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話したいこと

 タリブメティスが部屋を出て行って、部屋にはクロノとリナリアの二人きりになった。リナリアは大人しくベッドに横になって布団にもぐる。

「タリブメティス様やレオミム様は、お泊まりになるところなどはあるのでしょうか」

 クロノがベッドに座って足をぶらぶらさせる。

「あいつらは魔力が有り余っとるから、うまくやるじゃろ。タリブメティスなどは、森の中に家でも建てるかもしれん。それにしても、せっかくこっちにきたんじゃったら、われに魔力を分けてくれればええのに」

「そういえば、確かに。意外ですね」

 リナリアが小首を傾げると、クロノは口を尖らせた。

「……魔力がなくなったのは自業自得じゃから、自分でなんとかしろと」

「まあ。お優しそうですのに、そこはお友達でも厳しいのですね」

「そうなんじゃ。われの魔力が封印されていても助けてくれんかったしの。われがいかに優しいかわかるじゃろう?」

 クロノがリナリアの頭を撫でる。夢の中でレオミムに言われたことや、先ほどタリブメティスに言われたことを思い返した。クロックノックが使った時の魔法は、どうやら使ってはいけない魔法だったらしい。それで、おそらくレオミムは怒っているし、タリブメティスは心を痛めているのだ。

「……クロックノック様は、わたくしの願いのために……禁じられた魔法を使ったのですか」

 クロックノックはため息をついた。

「あやつらの言うことは気にするな。そんなもん、われ以外の神霊が勝手に決めよったことじゃ。言ったじゃろ。われはお前の先祖との約束があったからお前を守った。そのついでに願いを叶えてやった。それだけじゃ」

「でも……」

 リナリアが続けて尋ねようとすると、クロックノックはまたリナリアの鼻をキュッとつまんだ。

「でももへったくれもない。それより、お前こそ……以前の兄と対話したいのか。初耳だったが?」

 リナリアは、しゅんとして顔の半分まで布団にもぐる。

「……バーミリオン様の記憶を通して、過去のお兄さまを見て……お兄さまはわたくしが思っていたよりバーミリオン様との友情を変わらず大切になさっていて……それに、ウルのことも。バーミリオン様やウルについて、わたくしの知らないこともご存じではないかと……思いました。でも……できたら、バーミリオン様がどうしてあのようなことをしたのか、それがわかってからお話できたら、もっといいなと思います。きっと、お兄さまも、とても傷ついたはずですから……」

 そう言いながら、本当は少し怖かった。

 リナリアはあの瞬間、家族よりも国よりも、バーミリオンの幸せを選んだから。

 

 ちょうどそう思っていたときに、部屋のドアがノックされた。

 この叩き方は、兄だ。

「そういえば……お母様が、お兄さまがお見舞いにいらっしゃると……クロノ、中にお通ししてください」

 クロノは頷いて扉に向かう。ちょうど以前の兄について考えていたから、少し気まずかったけれど……兄の顔は見たかった。

「リナぁ。具合どう? ヘレナも来たがってたけど、先に来ちゃった」

 ベッド脇まで来て、グラジオは心配そうにリナリアの顔を覗き込んだ。額のタオルが落ちていたのに気がついて、拾ってくれる。

「お前もよく倒れちゃうな。そろそろ体鍛えたほうがいいんじゃないか? レガリアの姫なんだし、武術が強いのもかっこいいと思うけどなあ」

「ふふ。今でも勉強することがたくさんあるから、鍛錬も加えたら詰め込みすぎて頭がぱーんってなってしまいそうです」

「それは困る! 確かに、鍛錬も考えることたくさんあるからなあ……。でもやっぱ心配だし、またアンドリューやソティスに病気になりにくくなる方法聞いてみるな」

 兄はタオルを新しく濡らして絞り、額の上に載せてくれた。さっきより少しぬるくなった気もするけれど、それでも気持ちよかった。

「こんなときファルンがいたら、手で触ってもらうと気持ちよさそうだよなあ」

 兄の言葉で、ファルンのことを思い出した。そういえば、バーミリオンが手紙を送ると言っていた。

「お兄さま、リオン様からお手紙は……」

「あ、そうそう。その話をしようと思ってさ。リオン、ファルンを保護できるように協力してくれるって。また留学に来たいらしくて、その帰りに一緒に連れて帰れないかなって。もう父上にもお伝えしておいた! よかった」

 兄は晴れ晴れと笑った。

「隣の国にいればファルンにとっては安全だし、またいつか会えるかもしれないもんな!」

「そうですか……よかったですね」

 ホッとして、布団から顔を出して微笑んだ。兄はリナリアの頬をツンツンとつつく。

「早く元気になれよ。俺、リナと作戦会議もしたいしさ」

「さくせんかいぎ?」

 予想外の言葉に聞き返すと、グラジオはニカッとイタズラに笑った。それから、ばあやたちの目を気にしてか、リナリアの耳元に小声で囁く。


「アンドリューが言ってたやつ。俺が王様になったら、レガリアの変なところを変えられるんだろ? 魔法や他の種族のことはリナの方が詳しいからさ。父上や母上に知られるとゼッタイ怒られるから、内緒だぞっ」


 リナリアはハッとして、神妙な顔で頷いた。

 今は、実現困難な子供の夢でも……それがきっかけになって、兄も一緒にこの国のことを調べてくれるかもしれない。

 そうしたら「あの日」までに何が起こったのかも、わかるかもしれない。

「……はい。リナもご協力します。内緒、ですね」

「うん、リナは良い子だなー! よしよし」

 グラジオに頭を撫でられる。この間まで喧嘩していたなんて嘘みたいだった。


 その後、リナリアの熱は数日間続いた。ここ最近のことや神霊たちとの邂逅かいこうなど、色々なことが重なって、少し疲れが出たのかもしれない。しばらくは王女教育も検閲官見習いも、精霊師の勉強も休んで、久しぶりに部屋でのんびりと過ごした。精霊師の勉強はしたかったのだけれど、クロックノックが良しとしなかった。

