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唐突な客人

 その日、リナリアは朝から熱があった。


 風邪や疲労による発熱だろうとのことで、部屋で安静にしているよう母に言われた。クロノの見立てでも、魔力暴走とは関係なさそうだった。

 ウルが授業に復帰する日だったので、アンドリューのことなども聞いてみたかったのだが、それはまた別の機会になりそうだ。


「姫さま、何か召し上がりたいものはございますか?」


 額の濡れたタオルを交換しながら、ばあやが心配そうにリナリアの顔を覗き込んだ。リナリアは少し考えて、小さな声で「いちごが食べたいわ」とつぶやいた。ばあやは優しく笑う。


「承知いたしました。姫さまがお好きなピンクのいちごがあるかも確認して参りますね」


 そう言って出て行ったばあやの代わりに、クロノがちょこんと枕元の椅子に座る。それから、にやりと笑ってサイドテーブルに頬杖をついた。

「以前に比べて、ちゃんとわがままになってきたんじゃないか?」

「えと、そうでしょうか。そうだと良いんですけれど」

 クロノはリナリアの首に手を当てて、ひらひらと振る。

「まだ熱いのう。まったく。魔力暴走が落ち着いたと思ったら、普通に体調を崩すとはな」

「お世話をおかけします。そういえば、幼いときはよく熱を出したような気がいたします。むしろ今回の人生では、風邪を引く回数が少ないくらいではないかと……」

「ふーん、人間の子どもってのは本当に難儀じゃな」

 クロノが人差し指でリナリアの頬をぷにぷにとつついてくる。

「精霊の皆さまは、人間のように体調を崩すことは無いのですか?」

「滅多にないな。魔力を取り込みすぎたり、逆に不足したり……あとは、自分と反対の属性の魔力を多量に注がれると苦しくなるかもしれん。われはそういう経験はほとんどないからわからんが」

「そうなのですね……クロックノック様のご健康のために、わたくしも魔力のことには敏感でいなければ。闇属性には気をつけて……」

 リナリアが布団の下でこぶしを握りしめると、クロノがフン、と胸を反らせた。

「心配せんでも、われに敵う魔力量をもつ人間などおらん。ソティスとて大したことはないしの。お前はただわれに魔力を提供すればそれで――」


 クロノが言い終わる前に、突然窓がバン! と開いた。ほとんど反射的にクロノはベッドに飛び乗って、リナリアに覆いかぶさった。

「きゃ!」

 思わずクロノにしがみつく。クロノが顔を上げ、窓の方を睨んだ。

「……この気配は……」



「チョット〜、クロックノックってば。せっかく可愛い可愛いレオミムちゃんが訪ねてきてあげたのにお出迎えもナシですカ?」



 窓の方から、男性とも女性とも取れるハスキーな声がする。リナリアもそろりと上半身を起こし、声がした方を見てみれば、タキシードを着た小柄な人影が窓枠の上に立っていた。逆光でシルエットしかわからない。大きく開け放たれた窓から風が流れ込み、リナリアの髪をふわりと揺らす。

(レオミム、って、どこかで聞いたことがあるような……)

 リナリアが頭痛と戦いながら思い出そうとすると、クロノがベッドから降りて扉に手を伸ばした。

「ばあさんが戻ってきたり、ベティが中に来たりしたらややこしい。扉は開かないようにしておくぞ」

 そんなクロノを見て、窓枠の人物がケラケラと笑う。

「やーだなァ、心配しなくッても【隠遁】魔法ならかけてあるよォ」

 リナリアが瞬きする間にクロノは元のハーピーの姿に戻り、羽をばさりと振った。翡翠色の美しい羽が、何枚かふわふわと宙を舞った。


「なんじゃ貴様!! 今更何の用じゃ!! 冷やかしならぶっ飛ばすぞ」


 リナリアからはクロックノックの背中しか見えないけれど、その声色から彼女がかなり怒っていることが伝わってくる。窓枠の人物は肩をすくめて首を振った。


「もォ、クロックノックってば、相変わらずツンケンしてるなァ。何百年振りに会うトモダチに冷たすぎナイ? あ、後ろのちっちゃい子が今回の世界の創造者かなァ?」


 ぴょこんと窓枠から飛び降りて近づいてこられ、リナリアは身を縮こませた。クロックノックが腕を伸ばしてリナリアを庇う。


「こやつに近づくな! お前みたいな闇属性の塊が近づいたら、魔力に当てられるじゃろ!! あとお前なんか別に友達じゃないからな!!」

「シンガーイ!!! レオミムはクロックノックよりよっぽどニンゲンのこと考えてるよー!? 体外放出魔力の調整くらいできるモン! ぷー!」


 再び名前を聞いて、リナリアは「あっ」と口を覆った。


「レオミム様、って、もしかして記憶の神霊様ですか……?」

「わお、レオミムのこと知ってるの? リナリア」


 レオミムと名乗る人は、リナリアを指差して嬉しそうに笑った。オレンジ色の髪に、エルフのように尖った耳を持った彼(あるいは彼女)は、兄よりも少し大きいくらいの身長だ。

 クロックノックが立ち位置を変え、リナリアとレオミムの間に立ちはだかった。


「見るな、近づくな、名前を呼ぶな!!」

「チョット〜!! あんまり独占欲が強いと嫌われちゃうヨ〜!? チョットいい加減レオミムお話したいんですケド〜!! ぶーぶー!」


 口を尖らせるレオミムの背後で、もう一人誰かが窓から部屋に入ってきたのが見えて、リナリアは息を呑んだ。


(ここ……塔の最上階なのですけれど……)



