナリアの頭を軽く叩いた。

「まーたリナのわがまま癖が出たな? しっかたないから、父上や母上には俺がちゃんと見てたってショーゲンしてやるよ」

「あ、ありがとうございます」

「その代わり……またファルンのことよろしくな」

 リナリアに声を潜めてささやいてから、グラジオはフォルドに背後から近づくと、「よォ」と声をかける。


「ぅわっ!?」


 騎士たちを夢中で見ていたフォルドは、グラジオの不意打ちに猫のように飛び上がった。グラジオは少し目を丸くして、「あはは」と笑う。


「ごめんごめん、そんなに驚くなんて思わなくて。お前も騎士になりたいの?」

「う、うん……あんたは、見習い?」


 どうやらリナリアとグラジオの会話は聞こえていなかったらしいフォルドは、じーっとグラジオを見上げてそう尋ねた。ベティが慌てて「えほんえほん」と咳ばらいをする。

「えほっ、げほっ! ふぉ、フォルドおぼっちゃま、この方は王子様ですよ!」

 咳払いをしすぎてえづきかけたベティを見てグラジオは苦笑いする。フォルドは目を丸くしてその場に跪いた。


「わわっ、ご、ごめんなさい、おれ……しらなかっ……あ、いや、えっと王子さまのことは知ってたんですけど、まさかここにいるなんて……」


 グラジオは「あはは」と愉快そうに笑ってフォルドの肩を叩き、手を差し伸べた。

「気にするなよ。俺は王子だけど、まだ騎士としては見習いだし……騎士になったら、王子とか関係なく騎士同士はみんな平等だと思ってるんだ。同じ騎士を目指すものとして仲よくしよう。フォルドっていうのか」

 フォルドは安堵のため息をついてから、まだ少し遠慮がちに笑った。

「はい、フォルド・グリフィンです。今日はじめてお城にきて……はじめて騎士のくんれんを見て、すっごくかっこいい! って思いました」

「かっこいいだろー。騎士たちは、レガリアの自慢だからな!」

 そうして話しているうちに、訓練場の方から、「おーい」と手を振る青年たちがいた。皆がそちらに視線を向けると、そのうちの一人が木剣を持って駆け寄ってくる。彼はグラジオとリナリアに臣下の礼を取ってから、リナリアの傍らに立つベティに木剣を投げた。