「休むときはきちんと休まんとダメじゃ。お前が夢でバーミリオンと会っている間にタリブメティスに聞いたが、人間の子供はわれわれが思っておるよりずっと弱いから具合の悪いときは休まないとダメじゃと。どうせそんな状態で知識を詰め込んでも耳からぽろぽろ抜けていくじゃろうしな」


 何もしなくて良いとなると時間を持て余してしまって、誕生日にウルたちからもらったオルゴールをよく聞いていた。レガリアの古い子守唄が、オルゴールの優しい音色とよく合っていて、リナリアはよく赤子のように眠りに落ちてしまった。


 熱があっても、夢の逢瀬に影響がなかったのは嬉しかった。



◇ ◆ ◇ ◆


「本当は、もっと早くに留学へ行きたかったんだけれどね。夏頃になりそうだ」


 夢の世界で、小さなバーミリオンがしゅんと下を向いていた。魂だからか、夢の世界では体調は悪くない。


「つい、楽しげに提案してしまったことで父上を怒らせてしまって。父上は、私が楽しそうに笑うと怒るから」

「まあ……そんな」


 アルカディール国王は、バーミリオンにも一緒に悲しみの底にあってほしいと思っているのだろうか。リナリアは少し躊躇ってからバーミリオンの手を取った。


「……リナは、リオンさまには、笑っていてほしいです」

「うん。リナやグラジオはそう言ってくれるって、思っている。それに、私にはライムもいるから。この前から私のことをね、『あーえ』って言うんだ。兄上ってことだよね。すごく嬉しかった。ライムは、『父上』より先に『兄上』を覚えたよ」

 バーミリオンは少し寂しげに微笑んで、リナリアの手を握り直した。

「大丈夫。城では、うまくやるから。『予知夢』で、父上を怒らせないコツ、みたいなものをなんとなく学んだし。父上の言うことも、夢よりはずっとマシだからね」

 大人のバーミリオンのことを思い出して、胸がちくりとする。一体どんなことを日々言われていたのだろう。そして、目の前の彼も……。

「……わたくしも、アルカディールに行けたら、いいのに」

 ぽそ、と呟くとバーミリオンがにこ、と嬉しそうに笑った。

「来てよ、リナ。私もリナにアルカディールを見せたいな。私がレガリアで留学するみたいに、リナやグラジオもこちらに来られないかなあ。リナは魔法を学んでいるし、不可能ではないと思うのだけど」

「ううん……レガリア王族がアルカディールに行った事例はほとんど無いのです。確か、お母様がレガリア王族はアルカディールの方との結……」


 なんとなしに結婚の話を出しそうになって、口をつぐんだ。

 婚約者になれば、いずれ行けるかもしれないと聞いていたけれど、今それをバーミリオンに言うのはあまりにも大胆すぎる気がした。

 バーミリオンは「うーん」と首を傾げて、難しい顔をした。


「確かに、何か理由が欲しいよね。アルカディールにしかないものを直接見にくるとか、誰かのパーティーに参加するとか……または……」


 バーミリオンがじっ、とリナリアを見つめる。真っ直ぐな視線にどぎまぎしてしまって、リナリアは目を泳がせた。


「ま、または……?」

「……リナ、クローブ皇子との婚約話って、まだ進んでないよね?」

「はっ!?」


 動揺しつつコクコクと頷くと、バーミリオンはホッとした顔で笑った。


「良かった。それなら、ねえ、リナ」


 バーミリオンが握っていた手を緩めて、リナリアの手を取り、その甲に口づけを落とした。突然のことにリナリアは「ひゃっ」と声を上げる。


「リ、リオンさ……」


「私はリナが好き」


「あう」


 真っ直ぐな告白に、リナリアは身がすくむ。バーミリオンが少しいたずらな顔をして小首を傾げた。


「リナも、私が好き」


「はっ、はいっ!」


 バーミリオンの瞳の奥に、大人のバーミリオンの面影を感じた。バーミリオンは満足そうに微笑む。その顔がリナリアには「幸せそう」に見えて、どきどきした。


「ねえ、リナ………」


 バーミリオンの目線がリナリアの左手に移る。リナリアは心臓が張り裂けそうになりながら視線を落とし、黙ってその続きを待っていた。しかし、沈黙の時間はとても長くて、バーミリオンの声はいつまでも聞こえてこない。

 耐えかねて、そろ……、と目の前のバーミリオンを見ると、耳まで真っ赤になって固まっている。こんな表情のバーミリオンは見たことがなかったから、リナリアは目を丸くした。


「……リオン……さま?」


 遠慮がちにそっと声をかけると、バーミリオンはきゅ、と目をつぶって小さく「ごめん……」とつぶやいた。


「……もう母上の喪も明けたし……言えると思ったんだけど……なんだか、今日は無理みたい。もう少し、あの、時間がほしい……」

 

 もしかしたら、と都合の良い想像をしてしまった。


(もしかしたら、リオンさまも、わたくしと同じことを考えていたのではないかしら……なんて、期待しすぎ、でしょうか)


 なんと返事をするべきか迷いに迷ったリナリアが、やっとの思いで頷いたとき――夢は、終わりを迎えた。


◇ ◆ ◇ ◆



お読みいただきありがとうございます。


作者体調不良により、1週間ほど夏休みをいただきまして、次回更新は8/5になります。

お待たせして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。


暑い日が続きますが、皆さんも体調お気をつけて。

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