「このような場所からお邪魔して申し訳ありません。窓からお邪魔するのはやめた方が良いとは思ったのですが、現代レガリアで正面からお訪ねすると色々と面倒ですのでやむを得ず。ご無礼をお許しください、リナリア、クロックノック」



 次に部屋に入ってきた人影は、レオミムに比べてずっと大きい。怒りで目を吊り上げていたクロックノックが彼の低い声を聞いて、ハッとそちらを向いた。



「タリブ、メティス?」



 クロックノックに名を呼ばれると、タリブメティスはレオミムの隣に並んで深々と一礼した。

 腰まである緑色の髪に木肌のような色の肌をしたその人は、顔を上げると優美に微笑んだ。


「お久しぶりですね、クロックノック」

「おま、お前、どうして……」


 動揺するクロックノックの後ろで、リナリアはぽかんと神霊たちを見上げるしかなかった。


「えっと、タリブメティス様、は確か、知識の、神霊様、でした、よね?」


 一言一言切るようにクロックノックに確認すると、クロックノックが振り返ってベッドに戻ってくる。それから、リナリアをぎゅっと羽で包んだ。ふわふわとした羽毛に包まれて、とても温かい。


「ふぁ」

「……何の用じゃ、今更、お前たちがわざわざ精霊界から」


「エー? 今更はコッチのセリフなんですケドぉ。本当はわかってンじゃないのォ? クロックノックってば」


 レオミムの不満そうな声に、タリブメティスのため息が続いた。


「レオミム。そういった無為なやりとりは省きましょう。私たちはともかく、リナリアにとっては時間は有限です。彼女にもわかるようにご説明しませんとね」

「もォ! タリブメティスってば人間に甘いンだから。じゃあタリブメティスがやってヨー。この人どーせレオミムのお話聞かないモン」

「そうですね。クロックノック、リナリア、まずは落ち着いて冷静にお話しましょう。私たちはリナリアに手を出すつもりもありませんし、あなたと敵対するつもりでもありません……ふふ」


 タリブメティスが笑ったようだった。

「なんじゃ、お前まで!」

 クロックノックがむすっとした声を出すと、タリブメティスは「すみません」と柔らかく言う。


「あなたが数百年ぶりでも、相変わらずなので。会いたかったです、クロックノック」

「ふん! よう言うわ」


 その言葉に、クロックノックはリナリアを抱きしめていた腕を緩めて、ベッドの上であぐらをかいた。口を尖らせているが、目を逸らしている。


(こんな時のクロックノック様は、照れ隠しをなさっているとき……)

〈お前がわれの心を読むな! いや、違う、われは断じて! 照れ隠しなどしておらんからな!〉


 タリブメティスが、リナリアの目を見て優しく微笑んだ。なんとなく、ウルのような雰囲気の人だと思った。


「美しい青い目ですね。彼女にそっくりです」

「彼女……?」


 リナリアが首を傾げると、レオミムが「タリブメティスぅ〜」と不満げな声を上げる。


「結局タリブメティスもお話できてないジャン、もー! まーしょーがないかァ。二人は仲良しだモンね。あのねェ、リナリア、レオミムたち三人は親友なんだヨ♪」

 レオミムがリナリアの前でしゃがんで、自分のえくぼを人差し指で押さえて見せた。それをクロックノックが冷ややかに見下ろす。

「だーれがお前と親友か!! リナリア、われが前から話していた友人はこいつじゃ。知識の神霊タリブメティス。こっちのバカはともかく、タリブメティスは信用できる」

「チョット、レオミムばかじゃないヨ! それを言うならクロックノックの方がよっぽどおバカじゃないカ! あの魔法は使っちゃダメってさんざん言われてたでショ!」


 レオミムの言葉に、リナリアは恐る恐るクロックノックを見た。


「あの、魔法って……?」

「リナリアには関係ないことじゃ。われがなんの魔法を使うかはわれが決めること」


 タリブメティスが顎に手を添えて首を傾げた。


「それは……友人であっても肯定しかねますね、クロックノック。あなたの魔法は世界を作り替えてしまうほどの危険な魔法です。本来はあなたの一存で使ってはいけないものなのですよ」


 リナリアは、クロックノックの足に手を置く。先ほどまでは目の前の状況を理解するのに必死だったが、改めて顔が熱いことに気がつき、頭がぼーっとしてきた。熱が上がってきたかもしれない。


「クロノ……クロックノック様……どういう、こと……」

「あっ、お前! 手があっついぞ! 早う横にならんか!」


 ふわりとした羽毛に再び包まれて、リナリアはクロックノックの腕に身を預ける。ガンガンと頭痛がしてきた。


「うぅ……」

「うわ、カワイソウ! なんだか苦しそうだヨ!? ねえねえタリブメティス、コレ何? ビョーキ? 死ぬ?」

「ぶっ飛ばすぞ!!」


 ぼっ、と強い光属性の気配を感じた。どうやらクロックノックが本気で怒っているようだ。

 なめらかな、しかしところどころゴツゴツした手がリナリアの頬に触れる。


「大丈夫。魔力暴走もありませんし、例の呪いの影響もありません。これは、ただの風邪でしょう。しかし……状況的に、『彼』と接触する可能性があります。レオミムは世界の裏側に入る準備をしてください」


(彼……って……)


 それを聞き返す前に、リナリアはベッドに倒れ込んだ。

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