「ベティーナ、たまには訓練していけよ。噂の首席の腕を見たいと思っていたんだ。手合わせしよう」


 そう言う彼は不敵に笑った。ベティはちら、とリナリアの方を見る。

「リナリア王女様、お傍を離れても構いませんでしょうか」

「ベティが良ければ。今は……ソティスもいますし、ね?」

 ソティスに微笑みかけると、彼は軽くため息をついて腕を組み、首肯した。

「ええ、別にいいですよ。二人分ならお守りできます」

「では、不肖ベティ、対人訓練に行ってまいります! リナリア王女様にかっこいいところがお見せできるようにがんばりますねっ」

 ベティが木剣を高く掲げて笑う。訓練を誘いに来た彼は目を細めて鼻で笑う。

「先輩騎士として負けるわけにはいかないな。ま、あんまり早く負けて王女様の護衛を外されないように気をつけろよ」

「はいっ、気をつけますっ!」


 憎まれ口にも太陽のような笑顔で応対するベティに、先輩騎士は少しひるんだらしかった。

 グラジオが真剣な顔つきでベティの後ろ姿を見守る。フォルドがこそっとリナリアに話しかけてきた。


「あの騎士のおねえさん、つよいんですか?」

「えっと、学院では飛び級卒業をするくらいに優秀だったと聞いています。ふつうの騎士より強い、んですよね?」

 リナリアは隣のグラジオに確認する。グラジオは、大きく頷いた。

「騎士クラスを飛び級するのはすっごく難しいんだぜ。実技もだけど、ベンキョーもトップじゃなきゃダメなんだから。ベティってそんなに頭良さそうに見えないのにな」

「もうお兄さまったら、失礼ですよ」

 グラジオはぺろっとイタズラに舌を出した。フォルドは改めてベティを見つめる。

「あっちの騎士のおにいさんのほうが、おねえさんより背もたかいし、力もつよそうなのに……どんなふうに、たたかうんだろう?」


 ベティが右、先輩騎士が左に立つと判定役の騎士がその真ん中に立って、コインを掲げて二人に見せる。


「では、これより模擬戦を行う。俺が弾いたコインが下に落ちたときが開戦だ。いいな?」

 先輩騎士は軽く頷き、ベティはきびきびと礼をした。

「了解」

「はいっ! よろしくお願いします」


 二人が剣を構えたのを確認して、判定役の騎士が親指でコインを弾く。コインは陽の光を反射しながらくるくると回って地面に落ちた。

 その瞬間、二人がザッと地面を蹴る。先輩騎士がとびかかる勢いに乗せて剣を振りかぶるのに対し、ベティは姿勢を低くして剣は下に向けていた。けれどそう視認できたのも一瞬で、次の瞬間にはベティは先輩棋士の剣を受け流し、上半身のバランスを崩した彼に足払いを仕掛けていた。先輩騎士は「あっ」と声を上げて地面に倒れ、ベティは良い笑顔で彼の胸元に木剣を突き付けた。

 審判役の騎士は目を丸くしていたが、ハッとして右手を高く掲げる。


「……勝負あり、勝者はベティーナ!」


 リナリアは「わあ」と感嘆の息を漏らして大きく手を叩いた。フォルドもリナリアに続いて一生懸命手を叩いている。

「すごい! おねえさんかっこいい!!」

 グラジオが「おー」と感心した様子で頷いた。

「ベティ、やるなあ。さすが首席!」

 ソティスがグラジオのそばにしゃがむ。

「あれは殿下も覚えていて損はない技ですね。剣は力任せだけではないというお手本です。今のはつまり……」

 ソティスが解説を仕掛けたとき、倒れていた先輩騎士が木剣を払って立ち上がった。

「ちょっと待て、今はちょっと新人だと思って油断しただけだ。ふふ、油断をうまくついたな……新人」

「はい! おほめいただきありがとうございます!」

 笑顔で敬礼をするベティを無視して、先輩騎士は木剣を拾い、再び初期位置についた。

「今度は油断はしない、もう一度、今度こそ本当の模擬試合だ」

「おいおい、今のはきれいに決まった勝負だったんじゃないのか?」

 グラジオがあきれ顔で言う。リナリアもこくこく頷いたが、ソティスは涼しい顔をしていた。

「良いんじゃないですか? まぐれは二回も続きません。殿下はベティの剣の動かし方に注目して見ていてください」

 ベティは肩をぐるぐる回す。

「こちらとしても全力でお相手いただく方がありがたいので、もう一度お願いいたします!!」


 両者は再び位置につき、審判役の騎士がコインを投げた。ソティスはしゃがんだまま子供たちと同じ目線で解説を始める。


「剣術というのはただ打ちつけて戦うだけではないんです。力が弱いなら相手の力を利用すればいい」


 ベティは先ほどと同じく力を抜いた姿勢で剣を構えていた。そして素早いステップで先輩騎士の脇へ回り込む。


「実は腕力よりも脚力の方が重要になるときもあります。身軽な剣士というのは……あ、ほら、蹴った」


 ベティは先ほどは足払いをかけていたが、今度は先輩騎士の脇腹を思い切り蹴倒していた。そしてソティスの解説が終わる前に、目の前の試合が終わった。結果は言うまでもなく、ベティの勝利である。

 先輩騎士は脇腹を押さえながらよろよろと立ち上がった。


「……俺の全力を引き出す前につぶされるとはな」


 あくまで全力ではなかったと言いたいらしい。リナリアは目をぱちくりしたが、グラジオとフォルドは呆れた顔をしていた。ソティスはこほん、と軽く咳ばらいをする。

「解説できるくらい粘ってくれるとよかったんですけどね。殿下の実践はまたの機会に……」

「ええ!! 今やろうよ今!!」

 グラジオはソティスの背中に甘えるようにおぶさった。ソティスはいつもの感情の読めない顔のまま立ち上がり、小走りに戻ってきたベティを迎えた。リナリアとフォルドは二人でぱちぱちと拍手をする。

「ベティ、すごいです!」

「おねえさん、かっこよかった!」

 ベティは「えへへ」と照れた様子で自分の首の後ろを触った。

「ありがとうございます。ちゃんと訓練の成果が出て良かったです」

 グラジオはソティスにおぶさったまま、「なあなあ」と話しかける。

「ソティスもベティとやってよ、見たい!」

「時間が無いので無理です。自分は殿下をそろそろ座学にお送りしないといけないので」

「げえええ、やだよー!」

 兄の様子に苦笑して、リナリアはフォルドの方を見た。

「フォルドさまは、もう少しご覧になりますか? グリフィン男爵にはこちらから言伝をお願いしておくので、どちらでお待ちになっても……」


「それには及びません」

久しぶりに更新しました。

しばらくは不定期でのんびり更新していくつもりです。

よろしくお願いいたします。

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